第11話 最初の探索へ
魔法試験のトーナメント戦優勝から一週間が経った頃、ムラっけのあるスキルトの低出力がようやく安定してきた。そしてバートランドも他の色の魔法を継ぎ目なく発動することに成功した。
これで魔法学園側から提示されていた課題を全員クリアしたことになる。
今はそれを教師陣の前で披露しているところである。
赤の導師がスキルトの出来栄えを見て満足そうな表情を浮かべている。
「スキルト、お主はようやく安定してきおったな。すぐに上を見続けていて足元が疎かになっておったからの。あの課題はそれを再確認してもらうためのものだったのじゃ」
スキルトは気をよくしたのか、まだ特訓中の「魔法の同時発動からの切り替え」を赤の導師の前で試した。左手で〈たいまつ〉を灯しながら、右手で〈火の壁〉を作りそれを〈火の矢〉に切り替えて放ってみせる。
「ほうほう、これは思わぬ収穫じゃな。まだ完全に同時ではないものの、ここまでできれば相手を警戒させるにはじゅうぶんじゃろうて」
その言葉に得意がるスキルトだったが、赤の導師は今彼女が試したことを事もなげに実施してみせた。
「えっ? 老師もできるんだ! せっかく出し抜けたと思ったのにい!」
「ほっほっほっ。魔法を極めるというのはこういうことじゃよ。お主らも極める道を歩み始めたばかり。これからの努力次第で、いずれ高みまで到達できよう。それが“虹の勇者”とその従者に求められていることじゃからな」
赤の導師はやはり明確な意図を持って課題を与えたのだろう。それを一週間で習得してみせたのは、彼の予想を上回るものだったのだろうか。
「白の導師よ。彼らに手頃な遺跡の探索を任せてみてはどうじゃろうか。もうそれだけの実力は身についておろう」
魔法学園の導師にも序列があり、青、赤、緑、白の四色のうち、神殿で神官長も務める白の導師が筆頭である。その下に青、赤、緑が配されている。これは白が神の声を聞けるためとも言われている。
そういえばクラウフォーゼも“聖女”として神の声を聞いたことがあると語っていた。本来、青、赤、緑は同列なのだが、最年長の赤の導師が仕切り役、皇族でもある緑の導師が参謀役を買って出ている。
「うむ。赤の導師の課題を見事に達成した腕前を見込んで、ひとつ遺跡を紹介しよう。といっても、すでに先遣隊が踏破した遺跡ではあるのだ。現れる敵も数こそ多いもののそれほど強くはなく、最初の冒険としてうってつけだ。マジックアイテムはすべて回収していると報告を受けておるが、見逃されているものがないともかぎらない。隅々まで探してみる練習としても申し分なかろう」
「まあ案内役をつけるからその者からトラップの回避方法や処理を習うとよかろう。実地で憶えてもらったほうが身になるしの。明日にでも探索に出かける支度を整えるのじゃな」
「具体的になにを揃えたらよいのでしょうか?」
学園外での遺跡探索は初めてなので、どれほどの装備が必要になるのか、一同はピンとこない。
「まずは身だしなみ。枝草を掻き分けて先へ進むために、着心地は悪いだろうが麻の服は用意しておきなさい。いつもの服の上から着込んでもかまわないだろう。それと学園支給の鎧兜だけでなく、物理的な盾と弓矢も欲しいところだ。とくに矢はいくらあっても困らんからな。持てるだけ買っておきなさい」
学園長が淡々とした様子だ。
矢を持てるだけって、そんなに危険度が高いのだろうか。
バートランドは少し不安げな表情を浮かべている。
「なに、今回は魔物の数こそ多いものの、それほど強くはない。それなら遠距離から矢を射かけて仕留めるのが手っ取り早いだけだ。いくら強くなろうとも、慢心して近接戦闘ばかり行なっていたら、命がいくつあっても足りんからな」
ラナが手を挙げて発言の許可を求めた。
「“虹の勇者”であれば、あまりコソコソと動かないほうが世間の目を惹かないと思いますが。もしバートランドが真に“虹の勇者”と皆様から認められていないのであれば、そういった戦い方もわからないではないのですが」
言いたいことを言っているようだが、的を射た意見でもある。
“虹の勇者”が世界を救うのであれば、コソコソと逃げ隠れするより、正面から堂々と戦ってみせなければ人々の支持は得られないのではないか。
「バートランドが“虹の勇者”だとまだ決まったわけではない。“虹の魔法”持ちがすべて“虹の勇者”だった記録もないのだ。単に複数の属性を扱えるだけで終わった者も過去にはいたと聞く。だからバートランドは見極めができるまでは大々的に“虹の勇者”と世間に知られないほうがよい」
青の導師が答えた。
彼が“虹の勇者”だと決まったわけではない。
導師たちに言われてしまうとぐうの音も出ないが、赤の導師ははっきりと“虹の勇者”とバートランドを呼んでいた。ということは認めない導師もいる、ということだろうか。
この状況でクラウフォーゼが発言の許可を求めた。
「わたくしは神のお告げを受けております。バートランド様は間違いなく“虹の勇者”であると。それにふさわしい待遇と支援をお願い致します」
クラウフォーゼの上司で導師筆頭の神官長が答えた。
「いかに神託があろうとも、この世界を司っているのはあくまでも人間だ。クラウフォーゼがどう思おうと、私たちの方針はすでに定まっている」
「それでは、わたくしは“虹の勇者”の従者ではない、とおっしゃるのでしょうか?」
神官長は苦々しげに顔をしかめた。
「そなたはバートランドが“虹の勇者”となるべく彼のそばに置いているのだ。それはラナ様もタリッサ、スキルトも同様だ」
「同様、とは?」
「バートランドくんが真に“虹の勇者”として覚醒するには、彼の能力を引き出す触媒が必要なのだ。だから青、赤、緑、白の中でも最も優れた者をメンバーに加えたのだ。今はまだ“虹の勇者”の域には達していない。だが、四人がそばにいるのが重要である。理由について、今は答えられないがな」
学園長のこの発言にタリッサが食ってかかった。
「私たち、皆から『ただのハーレムだ』って言われ続けているんですよ! なぜバートランドに仕える者がすべて女性なのですか? 私、納得のいく説明を今まで聞いたことがありませんけど!」
白の導師は淡々としたものだった。
「“虹の勇者”の従者はすべて女性と決まっておるのだ。そうでなければ触媒にならんからな。まあ詳しい話は今回の探索を終えてからでも遅くはあるまい。すぐに寮へ戻って明日の買い出しと出立の準備をしておくのだな」
突き放すような物言いだった。
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