第44話 クリア報酬

 気がつくと白い空間にいた。

 この世界に来る前に来た、あの場所だとすぐにわかった。


「まさか本当にクリアするとはのう」


 声のする方向を振り向くと、そこにはのじゃロリが立っていた。

 ゲームでもやっていたのか、のじゃロリのすぐ側にはテレビとPS5が置いてある。


 テレビ画面には『ゲームクリア』の文字が書かれていた。


「遂に……クリアしたんだ」


 長かった一日が終わった。その実感が湧くにつれ、嬉しさも込み上げて来る。


「ようクリアしたものじゃな。どうじゃ、楽しかったじゃろ?」


 その言葉に、感動も冷めやらぬ間に不満が湧き上がる。


「いやこれ、めっちゃクソゲーじゃん!」

「何おう! このゲームの素晴らしさがわからんと言うのか!」

「いや、ゲームもだけど、コンティニュースキルがマジでクソ仕様なんだけど」


 のじゃロリが与えたスキルの使い勝手が悪過ぎて、何度文句を言いたくなったことか。その不満が徐々に爆発していく。


 気づけば大人気ない言葉で、互いに罵り合っていた。

 ある程度不満を言い終えた後、俺はクリア報酬について尋ねた。


「とりあえずクリア報酬のことなんだけど……」

「ああ……アレか、アレは嘘じゃ」

「……は?」


 俺はそもそも、ぷよ〇よの世界に行くのはやめたいという話をしようと思っていた。しかし、のじゃロリから言い放たれたのは予想外の言葉だった。


「嘘って……は? いや……神様が嘘なんてつくはず……」

「わしは一言も自分を神と名乗った覚えはないぞ、お主が勝手に勘違いしただけじゃ」

「いや、だって……否定もしなかったじゃん……」


 いや、そんな事はもはやどうでもいい。目の前にいるのが神ではなかったら、一体誰だと言うのか。嫌な焦燥感に襲われる。


「じゃあお前は……誰なんだよ」

「ブハハ、今頃か。わしの名は『バグ』、このゲームに住み着いた異世界人じゃな」


 そいつは自らを異世界人と名乗った。


(嘘だろ? 本気でそんな事言ってんのか?)


 冗談だと思った。いや、しかし俺もこのゲームの世界では異世界人みたいなものだ。つまりはそう言う事なのだろうか。


「異世界人って……つまりは俺と同じ、地球人ってこと?」

「いいや、異世界から地球に来たのじゃ。どうやって地球に流れ着いたかは、わしにも覚えとらんがな」


 異世界人なんかいる訳ないだろ、そう思ったが既に俺はゲームの中に入るという不思議な体験をしている。

 あながち嘘ではなく、正真正銘の異世界人なのかもしれない。


「だからそうじゃと言っておるじゃろ」


 心の声を読んで、即座に突っ込みを入れてくるバグと名乗る歳下っぽい見た目の女の子。


「でも……いや、そんな事は今はどうでもいい! このゲームの中に菜々衣お姉さんがいたんだ! 何とか助け出してよ!」


 俺はクリアした報酬として、お姉さんを救い出したいと考えていた。

 このゲームの中に閉じ込められているお姉さんを助けてもらいたかった。


「ああ、あの女か。あの女もかなり進めてくれたな。お主と同じくこの世界に引きずり込んで正解じゃったわ、おかげでバッドエンドの達成率が上がったぞ」

「……は!? お前がお姉さんを引きずり込んだ?」


 それに……俺も?

 俺はふと、自分が死んだ時の事を思い出す。


(そう言えば何で俺はこのゲームの中にいるんだろう?)


 こんなゲームなんか持っていなかった。じゃあ誰が俺をこの世界に連れて来たというのか。それもこれも、こいつが仕組んだことなんじゃ……。


「お主、今頃気づきおったのか! 死ぬように誘導されたとも知らずに……ブハハ!!」

「お前が……お前の所為だったのか!!」


 俺やお姉さんはこいつに殺されたんだ。

 更に他の勇者までもがこいつによって命を奪われた事になる。


 悪気もなくケラケラと笑うバグを見て、俺は頭に血が上ってしまった。


「いいから早くお姉さんを助け出せ! 俺のクリア報酬はお姉さんを救い出す事だ! 早くしろ!」


 思わずバグの胸ぐらに掴みかかる。

 その瞬間、先程まで笑っていたバグが悪意に満ちた表情で俺の首を鷲掴みにした。

 その手は幼い子供の姿とは思えない力で、振り解こうとしても全く振り解けない。気づけばバグの体が虹色の魔力に覆われていた。


「あまり図に乗るなよ、クソガキ風情が。そうか、助け出したいか。ならもう一度プレイさせてやる」

「ぐっ……ふざけるな! 何がもう一度だ!」

「喜べ、次はEXTRA HARDエクストラハードモードじゃ。お主もゲーマーの端くれなら、二週目も当然やるじゃろ?」


 俺を画面の前まで引きずって行くと、抵抗も虚しく中へと押し込められていく。


「次はコンティニューの度に主要キャラ全員の記憶も引き継がれる。あと、そうじゃな、お前がステラと呼ぶあの女の性格をもっとバグらせといてやる。前回のバグらせ方ではちと足りんかったようだしな。精々捕まらんようにするのじゃな」


 バグが悪びれる様子もなく、そんな事を言い放った。

 そんなまさか、ステラにまで……。

 ステラの抑えることの出来ない嫉妬深い性格は、コイツの悪意によってもたらされたものだった。


「ふざけるな!! ステラは本当に悩んでいたんだ! 自分の抑えきれない衝動にいつも振り回されて、それが嫌で、でも抗う事も出来なくて辛いと泣いていたんだぞ!」


 以前、ステラと唯一円満に過ごせた時に、チラッと弱音を吐いていたのを覚えている。それもこれも、全てこいつの仕業だったんだ。


「お前が……お前が何もかもの元凶だったんだっ!!!」


 お姉さんも……ステラも……。


 なのに、例えそれに気づけても、何もできない事が悔しくて溜まらなかった。

 俺は何て無力なんだ。


「もっとわしを楽しませろ。新しいバッドエンドを見せてくれることを期待しているぞ」


 バグが悪意に満ちた笑みを浮かべると、俺は再び淫獄クエストの世界へと送り込まれた。


「クソオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!!」


 淫獄クエスト、EXTRA HARDモードが始まった。



※ ※ ※



「ブハハハハハ!!!! もはや原型など留めておらんではないか! ブワーッハハハハ!!!!」


 バグが見つめる淫獄クエストのプレイ画面、そこにはもはや人でないものが写しだされていた。


『プレイ時間:99999999999999999999999999999』999999999999……


 画面のテキストボックスの中には、バグったように端から端まで数字が並び、もはや画面から見切れても尚、数字の羅列は続いていた。


 そこは俺が実際に過ごしたプレイ時間が表示される場所であり、もはや何年が経過したかも分からない状態だった。


 EXTRA HARDモードでは、コンティニューの度に記憶を引き継いだ主要キャラ達が、戦略を変えてやってくる。


 前回では味方だったキャラが敵に回ることもあれば、敵だったキャラが味方に回ることもあった。


 俺が魔王になり自ら命を断とうとしてると知ったクーコは、俺が勇者として召喚された直後に、死なせたくないという名目のもと両手足をぶった斬ろうとしてきた。


 それをステラがすんでの所で止めたと思えば、すぐに監禁される。

 今回のステラは話も出来ない飢えた野獣のような性格をしていた。


 更にはそれに加え、前回では出会わなかったキャラもわらわらと登場した。

 そんな人生を何十万回コンティニューしたことか。


 しかし、何度コンティニューしようとも、毎回一つだけ共通していることがある。

 それは、簡単には死なせてはくれないという事だった。


 若返り、不老薬、モンスター化による長寿化。毎回毎回、あらゆる手段を用いて俺を生かし続けてくる。

 本当に酷い世界だった。


 そして今、俺は何十万回目かの死を迎えた。

 世界は既に崩壊し、主要キャラも全員が死に絶えた。それでも俺は何の為に生き続けているのかも分からない生物として、意識もないまま果てしない時をひとり過ごした……そして、ようやく死んだ。


「いやー今回も良い死に様じゃったな、しかし、ちと飽きてきたし、新しい勇者でも探そうかの」


 バグが満たされた表情で背伸びをする。

 その時、モニターが光り輝く。


『魔王が討伐されました。ゲームクリアです』


 画面にはゲームクリアの文字が映し出される。

 バグが驚いてモニターに近づくと、その瞬間、モニターから手が伸び、バグの首を鷲掴みにした。

 

「ぐっ……貴様。そうか、今回は貴様が世界最後の生き残りだったな……」

「ああ、やっとだ……俺はこの時をずっと待っていた。お前とまた会えるこの時を!」


 攻略キャラ達の間では、俺を魔王にさせてはいけない。魔王になりそうな時だけ死なせてもいい。それが暗黙の了解となっていた。


 しかし、俺は誰よりも最後に死ぬよう誘導し続けた。主要キャラ達の世代も次々と変わり、そんな暗黙の了解すらも風化した頃にその機会は訪れる。

 長い年月を経て、ようやくこの空間に舞い戻ってくる事が出来た。


「無駄な足掻きを……わしが何度でもゲームの中に叩き落としてやるわ!」 


 バグが虹色の魔力を纏い、俺の手を振り解こうとする。しかし、俺の手は振り解けない。俺が魔力を発動すると、全身が虹色の魔力に覆われた。


「何故……貴様が虹色に……いい加減この手を離さんかクソガキが!!」

「クソガキ? 面白いことを言うな……」

「何じゃと!?」

「……俺は何万年という時間を実際に過ごしてきたんだ。お前みたいにただテキストで表示される年数じゃなく、実際の年数をだ! お前こそ、あまり図に乗るなよクソガキが!」


 プレイ時間によって魔力が増えるこの世界。それに今回はコンティニューじゃない、クリアして戻ってきている。

 もはや俺よりも強い魔力を持つ者など存在しなかった。


「離せ……離すのじゃ!」

「奈々衣お姉さんを現実世界に戻せ、いや、この世界に連れてきた全員をだ!」


 もしそれが出来ないというなら、俺はバグを殺すのみだ。

 俺の心が読めているなら、これが脅しではない事は伝わっている筈だ。


「わ……分かった! もう元に戻した! じゃがお主だけは無理じゃ! ここに連れてきた時点で既に死んでおる!」


 俺はバグを強引に引き寄せる。


「な、何をする!」


 俺は悪意に満ちた笑顔をバグへ向けた。


「お前も来い!」

「こら、離せ! 止めるのじゃ!!」


 もはやバグがどんなに抵抗しようと意味はない。

 俺はそのままバグを連れて、再びゲームの世界へと戻って行った。

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