42.アーロンさんもやられてしまう


「……なんてパワーだ」


 ファーガスの裏拳で弾き飛ばされた俺は、体勢を持ち直す間もなくジョセフの大盾にブチ当たって止まった。

 【硬化】のおかげで無事だったので、仰向けに倒れていた身体をゆっくり起こす。

 また盾が壊れちまった。鉄で補強してても、もとは木の盾だからな……。


 それよりも狼野郎だ。

 しっかりと上体を起こしてファーガスを探す。


 奴はすでに立ち上がっていて、裸のゴードンと半裸で徒手のアーロンさんを相手にしていた。後詰めにはジョセフが向かってる。


「クレイグはっ!?」


 クレイグは――よかった! トドメは刺されてないようだな……。でもピクリとも動かない。

 気を失ってる彼をその場に置いておくと危ないから、なんとかクレイグを遠ざけないととティナさんやフェイに告げる。

 彼女らはマリアとシェイリーンさんと一緒にクレイグに向かう。

 俺は援護してやらないと。


「ぐわっ!」


 大盾と剣でなんとか持ち堪えていたゴードンだったけど、ファーガスの速さに翻弄されて全身に爪のきずを受けていて、遂にまともな上段蹴りをくらってガクッと膝を落として倒れてしまった。

 アーロンさんも素手で格闘しているけど、隻腕だからずっと押され気味。


 俺は後詰めのジョセフにゴードンの介抱と退避を頼んで、またアーロンさんと二人でファーガスの相手をする。


「アーロンさん! ナイフです、壊れてもいいんで使って下さい!」


 素手よりはマシだろうと、腰に差していた俺の解体用ナイフをアーロンさんに投げ渡す。


りな。助かる!」


 アーロンさんは口ではそう言ってくれるけど、正直限界が近いんだろう。身体には風の膜を出せずに、ナイフにだけ風を纏わせる。


「ケッ! そんな玩具みたいな刃物じゃ、今の俺様には傷ひとつ入れられねえぞ!」


 その通りだった。

 アーロンさんのナイフはもちろん、俺の片手剣も傷付けられないっつうか、当たらない。

 むやみに突っ込めば、さっきの俺みたいにブッ飛ばされちまうから、気安く踏み込めない。

 代わりにファーガスと距離を取るから、奴の攻撃を捌くことはできてた。紙一重で、だけど……。


「――っ、あ?」


 そこにフェイの矢が射られてきた。けど、厚い毛に阻まれて刺さらない!

 でも、クレイグとゴードンの退避が終わったようだな。


 さらにシェイリーンさんの【中級水魔法】の『水槍』がファーガスの後頭部を直撃!

 獣が前によろめくくらいの威力があったけど、刺さらない……。


 その隙を突くように、アーロンさんと俺が斬り掛かる。

 と言っても俺は【刺突】だけど、それで毛の少ない足を狙う!


「へっ、当たるかよ」


 ファーガスがひょいと片足を上げて避けるけど、注意の逸れた腕の方――左腕をアーロンさんの速いナイフが切り裂く。


「チッ! 小賢しい! 小虫ごときが鬱陶うっとうしいんだよ、テメエら!!」


 左腕の傷から出た血が爪を伝ってぽたぽたと落ちるのは放っておいて、頭を濡らす水をぶるぶると振り払って苛立つファーガス。

 相手は十人。しかも連携に慣れた冒険者で、かばい合いながら何処かしらから攻撃が飛んでくる状況だ。

 見下してる人間を相手に、休む暇もないんだから苛立つのも分かる。


 このまま粘れば……。

 倒せる。なんて思っていたら、獣は動き出した。

 地面を蹴って真っ直ぐに俺に向かってきて、左の拳を軽く放ってくる!


「シッ!」


 俺は右腕を畳んで右拳で相手の拳をパリイしようとする!

 ――止まった!? フェイントか!

 拳を途中で止めたファーガスは、俺の気が逸れた左側――横腹に蹴りを上げてくる。

 慌てて左肘を下げてガード。盾が壊れちまってるから、硬化が効いてるとは言え、肘が折れちまうかもな……。

 ――止まった!? これもフェイントだってのか?!


 なんで? 

 答えなんて出る間もなく、奴の右腕が振り下ろされてくる! 拳じゃなくて鋭い爪が!

 袈裟斬りのように振り下ろされてくる奴の爪撃を避ける余裕はない。くらっちまう……。


 それならと、俺は決断する。

 避けられねえんなら……突っ込む!

 自分の【硬化】を信じて、奥歯を噛み締めてほんの少しだけど頭を前に出す。


 ズガァン!!

「「レオッ!!」」

「「「レオ君!」」」


 ベルナールの大剣の腹で頭をブッ叩かれたような(訓練で一回やられた)衝撃と音! それに頭の天辺には爪に裂かれた痛みも。

 俺の首にはとんでもない力が加わって、意識が遠のいて膝から崩れ落ちてしまう。頭の傷から生温かい物が流れ出る感触。


「チッ! まあ、そこで寝とけや。後で仕留めてやる」


 目を開けたまま地面に崩れて、視界が狭まって気を失いそうな俺に、奴が捨て台詞を吐いて遠ざかっていく。

 でも俺は見たし聞いた。


 アイツ……舌打ちの前に「くっ」って痛そうに顔を歪めて、呻き声を漏らしてやがった……。

 それに気付いた俺は、歯を食いしばって意識が飛ぶのを堪える。


 ファーガスの右腕、傷は塞がっても毒は消えてねえんだ! 

 奴は痛みで全力を出せねえ。

 それに、アーロンさんが左腕に傷を負わせてくれてる。


 俺は心の中で感謝した。クイーン・ヴァンパイア・ビーに!!


 実は俺、クイーンのスキル結晶だけは取り込んでるんだ……。

 【自然回復】だ【攻撃衝動】だ【呼吸】【針刺し】だののコモンスキルはもちろん、【求心力】なんて良く分からないレアスキルもあったな。


 そして何より同じくレアの【強毒】!


 たぶん【毒生成】の毒が強い物になってるから、あんな小さな傷から少ししか入らなくても効いてるんだ!


 とにかく、アイツだって手負いなんだ……左腕もアーロンに斬り付けられてるし、力は削がれてるんだ。

 俺たちにだって何とかできるって自分を奮い立たせて、クラクラしながらも立ち上がる。

 ふらつかないように足を踏ん張って、頭から髪の毛を伝って血が垂れてくるのを拭って、前を向く。


 そんな俺の目に映ったのは――。

 十五歩……二十歩先で、マリアを背に必死にファーガスと対峙するアーロンさん。立ってるのは、マリアとアーロンさんと獣野郎だけ。

 その周りにはみんなが……うつ伏せや仰向けで倒れている。


 俺がやられて立ち直るまでの一、ニ分でここまでになるとは……。


 みんな脇腹や腕や脚、どこかしらに深い傷を負って血を流していて動けずにいる。

 でも、背中に傷は無い。みんな逃げずに立ち向かってやられたんだ。


 マリアだってアーロンさんの後ろで杖を掲げて魔法を出そうと頑張ってる!


「みんな……くそっ!」


 こんな所でふらついていられねえ! マリアもみんなも……俺が守る!

 一歩、また一歩、力が入るか確かめながら前に進む。

 ……よし、いける! 行く!


 その時――。

 ガギィン!

「――っ!?」


 アーロンさんが持っていたナイフの刃が折れて飛んで行った。

 刃の無くなったナイフの柄を見て舌打ちしたアーロンさんは、ファーガスに柄を投げつけて自分も前に突進する!


 アーロンさん! 俺もすぐに加勢するぜ!

 【突撃】!


 ファーガスとアーロンさんの戦場まであと十歩のところを一、ニ、三歩。一気に行く!

 俺が走る間にも、二人の戦いは止まらない。スローモーションのように見える。


 まず、ファーガスが投げつけられたナイフの柄を右手で弾き――。

 突進してくるアーロンさんの速さに合わせるように、左の拳を彼の顔面目がけて繰り出す。


 アーロンさんは、前に進みながらも頭を左に傾けてすれすれで躱すって動き。

 そして、そのまま突っ込むんじゃなく足でブレーキを掛けて、右の拳を獣人の左拳の外を回り込むように振る。

 カウンターを入れる気だっ!

 このままいけばアーロンさんの拳の方が入る。

 ――けど、駄目だ! それは……。

 フェイントだ!


 …………。

 左の拳を止めたファーガス。アーロンさんは止まれない!

 ファーガスは斜めに身を引いてアーロンさんの拳をスカす。前のめりになったアーロンさんの腹に膝を突き上げ、背中に肘を突き落とし、串刺しにする。


「が、かはっ!」

「アーロンさん!!」


 あと一歩で助けに入れたのに……間に合わなかった……。

 アーロンさんが口から真っ赤な血飛沫を飛ばしてバタリと倒れてしまう。


「このヤロォー!」

「――っ! テメッ」


 アーロンさんに集中し過ぎて、今頃俺に気づきやがったか。遅いぜ!


 【ぶちかまし】っ!!

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