40:『来た』
――どうもみんなの様子がおかしい。
向かいの長椅子に背を預けて眠るリュオンを見つめ、私は眉を寄せていた。
時刻は午後一時半。
窓の外は雲一つない晴天。無風状態らしく、庭を彩る花々は微動だにせず凛と咲き誇っている。
リュオンと流星群を見る約束してから今日で八日目。
この八日間、リュオンは昼と夜が逆転した生活を送っていた。
彼が起きてくるのは大抵太陽が高く昇った昼過ぎ。
食事を摂った後も目が覚めないらしく、こんなふうにいつもサロンで浅い眠りを繰り返している。
十分な睡眠が取れていない証拠にリュオンの目の下には薄い隈ができている。
顔色も青白い。
やはりどう考えてもおかしい。異常だ。
何事もなく平和なのに、何故彼はまともに眠れていないの?
ノエル様もリュオンも、どうして毎日剣や魔法の訓練を怠らないの?
どうしてノエル様は急にミドナ語を習いたいと言い出したのだろう?
頭の中で次々と疑問が浮かぶ。
ただ洗濯物を干しに外に行くだけでも、ノエル様かリュオンのどちらかがぴったり私に張り付いて離れないのも気になる。
昨日の夜、リュオンが外出したときはノエル様がずっと私の傍にいた。
いまもそうだ。眠ってしまったリュオンの代わりを果たすように、ノエル様は私の隣で読書中。
ユリウス様は現在本館にいる。
ユリウス様が本館で過ごし始めたのはより多くの女性がいる環境で暮らし、本格的に女性恐怖症を克服するため。
スザンヌ様はそう言っていたけれど、果たして本当にそうなのだろうか。
猫になってしまいかねないユリウス様は有事に備えて本館で保護されているだけなのでは?
では、その有事とは何なのか。
一体何に備えているのかと尋ねても、リュオンが王都に行ったときと同じで誰も答えを教えてくれない。それが酷くもどかしかった。
「『どうしたの、セラ。怖い顔して』」
練習のつもりなのか、ミドナ語でノエル様が話しかけてきた。
練習なんてしなくても彼のミドナ語は既に完璧で、これ以上教えることもないのだが。
「『……ノエル様、そろそろ教えていただけませんか。どうしてノエル様は私の傍を離れようとしないんですか。マルグリットもネクターさんもみんなその理由を知らされているみたいなのに、どうして私には教えてくださらないんですか。私はそんなに信用できませんか』」
「『そんなことはないよ』」
ノエル様は本を閉じてテーブルに置き、困ったように笑った。
笑いながら上手い誤魔化し方を考えているのだろうか。もうたくさんだった。
「『私のためにリュオンは大怪我を負ってしまいました。怪我が治っても、彼の左腕には大きな傷跡が残ってしまいました。私が知らない間に誰かが傷つく――もう二度とあんな思いはしたくないんです。教えてください。私にだけ理由を伏せるということは、私に関する事柄でしょう? 一体何が始まろうとしているんですか?』」
「『……それは……』」
ノエル様は言い淀んでリュオンを見た。
つられて私も目を向けたとき、ちょうど彼の唇が動いた。
――来た。
声には出していなかったけれど、リュオンは唇の動きで確かにそう言った。
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