9. 疑惑と冤罪

 週に一度の休日が終わり、今日も私は一人寂しく学院で昼食をとっていた。

 少し前から、元婚約者様に「忙しいから」という理由で相手にされていなかったから、もう慣れている。


 けれども、そんな私に今までは向けられていなかった好奇の視線には慣れていない。


「はぁ……」


 噂好きの貴族子女が集えばよくない噂が流れるのは予想できたこと。

 お父様とお母様が私の評価を上げようとしてくれていても、その効果は大人達の社交の場までに留まる。


 大人による貴族社会とは切り離されている学院の中では、あらぬ噂が立つのも日常茶飯事なのよね……。



「あれだけ冷たい態度をとっていたんだから婚約破棄されるのも当然だろ」

「ただでさえ政略なのに、あんな態度を取られたら気持ちも冷めるというものだ」

「精霊に愛されているくらいしか取り柄がありませんものね。嫌われて当然ですわ」

「次期侯爵夫人になるお方が無愛想では示しがつきませんもの。当然の報いですわ」


 わざと私に聞こえるようにしているのかしら?


 でも、これくらいのことは言われ慣れている。

 殿方に冷たくしていたおかげで私が浮気をしていたと冤罪をかけられることもなかった。


 それに、彼らに言われたところで愛想以外は全て私が上だから、ちっとも響ない。

 けれど……


「そういえば、わたくし、この間ソフィア様がケヴィン様以外の殿方と親しくしているところを見てしまいましたの。ですので、ソフィア様に原因があるとしか思えませんの……」


 ……シアル子爵令嬢の言葉は黙って聞いているわけにはいかなかった。

 虚偽の出来事を口にして、私を貶めようとしての行動に違いなかったから。


「事実では無いことを広める行為は慎んで頂きたいですわ」

「……そうやってまた私を虐めるのですね!」


 私の何が怖かったのかしら……?

 ──いえ、これは演技ね。


「貴女のことを思って忠告しましたのに。このままでは、貴女は不敬罪で処罰されてしまいますわ」


 演技には演技を。

 彼女の身を案じているように、悲しげな表情を浮かべてみた。


「おい、氷の冷徹令嬢が悲しんでるぞ……」

「リエル嬢は虐められたと勘違いしていただけではないのか?」

「ああ、そうだろうな」


 表情一つで簡単に意見を変える殿方達。

 けれども、それが通用しない人もいた。


「貴女、彼女が怖がっているって分からないの? そんなのだから婚約者に嫌われるのよ。

 いくら表情で取り繕っても、虐めの事実は変わらないわ。この私が証人ですもの」


 セレスティア・バルケーヌ様。

 心当たりは無いけれど、どういうわけか私を嫌っているらしい。



 私がケヴィン様の婚約者だったから?

 それとも他に恨むような理由があるのかしら?


 この場で答えを出すのは難しそうね……。

 

「セレスティア様がそうおっしゃるのなら、事実なのでしょう」

「やはり、あの冷徹令嬢が悪いようですね」

「弁明くらいは聞いてやるよ」


 どうやら、この場から逃げ出すことも難しいようです。


「弁明と言われましても、そもそも虐なんてしていませんわ」

「つまり、セレスティア様が嘘をおっしゃっていると言いたいのですか?」


 難しい質問だった。

 ここで肯定すればセレスティア様を嘘つきだと貶すことになり、否定すれば私が虐めていたということになる。


「ご無礼を承知で申し上げますわ。セレスティア様が遭遇した虐めは私に似た者が関わっていると思います」

「ほう? 要するに記憶が無いと?」


 どうしても私を貶めたいらしい。

 正直、何を返しても結果は変わらないように思えてしまった。


 でも、ここで諦めるわけにはいかないわ。


「いえ、私にはリエルさんと関わった事がないという確かな記憶がありますわ」

「ソフィア嬢は嘘がお上手な様子。無礼を働けばどうなるのか、是非お教えして差し上げましょう」


 そんな不穏な言葉とともに、周囲の方々が私との距離を詰めてきます。

 相手は家格が私よりも低い方が多いのだけれど、公爵家や侯爵家の方もいるから手を打てずにいる。


 そして私が逃げようと一歩後ずさった時だった。


「穏やかなカフェテリアで8対1の決闘か? 随分と楽しそうだな」


 この険悪な空気には似つかわしく無い呑気な声が聞こえてきた。

 どうやら私の敵は増えてしまったようです……。

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