40.まずは一撃だけでも
獣人はくっちゃべりながらも、俺たちが畳みかける攻撃を躱したり受け流したりしつつ、合間に拳や蹴りを繰り出してくるようになった。
しかも、最初は思いっきり手を抜いていて、力の入っていないビンタや足を引っ掛けて転ばせるだけの蹴り……。
まるで遊ばれているみたいだ。
「ほらほらっ、全然効かねえぞ。一発くらい入れてこいや、人間さんよぉ!?」
俺らは、自然に前衛と中衛が獣人から一定の距離を取って取り囲む隊形に。
そして、輪の外の後衛の魔法や矢での攻撃を邪魔しないように間合いや呼吸を合わせながら、でも休む間を与えないように絶え間なく攻撃を打ち込んでいく。マリアも何度か『火球』を飛ばそうと悪戦苦闘している。
それでも誰も獣人にはダメージを与えられず――。
逆に、徐々に力を込めた獣人の攻撃がカウンターのように俺らに決まりだす。
「くっ……」「グハッ!」
「ティナ! レビット! 大丈夫か?!」
獣人の攻撃のダメージが少しずつ蓄積して、膝をついたり後退させられる人も出てきた。
俺も何回か腹や脚に蹴りを食らったけど、回復が早いので何とか持ちこたえている。
アーロンさんは凄くて、獣人の攻撃を躱すわ減ってしまった攻撃の穴を埋めるように手数を増やすわの活躍っぷり。
彼と俺、大盾の扱いが上手いジョセフとゴードンが粘って、ダメージを受けた仲間の回復を待つっていう流れで、何とか均衡を保っている。
でも――。
「おらおら! 所詮人間だなぁ、束になって掛かってきても俺様一人に傷ひとつ入れられねえたぁなっ! 次からはもうちょい力を込めるぜ。せいぜい死なねえように足掻けやっ!!」
獣人が宣言すると同時に、裸のおっさん二人の大盾が吹っ飛び、すっ裸のおっさん二人が弾き飛ばされて宿屋の外壁にブチ当たった。隊形も崩れちまった!
「ジョセフ、ゴードン!」
クレイグが全裸おっさんに気を取られたほんの一瞬に、獣人はクレイグに肉薄して顔面に付かんばかりに顔を寄せて胸倉を掴む。
「よそ見してていいのかぁ?」
その余裕ぶっこいてる獣人の横っ腹に、俺が【刺突】で突っ込む!
それを感じ取った獣人が、クレイグを盾にすることで俺を牽制するから止まるしかない。
でも、代わりにフェイの矢とシェイリーンさんの『水の矢』の“二連射”が襲いかかる! が、最小限の動きで躱され――。
更にそこを衝こうとした死角からのアーロンさんの剣!
それすら手刀で弾いて、そのうえクレイグを片腕でアーロンさんに投げつける。アーロンさんはそれすら受け止めたけど……。
なっ、なんなんだよ……コイツの動きは。
獣人ってこんなにも無敵なのか?
「くそっ!!」
思わず毒づく俺に、いつの間にか隣に立ってたアーロンさんが俺だけに聞こえるように囁く。
「そううるだぐな、まず一発だ。一発入れるごどさ集中そで」
(そう慌てるな、まず一発だ。一発入れることに集中しよう)
なんて? 一発? 入れる……集中……そ。
そうか! とにかくヤツに一発入れようってことか? そうだなっ?!
「うっす!!」
そんな俺とアーロンさんを余所に、獣人は崩れた隊形を縫って後衛組に向かって地面を蹴った!
おい、そこにはマリアがいるんだぞ!
俺が「待て!」と声を出すよりも早く、獣人は後衛三人の前に到達。
フェイがシェイリーンさんとマリアを守るように前に出るも、呆気なく殴り飛ばされてしまい、その身体がシェイリーンさんを巻き込んで二人とも倒れ込んでしまう。
「おいっ!」
遂に獣人がマリアに手を伸ばす。
けど、マリアは杖を上手く操って「たあっ!」と、ヤツの手を打ち据える。そして連続で杖を打ち込む。
……でも、数合で杖が掴み止められ、体勢を崩されてマリアは前のめりに倒され、手足を地面につかされてしまう。
そして――。
獣人は、そんなマリアの頭を鷲掴みにしたまま無理矢理立ち上がらせた。いや、持ち上げた。
俺がネイビスと初めて会った時にやられたみたいに……。
「マリアッ!」「マリアちゃん!」
くそっ! マリアが……。
助けに突っ込んでいきたいけど、盾にされるのは目に見えてる!
それに、ヤツの反応速度で避けられると振り回されるマリアにも負担が……。
今は距離を取って機会を窺うしかない。クレイグやアーロンさんも同じ考えのようだ。
俺らがジリジリしている間に、獣人がマリアの耳元に顔を近づけ、彼女が顔を背けるのにも頭を掴んでいる手を爪で引っ掻くのにも構わずに話し掛ける。
「ぬくぬく育てられた娘って聞いてたんだが、なかなか攻め筋は良かったぜ」
“聞いてた”だと? 誰から……っ!!
そこで俺は思い出した。屋根の上にもう一人いたことを。
獣人が下りてきてから、何も仕掛けてくる気配がないんで、途中から意識の外になってた存在!
俺は宿屋の屋根を見上げる。
それとほとんど同時に、マリアの頭を掴んだままの獣人が彼女を更に持ち上げてその存在に問いかけた。
「捕まえたぜ、こいつで良いんだろ……ディアナ?」
最初に見た時と変わらない姿勢だった“ディアナ”と呼ばれた人影。
ゆっくりと立ち上がったみたいだけど、高いところが恐いのか風にはためくドレスの裾から覗く足が震えているように見える。
「ブリジットなの?!」
マリアが獣人の手に抵抗しながらも、その影を見据えて声を掛けた。
「そ、その名を呼ぶんじゃないって言ったでしょ!」
「領都の足抜けって……貴女だったの?」
マリアの問いに、その女は「そうよ!」と叫び、屋根の上からマリアを指差して、なおも続ける。
「また昔のようにアンタの醜い泣き顔を拝む為に……そしてもう一回アンタを地獄に落とすために来たのよ! でも安心なさい? アンタは殺さないように頼んであるの。アタシの手でアンタを……うふふっ、もう少しで願いが叶うのねぇ~? うふふふ……」
遠いし暗いしで表情は見えないけど、くつくつと笑いを零すその女からは嫌な空気しか感じない。
そして女は獣人に向かって言う。
「ファーガスの旦那、逃がさないようにお願いね」
「ふん! 任せな。けど、無傷ってわけには行かねえかもなぁ」
獣人も獣人で、ニヤリと嗤いながらマリアの頭を掴む手に力を込める。
マリアが苦しそうに呻き声を洩らす様子を見て、俺は居ても立っても居られなくなる!
「くっ……マリア! いま行く――」
俺が飛び出し掛けたところで、アーロンさんに「待で」と腕を掴まれた。
そして早口で耳打ちされる。
正直何を言ってんのか半分くらいしか分かんなかったけど、とにかくマリアを獣人の手から解放したい俺は「うっす!」とだけ返事をして獣人に飛び込む。
効果は無えと思うけど【隠匿】で気配を薄くして、【突撃】!
獣人の横っ腹に向かって一直線に行くなら【突進】が進化した【突撃】の方が速えはずだ。
できれば他の冒険者の前で魔物のスキルを使いたくなかったけど、後で誤魔化せない身体の見た目が変わっちまうモン以外は使うしかねえ!
スキルのおかげか、獣人の油断か、意表を突けて奴の横っ腹に組み付く事が出来た。そしてそこから奴の太い――マリアを持ち上げてる方の腕にしがみ付く!
更に――!
「何っ?!」
「マリアを離しやがれ!」
【破砕噛】!
ネイビスと同じ目に遭わせようと、思いっきり目の前の二の腕に噛みつく。
「――ああ゛?!」
でも、噛みついた瞬間に奴が二の腕の筋肉に力を込めた。
そしたらカチカチになりやがって、俺の歯が食い止められてちょっとしか噛み付けなかった。
マジかよ!
けど、そこにクレイグの「うぉおーっ!」って言う気合の声。間髪入れずに突っ込んで来てくれてて、獣人が防御で突き出したもう片方の腕を掻い潜って剣を薙ぐ。
「うおっ!! っとと」
それでも獣人は高い身体能力で剣速に合わせてステップして躱す。
おいおい、俺に噛まれたままクレイグに気を取られてていいのか、ファーガスよぉっ!
【毒生成】!
瞬間、俺の口の中に苦い物が広がる。……でも、前ほど苦く感じない。
そして、その苦い液が歯型から傷に入ってく。
一太刀入れるってのとは違うが、これも立派な攻撃。ダメージを受けやがれ!
「ぐっ……何しやがった!?」
獣人が慌てる。
マリアを離して、更に腕をブン回して俺を引きはがそうとする。
俺は意地でも離すまいとしがみ付くけど、もう片方の手で掴まれて、ほどかれて、ブン投げられてしまう。
チッ、でも毒は
『レオ。クレイグもそれさ合わせるど思うがら、レオがさぎに突っ込んで、ワが魔法の準備する時間っこつぐってけへ』
“クレイグもそれに合わせると思うから、俺が先に突っ込んで、アーロンさんが魔法の準備する時間を稼げ”
――ってことなんだろ?
「よぐやってけだな、レオ、クレイグ!」
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