38.狙われたのは……


 ☆


「ねえ? 本当にここで襲うの、ファーガスの旦那?」

「ああ、俺の狙ってる連中と、お前が頼んできたメスが一緒にいるんだ。一気に仕留められるんだ、いいじゃねえか」

「でも、村の人らもいるよ? 逃げられるの?」

「当たり前だ。所詮人間、数にも入らねえさ」


 雲が月を隠している夜、夕餉を済ませた村人たちが明日に備えて明かりを消して眠る頃。

 レオ達の滞在する村を囲うささやかな防柵の外に、二つの影。


「中に踏み込む度胸が無えってんなら、ここで待ってな。メスガキは連れてきてやるからよ」

「わ、わたしも行くわよ! アイツが泣き叫ぶところ、見たいもの……」

「そうか。でも、巻き込まれたくなかったら、邪魔にならねえトコにいろよ」

「う、うん」


 ☆


 窓を開けっ放しの宿屋二階の男客用大部屋から見える外は、月の明かりも無くて闇って言ってもいいくらいの暗さだ。

 当たり前か。外開き窓は野菜畑側を向いてるし、村の人は火を消して寝てる時間だからな……。

 なのに、この部屋は大騒ぎ。

 他の客が掛け布に包まって耳を塞ぐくらいのドンチャン騒ぎが続いている。……野郎四人の。


 俺とクレイグとフェイは『この馬鹿達とは無関係ですよ』ってな感じに距離を置いているけど……いい加減止めた方がいいかな?

 村人の為に、せめて窓は閉めとこうと取っ手に手を掛けたその時――!


 村唯一の出入り口にある物見やぐらからカンカンカンカンって警鐘が聞こえてきた。

 これには飲んだくれていた四人も気付いて、部屋は一気に静まって周りに耳をそばだてる。


「柵が破られた! 侵入者だぁ!」


 村は、日が落ちると安全の為に柵門を閉じる。そして数人の村人がやぐらの上で寝ずの番をする。

 その不寝番からの警鐘の合間に侵入者を告げる声。


 俺らはお互いに目で合図を送り合い、それぞれの装備を手に大部屋を飛び出す。

 酒を飲んでいない――年的に飲めない――俺が一番早く、フェイとクレイグが続く。

 クレイグは、冒険者では無い一般客には「窓から離れてドアも閉めてジッとしているように」言い付けて着いてきた。


 宿の出入り口のかんぬきを抜くのももどかしく思いながらも、扉を開けて外に。

 宿の表は一本の大木を中心にした環状の広場になっている。

 闇の中、遠くに櫓の唯一の篝火かがりびが揺れていて、カンカンと警鐘が規則的な拍子を刻んでいるだけ。遠くの民家の扉が開く軋んだ音も微かに聞こえる。


 ここでもクレイグが「扉はあけるなっ、出てきては駄目だー!」と注意を飛ばす。


 俺もだけど、みんな防具を着ける暇がなくて、俺は片手剣だけ(小盾は体内収納の中)、フェイは弓と矢、クレイグは盾も持ってこれたみたいだ――って、おいおい?!

 酒盛りをしていた『民の騎士』の三人は、少し遅れたけど盾も剣も持って最前列で構えてる……けど、素っ裸なんだけど?

 素っ裸で真剣な顔で盾を構えて周りを警戒してる! ちょっとフラフラしてるし……。


 アーロンさんはちゃんとパンツ一枚穿いてる。でも上半身は裸、隻腕が見えた状態でも、酔っ払ってる感じは微塵もなくて、右手で剣を構えて鋭い視線を巡らせていた。


「おい、おっさん達! なんで裸のままなんだよっ、せめてパンツくらい穿いて来いよ! ケツ丸見えだってぇの!!」

「なにっ!?」「え?」「ぬっ?!」


 気付いてなかったのかよ!

 おっさんらは慌てて戻ろうとするけど、もう遅い。

 女客部屋にいた三人も出てきたところに鉢合わせて中に入れず、女性陣に白い目を向けられている。


「クレイグ、状況は?」

「侵入者だそうだ。数も経路もまだ分かってな――ッ!」


 クレイグの言葉が終るか終らないかのその時、俺とアーロンさん、続いてクレイグとフェイがほとんど同時に後ろに気配を感じて振り返る。

 そこは宿の入り口。宿の主人が扉を閉めたところだった。


「――上だっ!!」


 三階建ての宿の屋根の上! 天辺の端っこ!

 月明かりのない闇だけど、薄っすら影のように人影が二つ。

 屋根に手足をついた奴と堂々と立ってる巨体、二人とも長髪で……デカイ方は腕組みしてるな。


 俺らの動きで“敵”の居場所を認識した他の連中。

 アーロンさんの「隊列!」という短い号令で前後衛が入れ替わって宿に向かって隊列を組み直す。

 櫓からは未だに警鐘が鳴っている。


「おめだ、何もんだ?(お前ら、何者だ?)」


 アーロンさんが大声で問い質す。

 やっぱり二人いるって分かってんだな。


「何もんだ、か。……ふっ、名乗るほどのもんじゃねえが、テメエらの中に用のあるヤツがいてな」


 大きい方の奴が、髪を風になびかせながら腕組みを解いて返事を返してくる。

 俺らの中に用がある?

 その声を聞いた俺らは、人影から目を離さないようにしながら軽く周りを窺う。でも、誰も心当たりは無いみたいだ。


「……自覚なしか。そいつらには二度も仕事を邪魔されてんだ。それともう一人・・は、ちょっとした依頼を受けてな、面白そうだから受けたんだ」


 俺らの中から「依頼?」って不思議がる呟きがチラホラ漏れるけど、その不穏な感じにみんな身構える。


「あ~、安心しろ。俺様は今、暇だし鬱憤うっぷんも溜まってるからよ、その他の連中も相手してやるから――」


 デカイ人影が身体を屈めた。

 飛び降りてくる気だ!

 俺を入れて何人かが同時に叫ぶ。


「来るど!」「「来る」ぞ!!」

「――よぉっ!」


 人影が軒っ端のきっぱたから宙に飛び出して……落ちてくる。

 でも誰かを狙ってるって感じで飛び蹴りみたいに片足を伸ばしてる!?


「シェイリーンッ!」

「――え?」


 クレイグが叫ぶや否や、シェイリーンさんに体当たりして突き飛ばし、そのまま飛び蹴り野郎の蹴りを盾で受ける。


 ズガァン!

「――うおっ……」

「「「クレイグ!」」」「兄さんっ!」


 クレイグは蹴りを受け止めようとしたけど、衝撃に身体がくの字になって飛ばされて、地面を転がっていく。

 呻き声を零しながら立ち上がるクレイグを、飛び降りてきた奴は俺らに取り囲まれてるのに「身代わりになるたあ、以外に素早いじゃねえか」と平然と見ている。


「てめえ……」


 この距離なら、はっきり見える。

 灰青色の長髪を風になびかせる上半身裸の長身筋肉質な男。ベルナールよりデカイんじゃねえか?

 それに――。

 身体も顔も人間なのに、み、みみ耳が……頭に耳が生えてるっ!

 ああーっ! 尻尾まで生えてやがる?!

 腰回りをコルセットみたいに紐を通して止めるズボンを穿いてるけど、その尻のうえ辺りからフサフサなのが上に伸びてゆらゆら揺れてる!

 な、なんなんだ?


 それはアーロンさんにも見えてるようで、舌打ちをしてから――。


「獣人がなしてくた場所さ……いや、獣人だがらこそ、すたごど言ってらんねな!」

(獣人がどうしてこんな場所に……いや、獣人だからこそ、そんな事は言ってられないな!)


 地面を蹴って男に斬りかかった!

 でも……アーロンさんは不意打ちっていうか獣人の側面を衝くかたちで斬りかかったのに、そいつはいとも簡単に元Aランク冒険者が高速で振り下ろす剣を弾いて逸らした。

 剣の腹を素手で殴って!


 それだけじゃなく、衝撃で体勢を崩したアーロンさんに蹴りを繰り出す。

 でも、アーロンさんは身体を捻って紙一重で躱して、クレイグ達とは獣人を挟んで逆位置になるように距離を取った。

 引退してるってのが信じられないくらいの身のこなしだった。


 二人の攻防が止まって、ちょっと睨み合う形になる。

 その隙にクレイグは(裸の)『民の騎士』を含めて隊列を組んだ。俺とマリアもそこに入ってる。


「ほぉ~? やるじゃねえか。剣筋も鋭いし、俺様の蹴りも避けるか……」

「ふん……なんもだ」


 アーロンさんに向けた獣人の言葉は、感心しているような言い方だったけど、野郎の表情はニヤけてるし尻尾は嬉しそうに揺れてる。

 獣人はそのまま俺らの隊列とアーロンさんを両睨みしながら、腕を伸ばして徒手で構える。

 挟まれたっていうのに嫌がる様子も無い。むしろ「酒くせえなぁ」なんて愚痴る余裕すらありやがる。


 それにしても……「獣人?」。

 俺が男を指差してマリアを見ると、「あれは獣人っていう凄く強い種族で、傭兵っていう兵隊をしてる」って教えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る