第23話 入試終了!

「おーい、山上くん。こっち、こっち」

「和也くん、お疲れ」

「うっす」


 試験を終え、再び池袋駅へと戻り、昨夜みたフクロウの前で、先ほどまでライブ会場の下見に行っていたという立花、面接の都合で試験終了時刻のずれが生じていた紫月さんと合流した。


 夕方でも、駅は相変わらず賑わっている。休日ということもあってか、昨日に比べて家族連れが多いように見える。


 俺が、紫月さん試験に対する苦労を共有していると、立花が本題へと誘う。


「お二人さんの邪魔をするようで悪いんだけど、そろそろこっちの話をしてもいいかな」

「そんなんじゃなぇよ」


 何を言っているんだと俺は否定するが、紫月さんは何も言わず、矢野咲さんに関する話を進めていく。


「矢野咲さん、下北沢のライブハウスにいるんだよね。開演前に会えそうでした?」


 SNSで立花と連絡を取り合ったあと、紫月さんとも情報を共有したのか、彼女の口からも、自然と矢野咲さんの名前が出てくる。


「スタッフの人に仕かけまでしたんだけど、無理そう。警備も厳重で、普通に入る以外は厳しいかな」

「で、そのタピオカだけ買って帰ってきたと」


 説明が一区切りしたところで、俺は立花が右手に持っている大きなタピオカミルクティーに対しツッコミを入れる。


「東京に来たらこれを買わないわけにはいかないでしょっ! それに、腹が減っては、戦はできぬというでしょ」

「戦って?」


 今度は立花のボケに対し、紫月さんがツッコミを入れる。俺は、彼女の言葉に特に意味はないのだろうと思っていたが、それは違ったらしく、立花は「戦」という言い回しをした理由を淡々とし始めた。


「戦は戦。ライブよりも前に矢野咲さんに会えないなら、もう最終手段しかない」

「最終手段?」


 紫月さんの問いに対し、立花は真剣な表情になり、最終手段と屋良の概要を説明する。


「うん。ライブの開演と同時に、矢野咲さんを止める」


 その思いもよらぬ発言に対し、俺と紫月さんははてなマークを浮かべる。


 アカシックレコードによる上書きを阻止するためとはいえ、ライブという大勢の人間がいる前で矢野咲さんを説得するなどという方法は、あまりにも強引だ。それに失敗したときに俺たちがどうなるかも分からない。咄嗟に、彼女のやり方を否定する。


「ちょっと待て。そのやり方はあまりにも強引じゃないか。もし失敗すれば、俺たちだってただじゃすまない。それに、さっき言ったように警備が厳重なら、言葉で説得しているうちにつまみ出されて終わりじゃないですか?」

「うん。だから言葉じゃない」


 一歩も引かないといった雰囲気で、彼女は話を続ける。それに対し、俺は説明を要求する。


「と言いますと?」

「私の火大・アグニで、ライブ自体を破壊する。そうすれば、矢野咲さんだってレコードで叶えた夢は、偽りの夢だって分かってくれるはず。それに、自分が接続を切らなければ、周りの人を危険に晒されてしまうと理解するはずだから」


 何を言っているんだ、彼女は。


 今回のアカシックレコードによる上書きまで、時間がないことは聞かされているし、その時間がライブの開演時間の前後であることも知っている。余裕があれば、様々な解決方法を模索し、最適案を考えればよいが、それが叶わないためにこのような状況に陥っている。


 そのことを頭では理解している。


 ただ、だとしても、だ。


 だとしても、このやり方で、この件を終わらせてしまったいいのか。


「そんな方法でいいんですか? そんな強引な方法で解決してしまった、俺たちが今までやってきたことは無駄になってしまうんじゃないんですか?」


 無意識に、語気が強くなる。俺たちは今まで、接続者を納得させて、アカシックレコードから切り離してきた。そして、そのやり方でやると決めたのは立花本人だ。だからこそ、彼女がそれをしないと言ったことに、納得できない。


 彼女の方を鋭い視線で見つめ、返事を待つ。それでも、彼女は怯まない。


「そんなことは分かっているよ。でも、もうこれしか方法がないの!」

「立花さんっ‼」

「あの!」


 俺と立花の言い争いを、紫月さんの一言が止める。


 彼女の声にハッとさせられ、辺りを見渡す。だいぶ大きな声で話していたこともあり、周囲の目を気になった。しかし、流石は東京。こんなことは日常茶飯事なのか、はたまた他の音が大きくて聞こえていなかったのか、誰一人としてこちらを見てはいない。


 立花も俺と同様、話すのを止め、穏やかな表情で紫月さんの方を見つめている。


「とりあえず、三人でもう一回行ってみない?」


 俺と立花は顔を見合わせたのち、再び紫月さんの方をじっと見つめる。すると、それにっ気圧されながらも、彼女は続ける。


「ほら、中学校が同じ私と和也くんで行けば、矢野咲さんも会ってくれるかもしれないし。それに、もう一回冷静になって考えれば、他の方法が見つかるかもしれない。決断を出すのは早よ。瑞希ちゃんの案は、あくまで最終手段」

「美望……」


 立花は、ばつが悪そうに紫月さんの名前をぽつりと呟く。


「とにかく、まずは下北沢に行ませんか?」


 紫月さんは、何かを怯えているかのように、敬語を交えながら問いかける。


「そうだね」


 その問いかけに対し、立花は言葉で、俺は首を振ることで肯定の意を示す。


 確かに彼女の言う通りだ。現在時刻は午後四時を過ぎたところ。少なくともあと二時間はある。それまでに、もう一度矢野咲への接触を試みる価値はあるはずだ。それに、紫月さんのどこか心細そうな表情を見たあとで、彼女の案を否定することなどできなかった。


「……行きますか。今の時間なら、次は二番ホームですかね」


 スマートフォンで池袋駅から下北沢駅までのルートを確認し、できるだけ長く沈黙が生まれないよう、すぐに二人に話を振る。そのまま、二番線ホームへ向かおうと、身体を改札のある方へと向けた瞬間、立花に声をかけられる。


「……山上くん」


 その少し震えているような声を耳にし、咄嗟に彼女いる方向へと振り返る。


「私も、できることなら矢野咲さんを説得させて、アカシックレコードから切り離してあげたい。だから……力を貸して?」


 普段の彼女の声の中にある、強さのような何かが、今はすごく小さいように感じる。


 彼女たちといるといつもこうなってしまう。今までロクに女子と話してこなかったつけを、払わされているような気がしてならない。

俺には、分からない。彼女に対して、どのような言葉をかけていいのか。


「……うっす」


 出てきた言葉は結局そんなしょうもないものであった。立花も紫月さんも「またそれ~」と笑っている。彼女たちの間に流れる空気が戻った感じがした。そうだ。俺たちが仲たがいしていては、普段できることもできなくなってしまう。


 しかし、彼女たちの笑顔を見てどこかほっとした自分の中にもう一人、自分でも正体の分からない否定的な考えを持った山上和也がいるような、そんな気がした。

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