第51話 魔王と二人の逆転劇

 



 窮すれば通ず、という言葉がある。




 切迫した状況でこそ、かえって活路が見えてくるという教えだ。




 そんなコトはないだろう。




 落ち着いたときに考えた方が、変に緊張せず名案が浮かぶはずだろう。

 なんて考えていた時期もあったが、今の俺はこの意味を身にしみて感じている。


 やはり先人教訓は大事にするべきだな。


「俺は絶対的な窮地に立っている。というかもう、崖の上から落ちるのを待つだけの状態だ」


 まな板の鯉とはまさにこのこと。いつ手を下されるか待つだけの状態だ。

 そしてアイツは包丁を捌くよりも遥かに容易く、俺の脳天に矢を突き刺すだろう。



「けれども、一つ疑問が浮かんだんだ」


「……疑問だと?」


「どうして俺の身体を、お前が乗っ取らないのかってことさ」




 この部屋から無事に出るには、魔王が扉を開ける必要がある。

 逆に俺の身体を乗っ取ってしまえば、奴が俺を脅す必要もない。

 勇者よりも俺に取り憑くことは簡単だろう。

 そうして扉を開ければ目的は達成、全員を始末してハッピーエンドだ。


 だが現実は、俺を3人がかりで脅迫するという行動を取っている。

 俺の身体がいらないから?

 この部屋から出るのには不可欠なのに?



 ……回りくどいんだよ。

 まるで俺を殺さないのではなく、殺せないかのように。



「そして賢者についてもだ。お前を最も苦しめたはずの彼女に、お前は憑依しなかった。 というか殺そうとしてたな。理由を教えてくれないか?」


 魔王以上に魔法を使いこなし、随一な知能を持った賢者。

 下手をすると、勇者すら打ち負かすことが可能かもしれない。

 そんな彼女の力を誰よりも間近で感じていたのが魔王だ。

 彼女の身体を欲しがらないはずがない。


 だったら何故、不意打ちで殺しかけた?

 今この瞬間に身体を乗っ取らない?


 俺の目の前に立つ人影は6つ。

 賢者は依然として目を瞑ったままだ。

 そして魔王の憑依した勇者たちも無言で佇んでいる。


「……」


 その態度こそが、俺に確信を持たせた。


「2つの問いに対する答えは1つ。お前は俺らに憑依できなかったんだ。そうだろ?」



 絶望の中、ほんの些細な疑問から生まれた一筋の光。

 その輝きは煌めきを増し、恐怖に固まっていた心を溶かしすどころか、燃え上がらせる。


 魔王が俺と賢者の身体を乗っ取れない。

 だったらその理由を知るために、二人の共通点を探ってみる。


「賢者が言ってたな。俺の体内には無限の魔力があるって。そして俺には劣るだろうけれど、賢者自身も相当な魔力を保持しているはずだ」


 さて、ここで振り返ってみよう。

 魔王の憑依というのは、そもそも相手の身体に魔力を流し込んで取り憑く魔法だ。

 言ってみれば毒を注入するのに近い。相手の身体を自分色に染め上げるのだ。


 だがここで……相手の身体に大量の魔力があればどうなる?


 水が満タンに入ったプールに毒を流し込んだところで、濃度が薄まってしまうのが道理。

 完全に毒を行き渡らせるには、プール以上の量が必要になる。



 つまり、賢者と俺の中にある魔力が、憑依の妨げになっていた、ということだ。



「そうすると見えてきたんだよ。お前が何故、賢者を狙ったのかを……彼女に治療の魔法を使わせることで、大量の魔力を消費させようとしたんだろ?そうすれば賢者の身体を乗っ取りやすくなる」


 不意打ちを喰らい重症を負った賢者。

 そうして真魔王の予想通り、彼女は治癒に大半の魔力を使ってしまった。


「きっと憑依は上手くいったと思う。だって、と最初に言ったのは、賢者なんだから」


 そう、お前が言わせたんだ。

 誰よりも信頼の置ける賢者の口から、嘘の解決方法を。


「ただし気絶したままなのは、完全に成功した訳ではないから。その証拠に、この刻印だってお前の仕業じゃないだろ?」


 そう言って俺は、右手を上げてみせる。

 意識を失う寸前の彼女から貰った、魔法を使うための魔法印。


 ……彼女は、憑依された状態から、少しだけ自我を取り戻していたのではいか。


 顔には出さず、しかし内面では魔王の魔力と戦って、僅かな時間は支配できていた。

 そして自ら眠りにつくことで、操られることを防いだ。


 勿論、憶測でしかないし、手の甲にある印が一体何を意味するのか、俺には使わなければ分からない。もしかしたら真魔王が俺に掛けた呪いかのしれない。

 けれど、俺の身体に変化はなく、今が呪いを発動すべき場面であるのに、真魔王は何もしてこない。

 それに……




『この空間を支配するのは、貴方よ』




 彼女が最後に残した言葉。

 この台詞は、賢者だからこそ言えたのだ。

 きっと憑依した真魔王ですら、意味を理解しかねている。

 だが俺は……彼女の伝えたかった方法を知っている。


 大逆転を導く方法を。


 やっぱり、先人の教えは大切にするべきだな。



「……」


 真魔王からの応答はなし。

 俺の話に聞き入っている……はずもなく、奴は次の手段を練っているのだろう。

 本当なら、奴の策略に騙された俺が、この部屋の出口を開けるはずだった。

 僅かに残る違和感を、焦りと恐怖で見ないふりをして。


 そのすらも、奴はで塗り潰そうとした。

 俺が錯乱する中で、魔王が俺に憑依できないと思わせないために。

 そこで用意した布石が、勇者たちの台詞だ。


 俺はコツコツと足音を響かせ、扉から遠ざかる。


「ベストなのは、勇者たちが戦っている間に、俺が扉を開けること。もしそれが失敗すれば、次に俺以外の全員が魔王に憑依されていることを示し、俺に絶望に陥れて、扉を開けろと命令するはずだった。もしそれすらも失敗すれば、拷問でもしたんだろ?」


 壁に沿って歩き、勇者たちを見回す。


「だから、お前はこう思っている……『何故そこまで考えながら、俺は笑みを浮かべているのか?』……とな」


 部屋の隅に来たところで立ち止まり、クルリと回ってみせた。


「答えは簡単だ。




 お前は俺を舐め過ぎている」



 その瞬間、魔王は何かに気付いたようだ。

 咄嗟に憑依した射手の身体を使い、弓を引く。

 次いで、勇者と戦士とそのコピー、四人が俺へ襲い掛かってきた。


 俺は右手を前に伸ばした。

 すると、脳内に賢者の声が響く。

 この呪文は……




『……重力の仰せのままに、才人アブソーバーの回廊よ、開きたまえ』





 ヒュンッ




 射手が矢を放つ。

 刹那にして、俺の目の前に飛び込んでくる。



 そして、俺の前に現れた大穴の奥へ導かれるかのように吸い込まれていった。

 魔王の憑依した勇者が、悔しげに叫ぶ。



「……次元の裂け目かッッ!!!!!」


 半径10メートル程の黒い穴。

 ビュオオオオッと空気が音を立て吸い込まれていく。

 バリバリと抉れた床や壁の破片が、闇の奥深くへ飲み込まれる。

 この魔法は……勇者と魔王が初めて戦ったときのものだ。


 俺を攻撃しようと飛び込んできた勇者たち。

 彼らは自身の勢いを留めることができず、剣や槍を床に突き刺す。


「クッッ!!!……だが、貴様の奥の手はこの程度か!!」


 歯を食いしばりながらも、俺を罵倒する真魔王。

 まるで直ぐに耐え切って反撃してやるとでも言いたげだ。

 ……呆れてしまう。


「言ったろ、俺を舐め過ぎだ。確かにさっきまでの俺なら、賢者の魔法にすがって終わりかもしれない。けれどな……今の俺は俺だけじゃない」


「何を馬鹿げたことを……ッ!!」



「俺の中には……魔王の記憶が残っているんだよ」



 俺は右腕を伸ばしたまま、床にしゃがみこむ。


 部屋の隅……そこにあるのは、魔王の残した魔法陣。


 その模様を、俺は左手でなぞる。


「ソレをどうするつもりだッ!!魔王でも賢者でもない貴様ごときに、発動することはできんぞッ!!」


「そうだな……だけど二人に助けて貰えば、俺にだって出来る」


 目を閉じ、精神を奥深くまで潜り込ませる。

 そこに見えたのは魔王が置いていった記憶。

 俺と語り合うため、魔王が見せた思い出の数々。

 夜空を見上げた丘、勇者との接戦、そして……この魔法陣に関する説明を引っ張り出す。


 よし。理論、構造、必要な魔力量、材料は全て揃った。

 俺はただ、この手順に沿って力を込めるだけでいい。

 あとは全て……この魔王の身体が覚えている。


 そうして俺は、左手の指先に力を込めた。

 途端、模様は光を宿し、床から浮かび上がる。


「何故だああああッッッッ!!!!!何故発動出来るのだああああああッッッッッ!!!」


 勇者のこめかみが怒りで切れ、醜く血塗られた形相を見せる。

 歯を剥き出し、白目を剥き、髪は乱れ、剣を握る力は強くなる。

 その顔は、初めて勇者たちと戦い、そして破れた魔王の表情に似ていた。



「魔王の欲望……お前は一つ勘違いをしているんだ」



 魔法陣の輝きは共鳴するかのように、残りの3隅も輝き始める。

 そして、俺の呼び出した次元の大穴も、より吸引力を高めていく。

 魔王のコピーした戦士が耐え切れず、宙に浮いた方と思うと、次元の狭間に吸い込まれた。

 バキッと剣の割れる音がして、勇者の影も闇の中へ放り投げられた。


「……俺は魔王じゃない。けれどな……」


「私コソガアアアアアアッッッッ!!!!魔王ダアアアアアアッッッッッッっ!!!」


 四隅の陣は煌めきを増し、天井を突き破りそうなほど眩しく、光の柱を伸ばした。

 白い部屋は、太陽を浴びたかのように強く輝きだす。


「俺は、魔王だったんだよ」



 この魔法陣を発動しなければ、永遠にお前に囚われたままだった。

 だからこそ、この時間を巻き戻すこの魔法こそが、お前を倒す唯一の手段だ。

 俺は魔法の仕上げにかかるため、右手を下ろして地面につける。


 その瞬間を狙っていたコイツは、俺に掴み掛かろうと手を伸ばした。

 この巻き戻しが成功すれば、魔王の魔力は意思を持つ所からやり直しになる。

 絶対に阻止しようとしてくる。そんなことは読めていた。

 しかも、次元の裂け目が鳴らす騒音と、魔法陣が放つ眩しさに、目を覚まさない人はいないと思っていた。

 だから……







「賢者、頼む」





「……仕方ないかしら」


 ビュンッ


 勇者の頭を、光線が貫く。




「…………………………な、に?」



 勇者の身体は崩れ落ちる。

 バタリと床にうつ伏せ、こめかみから血を流してく。

 だがその姿も、眩しい光に飲み込まれていった。


 俺は、視界が真っ白に包まれた世界で、いるはずの彼女に声を掛ける。




「俺は……絶対に諦めないッ!!だから、楽しみにしてろ!!」



「……覚えておこうかしら」



 遠くから聞こえた声に微笑み、俺は床から手を離す。

 魔法陣は起動を始める。歪み出す部屋、空気が逆流する感覚。

 賢者は何度味わったのだろうか。





 世界は今、白く塗り替えられた。







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