54.ふたつの告白

 

「落ちてるのぉ! 下がっ!! と、とにかく、着よう? 服!」

「あ……」


 顔を真っ赤にしたマリアから、素っ裸だと指摘されて見てみると、やっぱり素っ裸でした。

 腰に巻き付けてアソコを隠してた布切れは床に落ちてて、大人しくなってる俺のアソコが解き放たれてるぅ!


「あ、わ、悪りい! き、着るからちゃんと見ててく――いや、後ろを向いててくれっ」


 俺は寝台に置きっぱなしの替え服を引っ掴んで急いで着る。

 こんなことになるんなら、子スライムの一体でもアソコに張り付かせとくんだった。いや、それこそ変態か……。


「待たせて悪りい。もう服を着たからこっち向いてもいいぞ、マリア」

「う、うん……。でもレオ、どうして居なくなって、あんな恰好で帰って来たの?」

「うっ……」


 ここで、あの日……ファーガスとブリジットの襲撃を受ける前の日、領都の宿でマリアが俺に辛い過去のことを話してくれた時のことを思い出した。


 【性欲常態化】のことを話せなかった――実際には取り留めもなく喋ったけど、マリアは寝ちまってたんだけど。


 さっきだって、その糞スキルのせいで下にいた連中に俺の醜態を見られて、もしかしたら始終俺と一緒にいるマリアにも変な噂が立っちまうかもしれない。

 結局、この糞スキルに色々と振り回されてるのに……もうマリアに隠しとく訳にはいかねえ!


 ちゃんと話さねえとっ!


「……マリア。聞いてもらいたいことがあるんだ」

「う、うん」


 マリアには机の椅子を動かして座るように促し、俺は寝台に広げっぱなしの物を雑に寄せて彼女の正面に座る。


 さて、どう言おう……?

 マリアは、俺が魔物のスキル結晶を取り込んで、そのスキルを使ってることは知ってるし見てるしな。

 【性欲常態化】だけ……あと【軟化・硬化】の軟化、を隠してる状態だ。

 ちょっと迷ったけど、一番デカイやつから言う覚悟を決めた!


「マリア。あの……ハイ・ゴブリンの一件、覚えてるよな?」

「うん。その……発情、してたんだよね?」

「そうだ。ギルドには、出くわした状況とか倒した方法とか、口裏を合わせてもらったんだけど……」


 いよいよだ。俺は目を一度ギュッと閉じて、息を大きく吸って、またマリアを見据える。


「アレは、俺が普通のゴブリンに【スキル譲渡】したからなんだ! ただのゴブリンに、俺が持ってた【性欲常態化】を移したからなんだっ!」

「……レオが持ってたスキル?」

「そうなんだ。ネイビスの屋敷でスキル結晶を取り込みまくった時にな、資料室の本にも載ってたゴブリンの【繁殖衝動】ってヤツも取り込んで……それが……【性欲常態化】に進化しちまって……」


 身体がずっと大変だったこと。

 見られてもバレないように隠すのに苦労してたこと。

 結晶が戻ってきてから体内収納に入れてたはずなのに、なんでか俺に取り込まれてて夜中に飛び起きて、今の時間まで対処してたこと。


 なによりマリアに秘密を持っちまって心が苦しかったことを、しっかりと伝える。

 そして――。


「今まで黙ってて、悪かった! マリア、ごめんっ!」


 ――マリアに頭を下げて謝る。


 マリアはジィッと動かなかった。

 彼女がどんなにショックを受けてるだろうと思うと、閉じているまぶたの奥に涙が浮かんでくる。

 一緒にいる奴――俺が、こんな変な男で隠し事までする奴だったなんて、幻滅しただろうな……。

 俺自身も情けねえよ……。


「知ってたよ」


「…………え?」


 下げたままの俺の頭に、まさかの言葉。

 ビックリして顔を上げると、正面には真剣な表情のマリア。

 彼女の口が動く。


「知ってた……ってゆうか、なんとなく感じてた」

「ど、どういうことだ?」

「最初はね、ネイビスをやっつけた時に“なってた”でしょ?」

「お、おう」

「私は女の子だからよく分からないけど、ああいう喧嘩とか戦いとかの時に興奮して身体中に血が巡って、ああなったんだと思ってたの」

「おう」

「でも、落ち着いてからも“ああ”だったし、町に向かう時も行ってからも――って、なんでこんなこと言ってるんだろう私……」


 マリアが顔を手で塞いで俯く。

 その顔は耳まで真っ赤になっていた。

 俺は彼女にかける言葉が無くて、ただただ「ごめん」と繰り返すしかできない。


 でも、マリアは大きく息を吐いて顔を上げた。

 その顔には赤みが残ってるけど、青い瞳には力が籠ってるように見える。


「とにかく、その後もレオが“ああ”なってたままだったから、どうしてそうなってるのか考えたてたんだ……。そんな時にあのハイ・ゴブリンのことがあって、スキル結晶が出てきて……ベルナールさんの発情とかって説明を聞いて、もしかして? って思ったんだ。ほら、レオは私に【瞬間回復】を移してくれたし……?」

「そうだな。マリアは頭が良いし、すぐに分かるよな……。黙っててごめんな、マリア許してくれ」

「ううん。怒って無いんだから、許すも許さないもないよ。大変だったんだね、頑張ったんだね、レオ」


 改めて下げた俺の頭を、マリアはそう言って撫でてくれた。

 俺は、そんな彼女の優しさに礼を言おうとしたけど、それと同時にため息が聞こえてきた。

 何だろう? と、顔を上げると――。


「てっきり、レオが私のことを好きになってくれたから、そうなったのかと思っちゃってた……恥ずかしいね、私」


 ――なんて、ポツリと零した。


「っ!! そ、そんなことないっ!」

「だ、だよね。私のことなんて、好きじゃないよね……」


 ぁあああっ!

 思わず俺が『恥ずかしいね、私』を否定したつもりが、どうもマリアは『私のことを好きになってくれた』を否定されたって受け取っちまったみたいだ。

 マリアは俯いて、その金髪で俺からは顔が見えなくなっちまった。


 ……そんなんじゃない!!

 現に、俺はマリアのことが好きなんだ! それにあの糞スキルが無くなってもお前に対してドキドキするし、“ああ”なったりもしてるんだから……!


 このままじゃマリアが勘違いして、俺から離れてっちまうかもしれない。

 それは……それだけは嫌だっ!


「好きだっ! 俺は、マリアが好きだっ!」

「……えっ?」


 思わず叫んだ俺を、マリアは顔を上げて見てきた。

 彼女の青い瞳が微かに揺れている。


「“帝国”でひと目見た時から気になってた! マ、マリク・・・は最初から綺麗な色をしてたし、俺に……灰色だった俺の世界にも色をくれた。レオっつう名前をくれた。何歳か教えてくれた。洗濯も……覚えらんなかったけど計算も読み書きも教えてくれた!」


 そう、マリアは何も知らない俺に全部教えてくれた。


「始めはマリクが男だと思ってたから、弟っつうか……『家族』ってこうなのかな? って思ってたけど……。“あの日”――マリクの傷を見ちまって、お、女の子だって分かってからは意識しちまって……それが、その気持ちが……」


 また何言ってんのか分かんなくなってきた……。

 そんな俺のしどろもどろな言葉も、マリアはちゃんと聞いてくれている。

 だから、これだけはちゃんと言おう!


「ずっと、好きだっ! 初めて会った時から、今も……これからも好きだっ!!」


 思わず立ち上がってしまったけど、今度はマリアから目を外さないでいられた。彼女の目を見て言えた。


 そして、揺れていたマリアの瞳も動きが止まってて、俺の目を見上げている。

 心臓がバクバクしてるのか、マリアは震えがちに息を吸うと口を開いた。


「……私もっ!!」

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