第38話 pain (苦痛) ヘレン編

 ヘレンは聖パッセンジャー・ビジョン大学付属古代図書館のレファレンスルームでアーネストと魔術書(グリモワール)を探していた。ヘレンもアーネストも額に汗が浮き出ても必死に見つけようとしていた。12もの壁に寄り掛かかった本棚、16もの並列した本棚、壁面を彩る幾つものガラス窓の下の40にもおよぶ小さな本棚などから受付嬢から聞いた形状の本を探す。


 その形状はずっしりと重い黒い分厚い本だった。

 

 小一時間はしただろうか。

 奥にある暖炉の薪がパチリとした。

 

 ヘレンは背筋が凍るような不吉な気分をどうしても払拭したかった。

 それは、早朝に掛かった一本の電話が始まりだった。


「やあ、ヘレン。ジョンという男がレファレンスルームから借りた本がわかったぞ。受付の嬢ちゃんが調べてくれたんだよ。どうやら古代のグリモワールだったんだそうだ」

 

 アーネストは急に小声になった。


「それもグリモワールではもっとも禁断とされる『レメゲトン』だった。きっと、その男はここホワイトシティで悪魔の偽王国でも作ろうとしてるんだろうねえ。今日のお昼から一緒に事の真偽を探してくれないかい? 本物の『レメゲトン』なら大変だ。希望的観測だが、その本じゃなければいいんだがねえ」

「『レメゲトン』……いいわ。一緒に調べてあげる」


 ヘレンは女中頭を呼んで、ノブレス・オブリージュ美術館の一斉清掃を言い渡し、早速黒の厚着のコートに着替えた。

 

 窓の外は、この上ない不吉な気持ちを煽る猛吹雪だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る