第七話

「保乃、中に5人いるからね」


 もう止めても無駄だと思ったのだろう、華鈴さんのそんな声が聞こえてきた。私は勢いよくドアを開ける、、。


「あなた達、動物の命をなんだと思っているのよ!」

「こんなことして許されると思っているの?」


 いきなり飛び込んできて怒り任せに言った私に、怪訝そうな目を向けると苛立った様子で立ち上がる。中には間違いなく5人いた。奥の黒くて重厚な役員用デスクに一人、手前にオフィスデスクが4つ並びそこに一人ずついる。


 そこでノートパソコンやタブレットをいじっていたりしていたようだ。中年男はコイツ今日来た奴でと周りに言った後、お前何ふざけたことしてんだよと威圧し詰め寄ってきたので手首を取って捻り倒した。


 背中を床に叩きつけられ苦痛で顔を歪ませる。もう一人がこちらに近づこうとしてきたので、私も対抗しようとして一歩前に出ようとしたら足を掬われた。

 バランスを崩し倒れるとそこへ椅子が振り下ろされた。間一髪これを交わすと椅子を持った男と睨み合う。中年男は背中を摩りながら立ち上がるとこちらへ汚い言葉を吐いてきた。


 そこへ再び椅子が振り下ろされる。私は横に身を逸らすと中年男が私を羽交い締めにしてきた。それを見た一人が木刀を取り出し、少し躾が必要みたいだなと言って振り上げた。

 私は飛び上がり中年男に蹴りを入れ弾き飛ばす。そこへ木刀が振り下ろされてきた。バックステップをして木刀をすんでのところで交わすと、後ろから右フックが飛んできて私は弾き飛ばされてしまった。


 すぐに体勢を整え睨み付け牽制しながら立ち上がる。私は中年男、椅子男、木刀男に取り囲まれてしまった。流石に男5人相手では分が悪いかと思った時、天衣が飛び込んできた。

 男達は天衣の登場に驚きの表情を向けたが、華奢な女性と分かると何だお前、今立て込んでんだ、あっち行けと軽くあしらった。天衣の素性を知っていたなら対応が変わっていたのだろうが、馬鹿な奴らだ。お前等の命運を祈るよ。


 天衣は中年男に近づくと腹部に膝蹴りを入れる。私はあれで意識を失いかけた。あの時は防護服を着ていたから衝撃がいくらか緩和できたが、まともに喰らった中年男はそのままぐったりと床に伏せ動かなくなり、口から大量の血が流れ出してきた。


 それを見た木刀男が木刀を振り上げようとするが、木刀が上がり切る前に回し蹴りが繰り出され、踵が顎を捉え鈍い音が響き渡る。男は吹き飛び壁に叩きつけられ跳ね返り、床に突っ伏しそのまま動かなくなった。


 貴様ー、と声上がり椅子が振り下ろされたが、男は顎を突き上げられ、そのままの状態で動かなくなりその後膝から崩れ落ちた。おそらく天衣が椅子男の懐に入り込みアッパーをくらわしたのだろう。


 そのまま流れるような動作で側転すると踵を奥にいた男性の脳天に叩き込んだ。また鈍い衝撃音が広がり男は焦点を失い崩れ落ちる。そして役員用デスク付近にいた男の足払いをし動きを封じると近くにあった木刀を拾い上げる。


 そして一瞬の出来事だった。一歩踏み込んだと思ったら、肩に木刀が打ち下ろされていた。骨が砕ける音が響き渡った。男は腕をダランとぶら下げて激痛にもがき苦しみ床を転げ回る。そこへ髪の毛を掴まれ顔を上げさせると、眉間に膝蹴りを叩き込んだ。男は醜い悲鳴を上げると、意識朦朧の状態となっているようで目の焦点を失ったまま体をピクピクと痙攣させていた。


 天衣としては気絶しない程度に3分くらいの力で膝を叩き込んだのだろう。あの男はこれから天衣の拷問の餌食になるのかと思うと気の毒でしょうがない。


 今、目の前にいる天衣は間違いなく凍り目の悪魔だった。天衣がこの部屋に飛び込んできてから1分も経たない間の出来事だった。一瞬で制圧してしまった。


「ちょっとー、保乃さんまで半径3メートル以内に入ってこないでとか言わないでくださいよー」


 私の引いた視線を感じたのかそう言ってきた。あの細くてしなやかな体のどこにこれほどの瞬発力があるというのだろうか?不思議でしょうがない。

 あの可愛い顔をして飛奈に犬のコスプレ姿にさせられていた人物と同一人物だと誰が思えることだろう。本当に信じられない。そこへ飛奈と梨名が飛び込んできた。


「あーぁ、やっぱりもう終わっちゃってるよ。私の見せ場なし」

「根性ねーなー、もうちょっと粘れよ」


 私が苦笑いを見せるとこの場で何があったのか梨名は想像がついたようで『あれはマジで引くよなー』と言ってきた。


「ちょっとー、また私批判しようと二人で企んでるでしょ」

 私達の気配を察しそう言ってくる


「違うわよ。助かったわ、ありがとう」

「保乃さん怪我してますよ?大丈夫ですか?」


 頬に手を当てるとまだ出血しているようだった。


「うわっ、ちょっと見せてみ」


 梨名がそう言って顔を近づけてきたので、大丈夫よって言ったがバイ菌入ると跡残っちゃうから、と言われ洗面台の方へ連れて行かれた。


「リーダーコイツどうします?飢えている犬の中に放り込みますか?」


「冗談じゃない、た、助けてくれー」

 工場長は命乞いをしてきたが助ける気などサラサラない。


「ワンちゃん達もきっとそんな気持ちだったでしょうね。それを無碍にしてきたんだからその報いは受けてもらいますよ」


「飛奈、でも人間食べた犬を引き取ろうなんて人はきっといないわよ。このまま警察に突き出す方がいいんじゃない?」


「それはそうかもね。でも生かしたまま突き出す気はない」

「どうするの?」


「練炭置いといてこの部屋密閉して一酸化炭素注入しちゃいましょう」


「あとは仲間割れしたとか適当に理由作ってくれるでしょ」


 換気口や窓などを塞ぎ空気の流れを止め、密閉空間を作り出し工場長の手足の骨を砕きそこに放置する。パソコンに意味ありげな文を入力し建物を後にした。

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