第26話 六週目④
猫は、わかってないわね、この子と言った面持ちで私を見る。
――人間とはそういうものなのです。あなたにだって、No2はいるんですよ。まあ、No2ではなくその2でもいいですけど。あなたにも、経験はありませんか? 追い詰められたとき、とっさに『こうしたらいいんだ!』と解決法がひらめいたことはないですか? そういうときには大抵、その2の声が聞こえているのです。
「だったら、いつもその2が私にどうしたらいいか教えてくれたらいいじゃないですか。そしたら、間違うことなんてなくて、無駄なことする必要ないじゃないですか」
――あなたは、なにもわかっていませんね。
猫はこれ見よがしにため息をつく。
――なにが無駄だったかなんて、すべてが終わってみるまでわからないじゃないですか。数学の問題の解き方だって色々なバリエーションがあるのに、人生に一つの攻略方法しかないだなんて、それはあまりに貧しいとは思いませんか。
でも、人間は、そう考えてしまうものなのですね。お坊ちゃまも、いつも自分の下した決断は間違っていたのではないかと悩んでおられました。それは、反省することも大事かとは思いますけど、そうしている間にも時間はどんどん過ぎていきます。猫にだってわかるのに、なぜ人間であるお坊ちゃまはそのことに気づかれないのか……。
少ししゃべりすぎました。今日はもう無理そうです。申し訳ないですが、もう一つの質問は折を見て来週にでもお願いします。それでは、またあの場所でお会いしましょう。
猫は一方的にそう言うと、手も振らずにすーっと消えていった。
高田朔実
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猫の夢㉕
2
高田朔実
高田朔実
2022年12月18日 07:17
猫は、わかってないわね、この子と言った面持ちで私を見る。
――人間とはそういうものなのです。あなたにだって、No2はいるんですよ。まあ、No2ではなくその2でもいいですけど。あなたにも、経験はありませんか? 追い詰められたとき、とっさに『こうしたらいいんだ!』と解決法がひらめいたことはないですか? そういうときには大抵、その2の声が聞こえているのです。
「だったら、いつもその2が私にどうしたらいいか教えてくれたらいいじゃないですか。そしたら、間違うことなんてなくて、無駄なことする必要ないじゃないですか」
――あなたは、なにもわかっていませんね。
猫はこれ見よがしにため息をつく。
――なにが無駄だったかなんて、すべてが終わってみるまでわからないじゃないですか。数学の問題の解き方だって色々なバリエーションがあるのに、人生に一つの攻略方法しかないだなんて、それはあまりに貧しいとは思いませんか。
でも、人間は、そう考えてしまうものなのですね。お坊ちゃまも、いつも自分の下した決断は間違っていたのではないかと悩んでおられました。それは、反省することも大事かとは思いますけど、そうしている間にも時間はどんどん過ぎていきます。猫にだってわかるのに、なぜ人間であるお坊ちゃまはそのことに気づかれないのか……。
少ししゃべりすぎました。今日はもう無理そうです。申し訳ないですが、もう一つの質問は折を見て来週にでもお願いします。それでは、またあの場所でお会いしましょう。
猫は一方的にそう言うと、手も振らずにすーっと消えていった。
金曜日は、朝からぐったりしていた。昨夜さらに難しい話をされたせいだろうか。
しかし、以前猫は「No2の正体は自分も知らない」と言っていたはずだが、やはりそれはうそだったようだ。なぜ今までそのことを隠していたのか。単なる気分屋ですませていいことなのか。私のことを信用していなかったので情報を小出しにしていたのかもしれないが、こんなことでは、信頼関係なんて築けたものではない。
その日の夜は緊張してなかなか眠れなかったけど、やがてあの場所へとたどり着く。
「浮かない顔をされてますね。私と会えるのがあと二回しかないのが、そんなに寂しいんですか?」
そういえば、こやつはこやつで猫を信用するなと言っていた。誰の言うことをどう信じたらいいのか、わからなくなってくる。
「もう私、なにを信じていいのかわかんないかも」
「正直な人ですね、敵に向かってそんなこと言うなんて」
「ああ、あんた敵だったんだっけ?」
No2はうっすらと笑みを浮かべた。
「あのさ、前に『人は自分の見たいものしか見ない、知りたいことしか知ろうとしない』とか言ってたよね?」
No2は、遠くでさっと飛び立った小鳥に目をやる。わざと聞こえないふりでもしているかのようだ。段々と腹が立ってくる。
「あんたに私のなにがわかるのよ?」
「どうしたんですか? 怒り出しちゃって。わかりませんよ、わかるわけないです、所詮他人ですから。あなたこそ、彼のなにがわかるというのですか。ほら、なにも答えられない」
町田君も、普段余計なことは言わないけれども、心の中ではちくいちこんなこと考えているのだろうか。
「町田君は、なんでこんなかくれんぼみたいなことしようと思ったの?」
No2は微笑んだままなにも言わない。
「タミさんが、あんたは彼の一部なんだって言ってたけど、そうなの?」
「私も前から言ってますよ、私は彼の一部だって。私が言っても信じなかったのに、タミが言うと信じるんですね。タミはすっかり猫に返ってどっかへ行ってしまったというのに」
「それは、あんたがマタタビとか、ネズミとかで操ってるんでしょう?」
「タミだってその方が幸せですよ。可哀想に、ネズミやマタタビと戯れてゆっくりしたいだろうに、こんな面倒なことに巻き込まれて」
そういえば、猫は夢の中でも、もはや遊び回る元気がないのだった。
「あなたはどう思っているんですか。それに対してのコメントならしますけど」
「あの台本はなんなのよ? あんたが書いたの? なんのために?」
「なんのためにって、セリフを間違えないようにするためですよ」
そんなことを訊きたいわけではない。あくまでもごまかすつもりなのか。
「そういえば、タミは私のことを何と言っているのですか?」
「町田君にアドバイスする人だって、言ってた」
「まあ、間違いではないですけど。それにつけ加えるとね、この場所では私のほうが上なんですよ。しかし、起きているときは逆に、彼の方が優位なんです。いくら私が有能でも、私は彼のしていることを、指をくわえて見ているしかないんです。『ちょっとそれはないだろう』と言ったところで、彼が気づくかどうかはわからない。
彼が、私の言うことに耳を傾けようと思っていれば、私の声を聞いてくれることもある。虫の知らせのようにね。でも、そんなことは滅多にありません。そう、最近では皆無と言ってもいいくらいでした。
しかし、ここでは我々は自由に意見を交換できる。起きたときに、彼がそのことを覚えているとは限りませんが。うーん、覚えていない方が多いな。正直言って、九割……いや、それ以上忘れられてますね。
我々は対等な立場……? うーん、でもやっぱり私の方が弱いかな。彼に頼まれると嫌とは言えないからなあ、ほら、馬鹿な子ほど可愛いって言いますもんね」
「あんたって、やたらと皮肉な言い方するよね」
「だって彼は、こう言っちゃなんですが、絵に描いたような馬鹿ですよ。勝手にあんなこと始めて、誰も見つけてくれなかったらどうするのか……、あっ」
No2はしまったとばかりに口元を押えるが、いかにも私に見せつけているようだ。
「見つけてもらえなかったら、どうなるのよ?」
「まあ、それなりに気まずいだろうから、自分からは出てこれないでしょうね」
「出てこれなかったらどうなるの?」
「さあ?」
「あんただって、笑ってる場合?」
「だから言ったでしょう、私の方が立場が弱いって。最終決定ができるのはいつも彼。私はただ黙って指をくわえて見てるしかないんですってば。これを機に、立場が逆転するなんてことがあったらいいけど、まあ期待できそうにないですね」
「もし町田君が隠れてて出て来ないんだとすると、昼間の彼はなんなのよ。あの同窓会の幹事会で私がいつも会ってる町田君は、何者なの?」
「何者だなんて、そんな曲者みたいな言い方よして欲しいですね。
あれは、私です。仕方がないので、最近は私が表に出ているのです。休日出勤みたいなものですよ。おかげでほとんど休めてないから、私だって疲れ切ってるんです」
「昼間のあなたは、私とこうして夢で会っていることを知りながら、知らないふりしてほくそ笑んでるの?」
「その辺は説明が難しいのですが、私も彼として現実の世界で振る舞う際には、ここでの記憶は一時的に失ってしまうんです。
イメージとしては、パソコンで作業するときに、メモリーカードからファイルを取り出して作業しているとして――、起きているときには、そのカードとの接続が著しく悪くなっているのです。読み取れないか、もしくは非常に読み取りにくくなっている。
昼間の私は、彼が戻って来たときに日常生活に支障を来さないよう、淡々と日々の生活を送っているだけなんです。以前にも増して、几帳面で真面目な町田君になっていますよ」
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