第39話 決意

「クソッ!! もう一匹、親玉がいたってのか!! 短剣を寄越せ!」


 ネトリィが魔力操作で俺の手から強引に短剣を奪うと、再び黒いスライム目掛け短剣を放つ。


 黒いスライムもそれに反応し、体の一部を触手のように伸ばし振り払おうとする。

 短剣は素早く軌道を変え、細い隙間を掻い潜るようにスライムの胴体へと突き刺ささった。


「無理だネトリィ! あの短剣はもう強い力を失っている!」


 短剣をぺぺから引き抜いた際、すでに黒い輝きは失われていた。

 一撃必殺であると同時に、一度しか発動しない武器のようだった。


 その時、しなる鞭のように変形した黒いスライムの触手がネトリィを攻撃する。

 

「あ、あり得……ねぇ」


 ゴーストの体に物理攻撃は効かない筈なのに、ネトリィの体は分断され消えていく。それと同時に結界も完全に崩壊した。朽ちた集落は消え、元の森へと景色が戻る。


 クーコもすかさず黒いスライム本体に斬りかかる。刀身がスライムにめり込んだ瞬間、剣の方が粉々に砕け散った。


「グッ……アアアアアッ!!!!」


 剣と一緒に、クーコの体が黒いスライムに飲み込まれていく。悲鳴はすぐに聞こえなくなった。


「クーコ……そんな……イヤダアアアッ!!!!」


 無駄だと分かっている。それでも駆け出さずにはいられなかった。

 まだ見えるクーコの一部を必死に掴むが、黒いスライムは次に俺を飲み込もうと覆い被さってくる。


(……終わった)


 そう思った瞬間、視界全体に黒い炎が現れる。炎は瞬く間に黒いスライム全体を覆い尽くす。


「ギャギギギギギギッ!!!!」


(何だ……あの黒い炎は……)


 禍々しく燃え盛る黒い炎。

 俺はてっきり、これもスライムの攻撃なのだと思っていた。しかし、黒いスライムは甲高い悲鳴を上げると、藻掻くように後退していく。

 スライムの表面はボコボコと音を立て、沸騰しているかのようだった。


 再び、触手が何本も飛び出すが、先程とは違い統率が取れていない。しかし、闇雲に伸びた一本が、俺目掛けて高速で伸びてきた。


 避けきれない。いや、そもそも動きを目で追う事すら難しかった。


 ネトリィが攻撃された時も、クーコが捕まった時も、俺に覆い被さろうとした時も、その全てが認識できた時には既に終わっていた。それ程までに強さがかけ離れていた。

 そんな俺が、そもそも避けられる訳がない。


 死を覚悟し、思わず目を瞑る。しかし、攻撃が届く事はなかった。

 目を開けると、目の前には見覚えのある後ろ姿があった。


「……ステラ」


 ステラはスライムの触手を受け止めていた。それどころか、クーコの剣すら容易く砕くスライムの触手を握り潰していた。

 

「危ないですのでお下がり下さい、ご主人様」


 ステラの右手から黒い炎が上がると、掴んだ触手を伝い本体へと燃え広がる。


「ギャギギギギギギッ!!!!」


 黒いスライムが再び絶叫を上げると、動きが鈍くなり少しずつ蒸発しながら跡形もなく消えていった。

 全てを燃やし尽くし終わった後、ステラは笑顔で振り返る。


「お迎えに上がりました、ご主人様。遅くなり申し訳ございません」


 そう言った後、ステラはすぐにキョロキョロと周囲を確認し始めた。


「この声は、一体何でしょうか?」

「こ……声?」


 次から次へと何だというのか。俺にはステラ以外、誰の声も聞こえない。

 俺が何も答えないでいると、自分にしか聞こえていないと悟ったステラが、その内容を口にする。


「私の頭の中に誰かが話しかけているようです。『魔王が討伐されました。魔王の称号が討伐者へと引き継がれます』と言ってるようですが……これは私が魔王になった、という事なのでしょうか?」


 それを聞いた俺は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。


「な……何で……」


 ぺぺやクーコの死だって受け入れられていないのに、何故こうも追い打ちをかけるような事が立て続けに起こるのか。

 ステラは今、魔王が切り替わったと言った。


「あり得ない……そんな理不尽な事ってないよッ!」


 そういう事だったのか。

 ナイナが魔王を討伐したにも関わらず、この世界を彷徨い歩いていた理由が今ようやく理解できた。


 何と皮肉な事か、不死身であるナイナが魔王を倒した事で、新たに不死身の魔王が誕生してしまっていた。


「それよりもご主人様、ようやくお会い出来ましたね」


 しかし、ステラはそんな事などどうでも良いというように、俺との再会を喜んでいた。

 

 次の魔王は、あの黒いスライムさえ圧倒して見せたステラだ。

 ステラが何故、不死身である黒いスライムを殺せたのかは分からない。しかし、そんな事はもはやどうでも良かった。


 考えた所で俺に対処できる術はない。

 また、一からやり直すしかないのだ。

 

 地面に散らばる宝剣の破片から、鋭利なものを一つ選び拾い上げる。

 次の瞬間には、自身の喉をかっ切る為、破片を素早く喉元へと押し当てる。しかし、破片は喉へ触れる事も出来ずに、ステラに抑えられてしまった。

 やはり死ぬ事も許されない。これからまた、長い監禁生活が続くようだ。


「ご主人様!? 一体何をなさるのですかッ!!」

「ただ、死のうとしただけだ……」

「死のうと? 何故……そんな事を!?」

「……何故? 何故かだって!!? そんなの全部……お前の所為じゃないかッ!!」


 ステラさえいなければ、長い監禁生活に苦しめられる事もなかった。

 死のうとした事に困惑しているステラに、俺は半ばヤケクソになって全てをぶちまけた。


 異世界から来た事、俺が勇者で今はステラが魔王だと言う事、魔王を殺さないとゲームがクリアにならない事、何度も失敗しコンティニューを繰り返してること、ぺぺやクーコの事。そして、嫉妬に狂ったステラに毎回監禁され、何も出来ずに死んでいくこと。

 それ以外にも弱音や怒りを色々ぶちまけた。


 最後の方は感情がぐちゃぐちゃになり、泣いてるんだか怒ってるんだかも分からなかった。

 それでもステラは最後まで、静かに聞いていた。


「私がご主人様を、追い詰めてしまっていたのですね……」


 俺が落ち着いた頃、ステラは俯いたままゆっくりと口を開く。


「……でも、これだけはどうか信じてほしいのです。私はご主人様の幸せを一番に願っております。でも、私の中の醜い嫉妬心がいつか抑えきれなくなるのも、きっと事実だと思います……だから――」


 ステラは少し悲しそうに、それでいて静かな口調で言う。


「私に自害しろと……ご命令頂けないでしょうか? ご主人様のご命令なら……私は喜んで自害致します」


 一瞬、何を言い出したのか理解が出来なかった。

 しかし、その言葉が嘘ではないと、何となく理解出来た。

 俺がもしそう命令したのなら、ステラは躊躇なく自害するだろう。


 でも……そんな事を言えるはずもなかった。


「何で今更……そんな事言うんだよ……」


 最初の頃の俺なら、間違いなく命令していたと思う。

 でも今はもう無理だ、ステラの優しさを知ってしまっている。


 俺はこれまで、ラブや黒いスライムからおぞましい程の悪意や殺意を向けられてきた。

 だからこそ、気づいてしまった。

 同じように敵だと思っていたステラからは、たったの一度たりとも殺意どころか悪意を向けられた事はなかったのだと。


 この数百年間という気の遠くなるような時間の大半を、俺はステラと共に過ごしている。場合によっては怒りを買って監禁されたこともあった。


 その度に監禁された俺は暴言の限りを尽くし、反抗し、何度もステラに危害を加えようともしていた。


 それなのに、どんな事があってもステラは俺を大切に扱っていた。

 だからこそ俺は、いつからかステラに気を許し、その所為で口を滑らせ監禁されることもしばしばだった。


 脳破壊だってサキュバス故の特性であり、ステラが望んでしていた事ではないことも分かっている。

 俺が廃人になる度に、ステラが泣きながら謝り続けていた事も僅かにだが覚えている。


 ステラもまた、病的な嫉妬心に苛まれている被害者でしかないのだ。

 だからもう、ステラを憎むことは出来なかった。

 

「――早くご命令を。それが私の一番の願いでもあります。どうかご主人様の奴隷として……死なせてほしいのです」

「無理だよ……そんな命令なんてできる訳ないよ!」


 そんなやり取りが続く。

 そして何度お願いしても命令しようとしない俺に対し、ステラも遂に強い口調になる。


「命令しないのであれば、私は今すぐにでもご主人様を監禁しますッ!! でないと、いつ嫉妬心に狂うかわかりません……だから早く……お願いします」

 

 しかし、その強い口調もすぐに弱々しいものへと変わる。

 それがステラの心情を物語っていた。


 本当はステラだって死にたくないし、死ぬのが怖い。だから決心が揺らぐ前に、脅してでも俺に命令させようとしていたのだ。

 それが俺の幸せに繋がると、ステラもまた理解してしまったから。


 あれだけの強さを誇るステラも死ぬのが怖いのだとわかり、何故だか嬉しかった。

 目の前にいる少女は、可愛らしい普通の女の子でしかないのだ。

  

「……俺はステラを死なせたくない」

「どうして……命令してくれないのですか」


 ステラは悲しそうな表情を浮かべると、その言葉を最後に、何も言わなくなった。


 結局、監禁される事はなかった。

 ただ、嫉妬心を抱かないように、誰にも会わせる事もしなかった。

 その事に対して、特に不満や苦痛はなかった。


 それどころか二人だけの生活は思ったよりも心地良く、そんな平穏な日々は、俺の寿命が尽きるまで続いた。 


 別れの時期が近づくにつれ、ステラは毎日涙を流すようになった。

 憔悴しきったステラは見ていられなくて、「死んだらまた会えるから」と言うと、「また私に監禁されないように、気をつけて下さいね」と、泣き腫らした目で笑って言っていた。


 そして俺は、静かに息を引き取った。


 薄れゆく意識の中、俺はひとり誓う。

 誰かを救う為に別の人が犠牲になる。そんな事があって良い訳がない。

 そんなクソったれな世界は、俺が終わらせてやる。


 ナイナには出来なくて、俺には出来る魔王の殺し方。

 もう誰も不幸にはしたくない、次は俺が行動する番だ。



 魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。












次回、過去編『ナイナ・ポコティン』を2話挟み、三章最終話『ラストコンティニュー』、そして最終章へと続きます。

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