68.ヤセノとギスス

 

 母子のリビングデッドを人間に還してやって、二人を一緒にしてやった。

 自分の服を見ればドロドロに汚れてるし、手も腐汁まみれ……。


 魔物だって割り切ったつもりだったけど、結局、手首しか斬れなかった。

 自分でも甘いとは思う。甘かった……でも、少しは冒険者としての覚悟が深まったと思う。


 だから、俺は顔を上げる。前を向く。


 まだまだリビングデッドがいるんだ。

 全部倒して、みんな弔ってやる。


 足を踏み出して、俺が母子と戦っていた間ベルナールが引きつけてくれていたリビングデッドの背に斬りかかる。


「よくやったな、レオ」

「ああ、もう大丈夫だ。こっからバンバン行くぜ! マリアも頼むぜ?!」

「うんっ」


 さっきまでの調子を取り戻して、ベルナールに群がるヤツらの魔石を砕いていく。

 母子も含めて、全部で四〇以上――最初に見えてた分は倒してるはずなのに……。


「しっかし……多過ぎねえか、これ?」

「ああっ。さっきの親子ではっきりしただろ? 村ごと仕込んだんだろうぜ。男でも、冒険者とは思えねえ体格のヤツも混じってきたからな」

「村ごと……」


 裏門から村の中が覗ける位置にいるマリアに、中の状況を聞こうと思った矢先――。


「レオッ! ベルナールさんっ!!」


 柵の上にいるマリアの、ひときわ取り乱した――悲鳴って言ってもいいくらいの声。

 ベルナールと二人してマリアを見遣ると、彼女が青ざめた顔に震える手で、門を指差していた。

 まだ他に女と子どものリビングデッドがいるってんなら、覚悟はできてるぞ?


「マリア? どうした!?」

「どうしたってんだ?!」

「あ、あれっ! あ、あそ、こ……」


 マリアが必死に何かを伝えようとしてるけど、怯えが酷くてまともな言葉になっていないし、位置的に俺とベルナールには彼女の指す先が見えない。


 とにかく、こんなに狼狽えてるマリアを見たことがない。


「おっさん、ここを頼むっ!」

「くっ……仕方ねえ。レオ、行ってやれ」


 放っておくわけにはいかないと、俺は彼女の元に急ぐ。

 柵に飛び乗り、震えるマリアを抱き締め……彼女の指の先を目で追う。


 女・子どものリビングデッド以上に衝撃なことは無いだろうに……。

 マリアを抱き締めながら追う、彼女の指先……生気なくゾロゾロと裏門に向けて歩いてくる元人間。

 中には確かに子どもも女もいる。


 けど、その更に後ろ――。


「――っ!! ヤセノ……ギスス……」


 視界の奥の奥の方にいる数人の中に、見覚えのある髪色の巨体が二つ。


 遠くに居ても分かる体形に髪色……。

 編み込みがほどけちまって単なるボサボサ青長髪になってるし、赤鶏冠が広がったり折れたりと枯れた雑草みたいになってるけど……。

 絶対にヤセノとギススだ。


 体は、もちろん腐ってるけど……そんなことよりも特徴的なことがある。

 ヤセノとギススが、得物としている棍棒を握ってるってことだ。

 これまでの相手は、冒険者の恰好をしていても無手だったのに、だ。


「おっさん!」


 俺は柵を飛び降り、ベルナールの元へ。

 リビングデッドを捌きながら、でぶ双子のことをおっさんに伝える。


「そうか、やっぱりリビングデッドになってたか……」

「それもだけど、奥にいる双子どもは武器を持ってやがったぞ、おっさん」

「何っ、武器だと?!」

「今やってるヤツらとは何か違う、嫌な気がする!」

「だとしたら、ちとヤベえな……」


 ベルナールは、大剣を動かしながらも舌打ち交じりに続ける。

 ここまで戦ってきた元・人間達は、“動物型”の魔物の魔石を埋められてリビングデッドにされたんだろうってこと。

 だから、力は人間離れしてたけど、素手や牙――歯――での攻撃だったこと。

 武器を持ってるっつうことは、二足で立って手を操る“人型”魔物の魔石を埋め込まれたんだろうこと。


「――しかも! これまで砕いてきた魔石の大きさから考えるに、ソイツらには……ゴブリン種だとホブゴブリン以上、他だとオーク・ハイオークやリザードマン、下手すりゃオーガの魔石を使われてるかもしれんぞ!」


 おっさんの言葉には、魔法を放っているマリアも驚く。


「オークにオーガ……資料でしか見たことのない魔物です」


 オークくらいはギルドの中で他の冒険者が口走ってるのを聞いたことはあるけど、資料に載ってたのか……マリアと一緒に見てるはずだけど、知らねえな。


「オーガに関しちゃ、万一の可能性だな。この辺りには無え高山帯に棲む魔物だからよ。でも、オレでもパーティー組まなきゃいけねえくらい強力だぜ?」

「やっ、やめろよ……ホントにいたらどうすんだよ」


 なんか、嫌な感じが増してくる。


「ガッハッハ! まあ、そん時ゃそん時だ。どのみち今は、ゾロゾロ来てるっつう無手を倒すしかねえだろ」


 おっさんの言う通りだけど、やっぱり嫌な感じを抱えたまま門外に出てきてるリビングデッドを倒していく。



 一〇体くらい処理したところで、最初は押されてた俺たちに、前に進む余力がでてきた。

 俺もベルナールも、体力的に余裕がある。


 けど、マリアは結構キツそうだ。

 休み休みとはいえ、狙いを付けた魔法を何発も撃ち続けてくれたから、集中力や魔力を消耗してるだろう。

 それに、女・子どものリビングデッドやデブ双子を最初に見てしまった精神的な負担はデカイ。


 【酸素魔素好循環】を移せば、魔力くらいは楽にしてやれるだろうけど、魔法の威力が上がっちまって本人が怖がるしおっさんの目もあるし……出来ねえよな。

 マリアには魔法を休ませて魔石探りに集中してもらうことにして、俺とベルナールで刈り続けることに。


 そして、裏門にまで到達。

 格子が下りてた時は、あんなにひしめいていたリビングデッドも、今や一度に三体くらいが出てくるだけになってる。もちろん、壁の内側にはまだウヨウヨいるけどな……。


「さて、ここまで押し返したわけだが……どうする、レオ?」

「ここで待ち構えて迎え討つか、内側に入って行くか、か?」

「そうだ。中の状態がどうなってるか分からんが、こっち側も倒れた鉄格子や亡き骸で足の踏み場が覚束ねえからな……」


 確かに。まさか死体を足蹴にして、足場を確保するわけにはいかないしな、人として。

 壁の向こうが分からないっつう危険を冒してでも、中に入った方がいい……か。


「そうするとして、問題は……」

「一気に門を抜けねえと、狭い門内で囲まれちまうってことだな。オレが大剣で道を切り開いてもいいが、大剣を振り回すには些か窮屈だ」


 荷馬車が通れるくらいの幅があるって言っても、大剣を振り回すには狭え。

 それに、さすが元砦だけあって、防壁が厚いぶん門の奥行きがある。そう何回も振り回せねえよな……。


「何か考えはあるか、マリア、レオ?」

「私の魔法……は、範囲魔法じゃないし……」


 【酸素魔素好循環】を持ってるときのマリアは、ある意味大魔法使いなんだけどな。


 ベルナールには門内が狭くて、マリアには的が多過ぎる、か。


「じゃあ、俺に続いてくれ」

「レオ一人で出来るってか?」

「まあな。ヴァンパイア・ビーの蜂球の時に、シールドバッシュが効いたから、それをやる」


 本当は【硬化】と【ぶちかまし】の合わせ技なんだけど。

 ――っつうことで、【硬化】! 更に【突撃】で加速しながらの【ぶちかまし】っ!!


 腕の小盾を構えて爆進。

 盾に弾かれたリビングデッドが、後ろのヤツも巻き込んで壁内までふっ飛ぶ。そしてまた新しいヤツを弾き飛ばす!

 門内に倒れたヤツはおっさんが処理してくれて、マリアもそれに続いてついて来て――。

 俺たちは、門を抜けてラボラット村内部へ。


「くはっ! 簡単にやってのけおって」

「まあな!」

「よしっ。今度は、この門が最終防衛線だ。まずは、ここを抜かれねえようにする!」

「おう!」

「マリアは門から抜けずに、その場からオレとレオの援護だ!」

「はい!」


 村内を門に向かって来ていたリビングデッドが、俺らに向かって足を速めてくる。

 俺は剣を構えつつも、気になってることをベルナールに訊く。


「おっさん! でぶ双子たちは?」


 無手のヤツらと戦ってる間に、武器持ちが襲ってきたらヤバいから、位置は確認しときたい。

 俺とマリアは、柵から下りちまってるから奥が見えなくなってるけど、ベルナールはデケエから頼りにさせてもらう。


「ヤツらに動きは無いな。その場に留まってやがる……飢えてねえのか?」

「好都合じゃねえか。行こう、おっさん! マリアも魔法、頼むな!?」

「よっしゃ!」

「うんっ」


 ヤセノとギスス達が動いてこねえのが不気味だけど、ひとまず気にしねえで、目の前のヤツらをブッ倒していく。

 途中、老人っつうか熟年・中年の村人らしき男どもや女・子どものリビングデッドも混じってて、結構やりづらかったけど、なんとか倒していった。


 村に入ってから五十体は倒した頃、向かってくるリビングデッドの隙間から、奥がチラチラ見えるようになった。

 そこは、村の中心部って感じの井戸がある広場。

 たむろってる連中が見えて……。


 見えたっ!

 やっぱりヤセノとギススだ。

 裸の上半身は斬り傷や獣の引っ掻き傷にまみれてて、ブヨブヨ腹の傷痕からは気色悪い赤黄色の脂肪が滴っている。

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