第二章 青春のシナリオ

第7話 こうして彼と彼女は問い始める。

 暑すぎる。


 教室の窓際に位置する自席で、今日もまたそんなことを考える。


 それにしてももう六月の終わり。時の流れというものは早いものである。結局、四月の一件以降特に変わったことは起こらず、ただ退屈な日常を送っている。一応、まだ立花瑞希との親交は続いているが、彼女も普段はただの高校生であり、俺のコミュニケーション能力が異常なまでに足りていないことを除けば、普通の高校生同士の関係と大差ない。こうして一学期、三年生、さらには一生といったものを、何の刺激もなく終えていくのであろう。


 そんなふうに日常というものを否定的に捉えている俺にも、楽しみにしていることがある。それが明日、明後日に開催される我が校の文化祭、花鳥祭である。無論、文化祭自体あまり好きではない。ただでさえクラスの出し物に参加したり、何かをつくったりと面倒くさい。にも関わらず、加えて文化祭実行委員としての仕事もあるときた。当然だるい。生徒会だからって文実の仕事までやらせないでくれと愚痴ってしまいそうになる。しかし、それは自身の選択であるため、あまり文句も言っていられない。


 こんなことを考えているものの、俺は一応楽しみにしている。俺も一人の高校生だ。この文化祭というビッグイベントに何かしらを期待してしまうものなのである。


 ちなみに、クラスの出し物には期待していない。当初は男が女体化した馬へと変身し、さらにはそれで競馬をするという意味の分からないものであった。その後、そこからギャンブルという要素のみが独り歩きし、最終的にはカジノに落ち着いた。カジノなんて定番だろ。ゆえに、準備の楽しみや接客の凝りようといったすべてにおいて期待できない。まぁ、俺は話し合いに積極的に参加していなかったので、文句を言う資格はないのだが。


「山上」


 そんな俺を、クラスメイトが誰かを呼んだ。正直、クラスメイトの誰かまでは声だけでは判断がつかない。あんまり話さないし。親しくしている人間ではないことは分かる。一体何の用だろうか。俺は声のした方へと視線を向ける。すると、そこには立花の姿があった。


 そういえばこんなやりとりを以前もしたことがあるなぁと思いながら席を立ち、彼女のいる廊下へと向かう。その途中で、俺はあることに気付く。立花の傍にもう一人、恐らく同級生と思われる少女がいる。距離感や立ち方からして、どうやら立花の連れらしい。おいおいおい、俺のコミュニケーション能力的に、一対二は無理だぞ。


 ただ、それ以上に驚くべきことに気付く。


 俺は、彼女を知っている。


 紫月美望(しづきみのり)。俺の中学の同級生であり、一応同じ文芸部員でもある。「一応」というのには理由がある。俺は高一の夏辺りから生徒会に入っており、まぁそれなりに忙しい。そして、彼女も他の部活との兼部らしく、あまり部活に顔を出していない。俺も彼女も作品を提出するだけで、部活内での交流は、最近はほとんどない。そんな彼女が、一体何の用があるというのだろうか。それも、立花と一緒に。考えていても答えは出ず、ひとまず彼女たちのもとへ歩みを進める。


「よっ、山上くん」

「どうも」


 相変わらず元気そうな奴だなと思いながら、テキトーに返答する。


「えっと……紫月さんですよね?」


 俺は紫月さんの方へと身体を向け、ボソッと尋ねる。


「久しぶり……だね」


 すると、彼女はゆっくりと声を開く。


 つい目が合う。胸下辺りまで伸ばされた艶のある黒髪と、シャープな形状をした眼鏡が清楚感を際立たせており、それでいて前髪の左右に結ばれた水色のリボンという可愛げもある。流石中学でも一、二を争う美貌の持ち主だと思っていたが、高校に入ってからはより一層大人っぽくなり、美しさも増している。それにより変に緊張してしまう。


 俺は一度、立花の方へと視線を戻す。


「ところで今日の要件は一体?」


 言い終える前に、立花は話を始める。


「いや、同じアカシックレコードを守る者として、山上くんにも紹介しておかないといけないなって思ってさ」


 まさか「アカシックレコード」という単語が飛び出てくるとは。ここで話を持ち出すということは、紫月さんもアカシックレコードに関する事柄に、何かしら関わっているということになる。中学時代、美術部の部長を務め、学力でも校内トップ、それでいて運動もできるという真面目の権化のような存在であった彼女が、立花とかいうよく分からない女と一緒にいるとは。紫月さん、関わる相手は選んだ方がいい。


 そんな俺の心配を他所に、立花は話を続ける。


「山上くん、美望は君と同じように、アカシックレコードを守るためにともに戦ってくれる味方なのだよ!」

「はぁ」

「ほら、私って正直者だからレコードに接続しちゃった人なんかに、探りを入れるのとか下手じゃん。そこで! スパイ担当として彼女を雇ったってわけ!」

「よろしくお願いします」


 彼女は物静かな声で、そのように告げる。


「う、うっす」


 それに対し、俺は気持ち悪い声で返答する。


 立花が正直者かどうかはとりあえず置いておくとして、どうやら紫月さんは本当にこっち側、正確には頭の少しおかしい側の人間らしい。


「よくこんな話信じる気になりましたね?」


 俺はつい、そんな疑問を口にしてしまう。


「瑞希ちゃんとは、昔から仲良くさせてもらっているから」


 なるほど。まさかこんなところにパイプが存在していたとは。世間っていうやつは意外と狭いものである。


「じゃあ、早速本題に入ろうか!」


 立花は、紫月さんに仲がいいと言われ照れ臭くなったのか、早口で話題を変える。


「本題?」

「次の接続者の存在を確認したんです」


 俺の質問を、紫月さんが返す。


「それはどなた何ですか?」

「三年五組の和泉比奈さんであると、私たちは考えています」

「和泉さん‼」


 立花の方を向き、叫ぶ。


 和泉さんと言えば、この間の緑山のアカシックレコード操作に巻き込まれた人物だ。その件と何か関係があるのではないか。そんな疑問を含みながら、立花に訴えかける。


「緑山くんとのことで、和泉さんがレコードと干渉しやすくなってしまったのかなとは思うんだよね」

「なるほど。ちなみに和泉さんであるという根拠は何かあるんですか?」


 視線を紫月さんの方へと戻し、そのように尋ねる。


「はい。今回アカシックレコードの中に生み出された事象が、人が自分の意思に反して行動してしまうというものなんです」

「意思に反して行動する? というか、今回はアカシックレコードに接続している状態でも、俺たちや接続した人間以外の人も存在していられるんですか?」


 緑山がアカシックレコードに接続した際、周囲の人間が消えてしまったことを思い出し、質問する。すると、今度は立花が割って入り話始める。


「人が消えるっていうのは、この間緑山くんがそのように設定しただけで、本来そういうことはないの。普段は、現実世界にいる人にも影響が出てしまう。だから、今回は人が操られることで発生してしまった事象が、現実世界に上書きされるのを防げばいい。タイムリミットは明後日の夜。……まぁ、とりあえず頑張ろう!」


 言いながら、立花は右腕を天高く突き上げる。


 それに続き、紫月さんも「お、おう」と呟きながら右腕をちょこっと上に伸ばした。

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