第10話 不死の魔女

 店内に入ると書棚どころか通路にまで本が平積みされ、その高さを優に俺の伸長を超え天井高くまでそびえ立っていた。


 いつ崩れてきてもおかしくない本を慎重に避けつつ、店の奥へと進んでいく。

 蟹歩きのようにほぼ横向きのまま歩くことしか出来なかった。

 ようやく奥まで辿り着いたが、客どころか店主らしき人物も見当たらなかった。


 鍵が掛かってなかったこともあり中へ入ってしまったが、もしかしたら営業時間外なのかもしれない。これだけ薄暗いのだ、営業してるなら普通は明かりくらい付けるものだろう。


 それに気づいた俺は、すぐに出口へと逆戻りしていく。

 不法侵入と思われたら大変だ。

 

 少し慌ててしまった所為か、足元にあった本に躓いて体制を崩してしまった。

 その振動で積みあがった本の塔が一斉に崩れ落ちてくる。


 俺は咄嗟に身をかがめ、頭の上に降りそそぐ大量の本から身を守った。

 周りには重たい音を立てながら本が何冊も落ちてきている。しかし、俺の体へは一冊も落ちてくることはなかった。


「お怪我はありませんか?」


 その声に恐る恐る見上げると、ステラが器用にも俺に落ちてくる本を全てキャッチしていた。


「ありがとう。それにしても凄い反射神経だね、助かったよ」

「……いえ、大したことではありません。それよりも、また崩れてくるかもしれないのでお早めに外へ――」


 そう言いかけた時、追加で更に一冊の本が落ちてきた。

 ステラはそれも掴もうとしたが、まるで意思を持ったようにスルリと手をすり抜けると、俺の頭へと落ちてきた。


「あ痛っ……くない?」


 辞典みたいに分厚い本なのに、全くと言っていい程痛くはなかった。

 もしかしたら、これが黄金等級の恩恵なのかもしれない。 


「申し訳ありません、ご主人様!」

「いやいや、全然痛くなかったし、そもそも俺の不注意だし」


 頭にぶつかった本は、そのまま足元へと落ちていた。

 黒い高級感のある革張りの本。表紙には『魔術書』とだけ書かれたシンプルなものだった。


 思いがけず探していた本を見つけられた俺は、その分厚い本を手に取る。


(温かい……)


 まるで生き物の肌にでも触れたかのような錯覚に陥る。

 その時、魔術書から一瞬ではあったが魔力が感じられたような気がした。先ほどの誰かに呼ばれたような感覚と似ていた。


 もしかしたら、この魔術書が俺を呼んでいたのかもしれない。

 この本は他の本とは明らかに雰囲気が違う。今では俺の頭の上に落ちてきた事も運命のように感じてさえいる。

 この本が無性に欲しい。


 どうしても手放せなくなった俺は、誰もいないテーブルへ金貨を置き、持って帰ることにした。



※ ※ ※



 ショータが転移した王都、そこから少し離れた魔術大国。

 その中心に位置する魔術機関では魔術に関するあらゆる資料が集められ、優秀な魔術師達が日夜研究と実験を繰り返していた。


 その中のとある研究室では、魔術の権威とも呼ばれる一人の男が苛立ちを募らせていた。


「クソッ!! 何故上手くいかない!!」


 男が作ろうとしていたのは若返りの秘薬。10,000種類以上の素材からデータを取り、少しずつ研究を進めて作られた100の実験サンプル。

 その最後のサンプルが、たった今死滅したところだった。


「時間さえ……時間さえあれば完成できたんだ!!」

  

 男が秘薬の実験に費やした時間は80年。もうすぐ100歳を迎える彼には圧倒的に時間が足りなかった。

 もはや生きている内に若返りの秘薬が完成することはないと悟った彼は、全ての実験データを魔術機関へ引き渡し、絶望の元、自ら命を絶った。


 それから間もなく、男からデータを引き継いだ機関は驚愕することになる。

 不可能とまで言われていた若返り秘薬の制作。それを論理的に可能にしただけでなく、機関で実験していれば本来は300年かかるだろうと予測される実験の成果を、彼は僅か80年で、しかもたった一人で成し遂げていた。


 男の死後、若返りの秘薬は革新的に進むことになる。

 それでも、秘薬完成への道のりは未だ1割も到達できてはいなかった。

 

 そんな魔術機関からほど遠く離れた位置に佇む寂れた古書店。

 ここ十数年、客らしき客など訪れていない閑散とした店内では、一人の女性が惰眠を貪っていた。


 変わり者としても知られる彼女の名は『ラブ』。

 二十歳位にしか見えない彼女の年齢はゆうに千を超え、長命種と言われているエルフにも匹敵していた。


 今も尚、多くの魔術師達が雁首を揃えて若返りの研究を行っている最中さなか、彼女は千年以上も前にその秘薬を完成させていた。


 ただし、その手法は非人道的であり、倫理から外れる事の出来ない魔術師達では一生涯辿り着けるものではなかった。

 

 ラブが作る若返りの秘薬に必要な材料、それは魔力値の高い若い男だった。

 若ければ若い程、魔力値が高ければ高い程、若返りの効果は高くなる。


 ただし、魔力量は年齢と共に増えていくのが常識。

 まだ年端も行かぬ子供であれば鉄等級にすら満たない者が常であった。


 もし鉄等級の魔力を持って生まれたならば、もはや神童と称えられ、王国から好待遇で騎士団へ誘われても不思議ではない。


 そんな中、ラブの秘薬には最低でも鉄等級以上の魔力を持つ子供が必要不可欠であり、圧倒的にその個体数が少ない獲物を探すには、広範囲に渡り探す必要があった。


 そこでラブは罠を張り巡らせた。 

 少しでも魔力に自信がある者なら、自ずと魔術書を求めて書店へ出向くと予想し、ある魔術書を各書店へばら撒いた。


 一見、中身も外見も普通の魔術書にしか見えない革張りの黒い本。

 この本の表紙には、ラブ独自の魔術が組み込まれていた。


 本に組み込んだ魔術は二つ。

 一つ目は、年齢と魔力量が一定の基準を満たす少年を引き寄せる魅了魔術。

 二つ目は、魔術書に記載された魔術を使用することで、ラブの元へ訪れるよう誘導する洗脳魔術。


 本にさえ近づけば、少年の方から本へと近づいてくれる。これで先ず、一つ目の魅了は完了する。

 後は待つだけ。時が来れば自ずと目の前に現れる。


 そして今、その内の一つが思惑通りに獲物を捕らえた。

 先ほどまで深い眠りについていたラブが目を覚まし、ほくそ笑む。


「……あらぁ、10年ぶりの獲物ね」


 上手く魅了魔術はかかったようだ。

 もう一つの魔術が発動するのも時間の問題だと言える。


「次は銅等級だと、お姉さんやる気出ちゃうなぁ」


 魔力量が多い子供など、そもそもとして数が少ないので選り好みは出来ない。

 それでも、鉄等級の子供では魔力が弱過ぎて十数年若返るのが関の山。次の獲物を待っている間に二十代を迎えてしまった。

 それに、鉄等級を材料にした秘薬ではお世辞にも美味しいとは言えなかった。


 やはり銅等級以上でなければ、若返りもさることながら個人的な欲求は満たされない。

 しかし、ここ数百年もの間、銅等級が現れた試しはなく、過去を遡っても一人だけであった。


 あの時の少年の味を思い出し、涎が止まらず舌舐めずりを繰り返す。

 あの甘い一時がまた味わえるなら、何だってする。気が付けば、自然と秘部にも手が伸びていた。


(はぁ……でも、期待し過ぎては駄目ねぇ)


 いつもそう、そうやって期待しては裏切られ、苛立ちをぶつけるように一瞬で絞り殺してしまう。

 何とか火照りを冷ましたラブは淡い期待を捨て、再び静かに眠りに付く。

 

 次に来る獲物が、銅等級どころか銀を飛び越え、黄金等級の極上の獲物である事に気づくのは、まだ先のことだった。





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