60.領主様のゴチャクシ、スカム

 

「おい、そこの女っ! こっちを向け!」


 街に働き盛りの男がいない異常なことを屋台のおばさんに尋ねていたら……いきなりどっかから声を掛けられて。

 声変わりもしてない声。

 ――っつうか、なに命令してんだ?


 見れば銀髪キノコ頭に坊ちゃんスタイルのデブガキだった。

 それを見た屋台のおばさん含めて周りの人間達は、一斉に逃げて行っちまった。


「おっほお~。下賤の女の割にはすごく綺麗じゃないか! よし、僕の世話係になることを許すぞ!」


 デブガキはそんなこと気にもしてねえようで、豚みてえに鼻息を荒くマリアに対して無邪気にワケの分からんことを口走って、挙句――。


「おい、女?! 聞こえないのか? 言葉が分からないのか? 僕がお前を側に置いてやると言っているんだ! 早く来いっ!!」

「いい加減にしろ! なに言ってんだ、お前は」


 マリアのことを『女』だの『言葉が分からない』だの『側に置いてやる』だの……終いには『早く来い』だあ?

 デブガキのふざけた言い様に、さすがに頭にきて怒鳴りつけてやった。

 そしたら、護衛馬に乗った男が二人、馬首を俺らにめぐらせてチビデブの前に降り立って怒声を返してくる。

 俺は、反射的にマリアを後ろに庇う。


「貴様ぁっ!! その口の利き方はなんだ!」

「このお方は領主様のご嫡子、スカム様であるぞ!」

「何を突っ立っている! ひざまずかんかあっ!」

「そこの娘! スカム様がお前をお取立て下さると言っている! お礼を申し上げてかしずけっ!」


 二人が矢継ぎ早に畳みかけてきたけど……領主の“ちゃくし”? ちゃくしってなんだ? 

 意味が分かんなくて黙っていると、マリアが何やら囁いてきたから小声で会話する。


「レオ、あの子、領主の息子さんだって。ここで騒ぎになって制服を見られたら、ベルナールさんに迷惑を掛けちゃうかも……」


 そうか、俺はともかく、マリアのハーフマントの下はギルド員の制服だったな。


「迷惑? そりゃマズイな。どうする?」

「とにかく膝を突こう?」

「お、おう」


 もう遅い気もするけど問題を起こしちゃマズイってことで、ローゼシアさんの兄貴――エトムント様に会った時みたいに、二人して片膝突いて頭を下げる。


 デブガキがそれを見たのか「うむ」なんて言ってから、鼻息交じりに続けてくる。


「女、このまま城に行くぞ。早くこっちに来るのだ。それと……そこの子どもはどうしてここにいるのだ? 」


 スカムだかチャクシだか知らねえけど、オメエこそガキだろっ!

 マリアのことをまた『女』呼ばわりした上に、俺のことまで言われてツッコミそうになったけどグッと耐える。

 その間もデブガキの口は止まらない。


「ザーメ、男は父上と僕のために働いているはずじゃないのか?」

「はい。イントリに暮らす領民には、城の改修工事の賦役ぶえきが課されています」


 ザーメって呼ばれた男がガキに答える。

 男がいないワケが分かった。ぶえき……話の内容からして、男は城に集められて働かされてるってことか……。


「じゃあ、あの者も城まで連れて行こう。コバーン! ザーメと二人でその者を連れて行け。あの子は特別に僕の馬車に乗せてあげるからさ。ブヒヒ」


 デブガキの指示に、コバーンとザーメが「御意」と頷いて俺に近付いてくる。

 後ろにマリアがいる状態で俺が捕まえられるのはまずい。

 騒ぎになるどうのこうのを気にしてる場合じゃない。

 それに、周りはみんな逃げ隠れていて人っ子一人いないから騒ぎになりようがない。


 俺は跪くのをやめて立ち上がる。

 マリアも心配げに立って服の裾を掴んでくるから、大丈夫だと目配せしとく。


「俺らはこの街、この領の人間じゃねえ。お前らの言いなりになる筋合いは無え!」


 けど、男どもは歩みを止めず――。


「そんなことは問題では無い」

「ロウブロー様の領都であるここで、そのご嫡子であるスカム様が仰ればそれは従わねばならぬこと」

「貴様ら下々の者は黙って従え」

「これ以上不敬を働けば、命は無いと思え」


 ――ザーメが剣を抜いて俺に向けてきて、コバーンが馬用の鞭をペシペシ鳴らす。

 こっちは無手だってのに……。まあ、剣は脅しで、鞭で打ち据えるって魂胆か。


 あと数歩で剣の間合いに入るってところで、ザーメの方が少し前に出て剣を振りかぶる。

 コバーンもザーメもニヤつきやがって。


 まあいい。こいつ等を無力化すれば、あのガキも退くだろ。

 ってことで、動く。


 スキルを使うまでもなく前に踏み出して、剣を振り上げているザーメのガラ空きの土手っ腹にショルダーチャージ。

 体格差があるから、ただ鳩尾みぞおちに肩から突っ込んだだけだけど、きっちり入った。


「ぐはぁあっ!」


 後ろに吹っ飛んだザーメは剣を取り落として、腹を押さえて悶絶。

 俺は落ちた剣を関係無い方向へ蹴り飛ばして、すぐさまコバーンへ。


「なっ?! ザー――」


 ザーメの異変にようやく反応したコバーンの手首を極めながら鞭を奪い取って――。


 バシンッ!!

 腕を後ろに極めて、鞭を肩に打ち据えて終了。


 護衛の一人は地面に転がって悶絶してて、もう一人は俺に腕を極められて膝を突いて痛みに苦しんでる。

 勝負あり。ガキは退くだろう。


 ――けど。


「なにやられちゃってるんだよ。情けないなぁ」


 スカムはお構いなしにドスドスこっちに向かってくる。

 は? こいつはビビってねえのか?

 二人と俺を素通りして普通にマリアの前に行くもんだから、俺は呆気にとられてそれを許しちまった。


 そして――。


「さあ、行くぞ。僕の世話係になれるなんて、下賤のお前にはこれ以上ない幸運だろう、感謝するがいいよ」

「あっ」


 奴が普通にマリアの腕に手を掛けやがった!

 そこでようやく我に返った俺。


「テメッ」


 コバーンから手を離して【突撃】で一気にマリアとクソガキのもとへ。

 その勢いのまま、ガキの手に手刀を振り下ろす。


「俺の彼女に勝手に触んな、こらぁ!」


 ――が、何ごとも無かったかのようにスカムはマリアの腕を掴んだまま。

 ……あら? 手応えが無かった……空振ったか? いや、そんなことは無えはず。

 そんなことを考えていたら――。

 側で腹を押さえて悶絶していたザーメが「ぐおおっ……」と呻いて、痛そうに自分の腕を押さえる。


「は?」


 何が起こった?

 俺は、確かにガキの手を手刀で打った。飛び込んだ勢いと合わさって、結構な――ガキには耐えられないくらいの威力になってたはず……。

 なのに、このガキは痛そうな素振りも無く、なぜかザーメが痛がった。


 今起こったことに、全然頭が追いつかなくて棒立ちになっちまった所に、スカムが平然と口を開く。


「お前ぇえっ、僕に手を出したなぁ! 父上に言って罰を受けさせてやるぅ! コバーン、ザーメ、痛がっていないで早く捕まえなさい!!」


 そしてマリアの腕を握っている手を引いて、「さ、行くぞ」と馬車に行こうとする。


 行かせるかよ! 

 何が起こったか分かんなくても、マリアを連れていかせるわけにはいかないことは変わらねえ。


 過剰かもしれねえけど、体を【硬化】させて硬くなった手刀で【刺突】!!


「だ、か、ら、俺のマリアに触んじゃねえっ!!」


 腕を折ってやるっ。


「ぎゃあああっ!!」

「――っ!?」


 刺突で突き出した手刀で腕をへし折って、手がマリアから離れるだろと思ったら――。

 俺の手刀は、ただただスッと触っただけみたいに、スカムの腕に止まってしまった。勢いもへったくれもない。


 そして、今度はコバーンが悲鳴を上げた。

 見れば、ヤツの手首――俺がスカムに突きつけたのと同じ位置――が折れて、あらぬ方向にひしゃげていた。


「……なんだってんだよ、これ!」


 頭が混乱しちまって、思わず叫んじまう。

 そしてその元凶のスカムを睨みつける。


「なっ、なんだその目は! 僕を睨んでいるのか? ぼ、僕にはお前の攻撃なんか効かないんだからな!」


 スカムは俺の気迫にあてられたのか言い淀みながらも、強気の言葉を返してくる。

 けど、マリアの腕から手は離した。


「ふんっ! 今回は見逃してやる。でもお前達のことは、父上には言うからなっ!」


 俺を指差して捨て台詞を吐いて、石畳を転げて呻いてる護衛二人に「何してる! 帰るぞ!」と声を掛け、自分は馬車に歩きだしてしまった。

 コバーンとザーメはよろよろと立ち上がり、こちらを振り向くことなくスカムを追って行く。


「レオ……」


 色々と混乱してて、引き止めることも追っかけることも出来ず、ただボーっと自分の手刀を見ていた俺にマリアが声を掛けてきた。


「行ったよ。……レオ?」

「お、おう……」


 俺は、返事はするもののまだ自分の手から目を離せなかった。

 マジで何だったんだ?


 手刀も刺突も、ちゃんとスカムの手首を狙って……捉えたはず。

 なのに、アイツには何も起こらないで、代わりに関係無え護衛が痛がったり骨が折れたりした……。

 ……ワケが分かんねえっ!


「ねえ、レオったら!」

「――っ! お、おう。なんだ、マリア?」


 俺の肩を叩いて大声で呼んできたマリアに驚いて、やっと現実に戻ったっていうか我に返った。

 マリアを見遣ると、なぜか顔を赤くしていて。

 あ……何か怒らせちまったか、俺……なんてドキドキしていたけど違ったようだ。


「そろそろ時間だよ?あの人たちも居なくなったし……ギルドに行こう? ベルナールさんが待ってるかも」

「時間? あっ、そうか。じゃあ行くか……」

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