【完結済】『淫獄クエスト』 死にゲー世界に転移したけど、死なせてもらえないこともあるんだね。

北乃 試練

第一章 vs 孤独の少女

第1話 始まりはいつも死から

 薄暗い地下牢の中、一人の老人がベッドの上に横たわっていた。


 痩せ細った手足にはかせの跡が今も尚、痛々しく残っている。

 地面に転がる外れた枷と何本もの太い鎖。


 それは過去に脱走を試み、拘束され、いつしか拘束すら必要ない程に憔悴した事実を如実に物語っていた。


 状況だけを見れば、地下牢に投獄された罪人にも見えるが、実態は奴隷を所有する主人であり、彼の傍らにはいつも献身的に介護する一人の奴隷の少女がいた。

 少女の名は『ステラ』と言った。

 

「ご主人様、夕食をお持ちしました」

「あ”ー……あー」


 およそ返事とは言えない呻き声をあげるだけの老人を、ステラは優しく抱きかかえてゆっくりと起す。

 老人はすでに、自力では上半身を起こすことさえもままならなくなっていた。


 ステラがスプーンを使い、老人にスープを少しずつ飲ませる。

 すでに咀嚼する力さえ失った老人へ配慮し、最近はスープが主な食事となっていた。


 老人は何度もむせ、その度にステラが優しく背中をさする。

 たった一杯のスープを飲み終えるのにも長い時間を要し、それでも老人に付きっきりで、甲斐甲斐しく皿が空になるまでスープを飲ませ続けた。 


「ご主人様、お腹一杯になりましたか?」

「あー……」


 焦点の合わない目がステラへ向けられる。

 既に思考力は失われ、言葉を発することさえ出来なくなった老人だが、ステラはその表情や、声色の僅かな変化から満足したのだと察することが出来た。

 それ程までに長い年月を二人はこの地下牢で共に過ごしていた。


 ステラは空になった食器を下げると、お湯で老人の体を拭き始める。

 数年前までは大きめの風呂桶にお湯を張り入浴させる事も出来たが、立ち上がる力も無くなった今となっては一日3回、全身を拭く。


 体を隅々まで一通り拭き終えると、ステラはにこりと微笑み優しく語りかける。


「ご主人様、本日もお疲れ様でした。湯あみは終わりましたので、わたくしもお食事を頂きたく存じます」


 ステラが固く冷たい地面に両膝をついてそう告げると、老人の一部分を愛おしそうに見つめ、そっと手で触れる。


「あ"ーっ!! あ"あ”ーっ!!!」


 先程まで全くと言って良いほど無感情だった老人が、途端に悲鳴のような呻き声を上げる。

 しかし、とうの昔に潰れた喉からは悲鳴というにはあまりにもか細く掠れた声が絞り出されるのみだった。


 老人がいくら声を上げても、ステラは止めようとしない。


 先程まで、老人の僅かな挙動にも注意を払い、些細な不手際もあってはならないようにと努めていた彼女が、今に限っては老人の呻き声を無視するばかりか、優しく押さえつけ、目の前に隆起するそれをうっとりと眺めてはゆっくりと咥え込んでいった。


「あ"あ”……あ"……」


 老人の小さな呻き声が虚しく響き渡る。

 胃を満たすと、ステラは老人に跨った。


「ご主人様、本日も美味しい食事をありがとうございます。次はご奉仕をさせて頂きますね」

「あ"……あ"ぁ!!」


 ステラがうっとりとした目で微笑みかける。

 その行為は一日も欠かすことなく毎日繰り返されていた。


 一体何故、奴隷である彼女が主人である老人を監禁する事に至ったのか。

 それは彼女にとって、彼が唯一の存在だったからに他ならない。


 生まれた時から身寄りもなく奴隷として生きてきたステラは、自分の存在意義を彼に尽くすことで得ようとした。

 彼を愛し続ければ、彼からも寵愛を受けられる。そう信じてやまなかった。


 しかし、どれだけ愛情を注いでも、彼にとっての唯一の存在になる事は叶わなかった。

 彼は好色家であり、ステラだけではなく沢山の女性に手を出そうとする男だった。


 彼が他の女へ興味を示す度に、いつか捨てられるのではないかという恐怖が彼女を襲う。恐怖は次第にドス黒い感情へと変わり、遂には彼を監禁した。


 老人の不幸はそれだけに留まらない。

 彼女は普通の人間ではなくサキュバスだった。

 サキュバスにとっては食事も、性欲も、愛情表現も、忠誠を誓う行為も、更なる寵愛を受ける為の手段も、その全てが生殖行為へと結びつき、人間にとっては一切抗う事の出来ない快楽をもたらした。


 そんな彼女の異常な愛情を一心に受け続けたのだから、サキュバスの特性も相まって、彼の脳はほどなくして破壊され自我を失うことになる。


 それでも尚、無意識に拒絶するのだから、彼にとっては相当なトラウマだった事は想像に難くない。

 しかし、ステラも彼を壊したかった訳ではない。

 自らの特異性は理解していたし、その所為で彼が苦しんでいるのも理解していた。


 それでも孤独の恐怖心に抗う事は出来なかった。例えどんな手段を使ってでも彼を傍に留めようと必死だった。

 そうしなければ、壊れてしまうのは自分だと理解していたから。

 いや、すでに壊れていた。


 彼が廃人と化した時、ステラは自責の念から涙を流して悲しんだ。

 それと同時に自然と口角は上がり、無意識に笑っていた。

 

 ――これで、ご主人様は私だけのものになった。


 もはや一人では生きていくこともままならない彼を、自分だけが支えられる存在であり、彼の目には自分しか映らない。

 その状況が嬉しくてたまらなかった。


 食事から入浴、下の世話まで、心行くまで愛を尽くす。脳が蕩けそうな程の快感。

 そんな歪な主従関係は長い年月もの間変わることなく繰り返された。

 彼を繋ぎとめる鎖も、早い段階で不要になった。


 出会った頃は少年だった彼も成年になり、今は老人と呼ばれる年齢へと成長した。それでもステラだけは老いることなく出会った時の美しいままの姿をしていた。

 それは、人間よりも寿命が長い魔族としての特性なのか、主人から精を得続けたからなのかはわからない。


 しかし、その永遠とも思えた時間も突如終わりを迎える。


「あ"ー……」

「そんなッ!? 嫌……嫌ですッ!! お願いですから私を一人にしないで下さいっ!」


 ステラが珍しく取り乱していた。

 彼の鼓動は少しずつ静かになり、ゆっくりとまぶたが閉じられていく。

 彼にとっては久しく忘れていた安らかな感情。


 先程まで感じていた、自分の手を必死に握り絞める暖かな両手の感触も、耳元で泣きじゃくるステラの声も、少しずつ遠くなっていく。


 逃げることも死ぬことも許されなかった彼にとって、残された唯一の解放手段。

 長きに渡る監禁生活は寿命によって幕が閉じられた。

 鼓動は完全に止まり、静けさだけが残る。


 薄れゆく意識の中、暗い視界に白い文字が浮かび上がった。

 ゲーム画面で見るような無機質な文字だ。


 魔王討伐に失敗しました。

 スキル【コンティニュー】を発動します。

 

 当の昔に忘れていた自身のスキル。

 この日、老人はステラと出会った日セーブポイントに舞い戻る。


 死は、始まりに過ぎなかった。


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