第6話:教会と地下への道

 思わぬ先客と鉢合わせることになった。

 その実、先客がいること自体は予言書に記されていたため、予想はできていた。

 少々気になることがいくつか記されていたという点のひとつだ。

 だが、まさかその先客が有角種ホーンドだとは思ってもいなかった。


「ふむ……貴様は何者なのじゃ? こんなところで何をしておるのじゃ?」

「え? あ、はい、私はフェリシアと申します! が……その、よろしいのでしょうか?」

「何のことかえ?」

「あの……仰るとおり、私は有角種ホーンドなのですが……貴女のような方とお話をしても……」


 有角種ホーンドとは、この大陸に住まう種族の一つ。

 太古の昔、闇の眷属との交わりから、大きな魔力を得たとされる種族である。

 その種族の謂れから、多くの国で忌み嫌われ、差別対象とされていることが多い。


「むしろ話をしてもらわんと困るのじゃ」


 レミィにとっては有角種ホーンドであることなどどうでもよいことだ。

 そもそもレミィ自身が普通の人間ではないのだから。

 しかし、長く被差別対象であった相手は、そうは思っていない。


「えっと……その……私のような者が……何からお話しすれば……」


 普段は、発言を許されることなど滅多にない。

 彼女らがまともに話をすることができるのは、自分と同じかそれより身分が下の者。

 事実上、同族以外と会話をすることなど、ほとんど許されていないのだ。


 ──ぬー、これは話が進まん気がするのじゃ。


「フェリ姉!?」

「少年! 勝手に動いちゃだめだ!」


 と、そこに、離れた場所で隠れていた少年が、声をあげながら姿を見せた。

 引き止めようとした騎士もそのまま追いかけてくる。


「やっぱり! フェリ姉だ!」

「貴方は……イチル君!?」


 驚いている割にはゆったりとした返事で応え、駆け寄ってきた少年を抱きとめる。


「どこ行ってたんだよ、フェリ姉! あれから大変だったんだぞ! みんな……」

「ごめん……ごめんね……」


 涙声で訴える少年の頭を、女性は優しく撫でながら宥める。

 どうやら、少年とこの女性……フェリシアとは面識があるようだ。

 だが、今はそれどころではない。


「再会を喜ぶのはあとにするのじゃ。あまり騒ぐと面倒なことになるでのう」


 今は、囚われの孤児たちを救出するための作戦行動中である。

 まだ目的の場所まで辿り着いてもいないのだ。

 今の騒ぎで、邪教徒の連中に気づかれた可能性もある。

 レミィは再び人差し指を口に当てて、静かにするよう皆にサインを送った。

 しばしの沈黙。

 幸いにして、周辺でこれといった動きはまだ無いように思えた。


「うむ……大丈夫みたいなのじゃ。ただ、話すなら小声で頼むのじゃ」

「どうしてフェリ姉、急に出て行ったんだよ? 今どこに居んの? 何してんの?」


 少年は捲し立てるようにフェリシアに言葉を浴びせかける。

 聞きたいことを聞いてもらえたので黙ってはいたが、もう少し声は小さくして欲しい。


「この教会の持ち主だという方がお越しになって……出ていくように言われちゃってね……」

「ぬ? 貴様は教会の者ではないのかえ?」

「はい……場所をお借りしていただけで、一応シスターっぽい服を着てはいましたが、私はどこの教会にも属していません」

「ふむ……今もシスターっぽい服なのじゃ」

「あ……これはその、他に服がありませんで……裸というわけにもいかず……」


 顔を赤らめ、フェリシアは恥ずかしそうに弁明する。

 いつの間にか、レミィとも話せるようになってきた。


「それで、ここには孤児の子たちがいるからと、お話はしたのですが……その孤児院の業務も全て受け継ぐと仰っておられましたので……」

「全然だよ! フェリ姉がいなくなってから、俺たち地下に閉じ込められてたんだぜ!」

「うん、そっか……それでお手紙にも返事が来なかったんだね」


 話を聞く限り、どうやらこの教会はもともと廃墟同然の場所だったようだ。

 そこを借りる形で、このフェリシアが孤児院として活用し運営を担っていた。

 何を収入としてどのように回していたかまではわからないが……。

 そこに此度、邪教徒の連中が現れ、教会の所有者であると主張。

 フェリシアを追い出し、孤児たちから遠ざけてしまった。

 その後、東の村で別の労働に従事していたが、孤児たちのことは気になっていた。

 そこで、突然姿を消してしまったことへの謝罪も含め、教会宛に手紙を出した。

 ところが、待てど暮らせど返事が来ない。

 ならばと直接教会まで様子を見に来たところ、教会には全く人の気配がなかった。


「で、様子を窺っていたところ、わらわたちと鉢合わせたといったところかのう?」

「はい……もっと早く着けると思ったのですが、夕刻になってしまいまして……」


 東の村からこの教会まで、徒歩で移動するような距離ではない。

 見たところ、フェリシアは大した旅の支度も持っているようには見えなかった。

 この軽装備で、ましてや一人で来たというのなら、なかなかの根性の持ち主だ。


「ところで、貴女方は……いったい?」


 ここでようやく、フェリシアがレミィたちの身元を確認する。

 なし崩し的に話をしていたが、まだ正体を明かしてはいない。

 いや、レミィの軍服にも、騎士の胸元にも帝国の徽章が記されてはいるのだが……。


「まぁ知らんでも仕方ないのじゃ……わらわたちは帝都から来た調査団なのじゃ」


 ここで身分を明かして、変に萎縮されたり騒がれたりしても困る。

 レミィは、あくまでも今回は調査団という体で接することに決めていた。


「邪教徒の連中が、なにやら悪さをしておると聞いてのう。それを調べにきたのじゃ」

「みんなを助けてくれるんだって! 他に騎士様もいっぱいいるんだぜ」

わらわの名はレミィなのじゃ」

「レミィ……様……」

「うむ、もう心配はいらんのじゃ。わらわが、全員無事に助け出すでのう」


 レミィは満面の笑みを浮かべつつ、呆然としているフェリシアに手を差し出す。

 へたりこんでいたフェリシアは、おずおずとその手を取った。





「殿下……いや、お嬢様、本当に4人一緒でよかったんですか?」


 護衛の騎士は、不安げにレミィに問いかける。

 レミィたちは教会の裏手、邪教徒の隠れ家らしき場所に堂々と正面から向かっていた。

 少年はもちろん、先ほど出会ったフェリシアも同行させたままに。


「今一番の安全地帯は、どこだと思っておるのかえ?」

「それは……」

わらわの傍なのじゃ」


 レミィは自分から投げかけた問いに、自信満々に答える。

 その強さを目の当たりにしている騎士にとっては納得の回答だった。

 だが、少年とフェリシアにとっては、信じ難い言葉だ。

 こんな少女の傍が一番の安全地帯と言われても実感が湧かない。


「おまえ、本当にそんな強いのか?」

「少年! お嬢様に向かってその口の聞き方はないだろ!」

「良い良い。それより声が大きいのじゃ」


 襲いかかってきた時の記憶がない少年からすれば、素直な感想だろう。

 レミィは、過剰に反応する騎士を宥めつつ、意にも介さぬといった様子で聞き流す。


「だって、こんな小さいじゃん……女だし……」


 実際、一般的な12歳の少女に比べてレミィの体はかなり小さい方だ。

 常識的に考えれば、武装した成人男性の方が頼りになるという認識に間違いはない。


「ふむ……まぁそのうちわかるのじゃ」


 だが実際に見せた方が早いだろうとばかりに、レミィは面倒な説明を省略する。

 この時点ではまだ、少年も信じきれていないといった様子だった。

 周囲を警戒しつつ、4人は歩を進める。

 教会の建物をかわし、裏まで来ると、そこには石造りの祠らしきものが建っていた。


「なにやら建物があるのじゃ」

「うん! あの中に、地下への入り口があるんだ」


 少年曰く、この祠の下に、地下の空間が広がっているらしい。

 孤児たちはそこに囚われているという。


「連中の数は間違いないのかえ?」

「うん。全部で5人。お椀被ったみたいなおっさんが一番偉そうだった」

「うむ、では行くのじゃ」


 少年の言葉を聞いてすぐ、祠の中にある地下へと続く道へと騎士たちを促す。

 隠し通路でも何でもない、素直な地下への階段だ。

 だが、レミィ自身は降りて行くようなそぶりを見せない。


「あの……お嬢様は……」

「ぬ? わらわは最後に入るのじゃ」


 普段のレミィなら率先して行きそうなものだが、ここで妙に慎重な態度を見せる。

 そこに若干の違和感を抱きつつも、騎士は素直に従い地下へと進んでいった。

 少年とフェリシアもそれに続く。

 鎧の軋む音と騒がしい声が鳴り響き、隠密行動などとは言えたものではない。

 そんな先行組が祠の中に入りきったのを確認すると、レミィもようやく動きを見せる。

 周辺を見まわし、少し不敵な笑みを浮かべると、そのまま地下へと歩みを進めた。

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