第51話

 モートは慌てて、窓ガラスを開けると、外からムッとくる濃い血の臭いが室内に大量に入り込んできた。


「これは、黒いけど血の雹だ……」


 空から割れんばかりの凄まじい雷鳴が轟くと同時に、ここホワイトシティに、黒い血の雹が猛烈に、そして激しく地上へと降り注いだ。


「な……なんてことを……」


 オーゼムは窓際まで駆け寄ると、外を見つめて悔しがった。


 その時、グシャ、グシャ、グシャという肉が大きく弾ける音が、ノブレス・オブリージュ美術館の周辺から聞こえてきた。館外からモートが座っている椅子のところまで、獣のようなうめき声が大勢木霊してくる。高級な服を着こなした貴族たちや、アンリーたちは悲鳴を上げ、サロンの奥へと一斉に逃げ出した。


 それとは逆に、ヘレンとアリスは窓際まで駆けてきた。だが、


「な?! ……これ……は、何? ひどい! 館外がまるで地獄のようよ……」

「う! き……気分が……私、とても悪くなりました……」


 そう二人共こぼすと、ヘレンは館外のあまりにもショッキングな現象に真っ青な顔で、その場で大きな悲鳴を上げ。アリスに至っては、血の気が引いてそのまま卒倒した。一時間前までは年中大雪ととてつもない寒さのせいで、辟易もしているが、そのことにも誇りを持っていたはずの街の人々が。それらが、身体中の肉片を弾かせては、その後、真っ赤な血だるまになったゾンビへと化していった。


「はん!! わかりましたよ! これは、レメゲトンを使用しておきた黙示録でしょう! さしずめゾンビアポカリプスとでもいいましょうか! ですが、こちらには、モートくんがいます! では、モートくん。私には、もう一つ勝算もあります! なので、これから、聖痕のある少女のはずの二人を、できるだけ早く探して助けだしてください! その人たちの名前は、フィラデルフィアとラオディキアのはずです! これは私にとっても最上の賭けの時間ですね!!」


 そこまでいうと、オーゼムは勝ち誇った顔から、モートに向かってウインクした。


「古代ギリシャにおける妖術や呪術は、ギリシャ語でゴエーテエアというのです。つまり、その言葉のラテン語を、ゴエティア……つまり、それはレメゲトンの一つの書で、もっとも有名なんですね。ゴエティアは儀式魔術を意味しているんですが、同時に喚起魔法ともいわれている魔法が載っています。はい。そして、その喚起魔法とは邪悪な悪霊などを呼ぶ魔法として、人間をゾンビ化できるはずなんです。……恐らく、アルス・ノウァという……レメゲトンにある書なんですが。それは、逆にゾンビ化が治る魔法が載ってあるはずなんです……」

「レメゲトンとはそんな風に?! ああ、アーネスト……無事でいて……」


 オーゼムの言葉に、真っ青な顔をしてアリスを介抱していたヘレンは、レメゲトンに畏怖と不可思議な興味が湧いてきた。

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