5. 交渉と結果

 翌日。

 お昼過ぎに私達はケヴィン様の家――パールレス侯爵家に向かっていた。


 正式に婚約解消に向けた話し合いをするためだ。

 元々は「ケヴィン様がお父様に会いに来る」という話だったのだけれど、お父様が「わざわざご足労頂くわけにはいきませんから」と手紙を出してこういう形になった。

 ちなみに、パールレス侯爵家のお屋敷は私の暮らすキーぐレス伯爵家の屋敷の隣にあるから、手紙のやり取りなんてすぐに終わる。


「隣だけど、馬車なのね……」

「いくら王都で貴族の屋敷の集まっている場所とはいえ、賊がいない保証は無いからな。俺だけなら歩いていくが」


 いつも不思議に思っていたことを口にすると、そんな答えが返ってきた。

 ちなみにだけど、門から門へはそこそこ距離がある。馬車を使うほどではないけれど。


「お父様に勝てるお方は公爵様くらいですものね……」

「ステラも、だな」


 武術が得意なお父様と魔法が得意なステラ―ー私のお母様。魔法に関してはお母様の方が圧倒的に上なのだけれど、お父様も貴族の中でも上の方だったりする。

 そんな両親の厳しい教育のお陰で私もそこそこ戦えるのだけれど、今でも心配されてるのよね。


「あなた、私の魔法なんてかすりもしないじゃない? すぐに詰められて私の負けよ」

「例の魔法さえなければそうかもしれないが、本気なら分からないな」

「今度試してみる?」

「いや、遠慮しておく。お互いに命がいくらあっても足りない」


 何やら物騒な話が始まっているけれど、その例の魔法は見たことが無いからうまく実感がつかめない。

 例の魔法というのも気になるけれど、それよりももっと気になることがあった。


「こんな時なのに気楽なのですね……」

「そのことだけど……浮気男と離れられるなら、それで良いじゃない? これが子を授かった後だったら深刻だったけれど、今ならいくらでも取り返しがつくのよ。むしろ、ソフィアが浮気男と離れてくれて嬉しいわ」

「そうなのですね……」


 確かにお母様の言う通りだ。浮気するような方と結婚していたら私は絶対に幸せになれない。だから、これは最悪の状況をと比べると喜ばしいことなのかもしれないわね……。


 よくないことには変わりないけれど。


「それに、貴女を欲しがるお方はたくさんいるのよ?」

「我が家の力を舐めないでほしいな」

「お父様とお母様がすごい方というのは知っていますわ。ですが……」


 問題はそこではない気がする。

 学院での私の二つ名が〝氷の冷徹令嬢〟だから。


 私と関係を持とうとする殿方に徹底して冷たくしてきた結果、こんな不名誉な二つ名を頂くことになってしまったのよね。

 面倒な噂を立てられないように、ケヴィン様に不信感を抱かせないように。そう思っての行動だったけれど、それが裏目に出てしまった。


 そのことを説明すると、お父様はこんな言葉を返してきた。


「そんなことでソフィアの魅力が消えるとは思えないな。まともな思考をしている者なら分かっているはずだ」

「そういうものでしょうか?」

「ああ。だから将来のことは心配しなくていい。今までの努力は必ずソフィアを幸せへと導いてくれる」


 そう言ってくれたけれど、不安要素は山ほどある。

 特に、私を敵視しているように見えるセレスティア様のことだ。


 彼女なら、周囲の人間を利用して私を陥れようとしてくることも考えられる。


 でも、そのことは相談出来なかった。


「到着いたしました」


 御者台から声がかけられたから……。

 移動の間の会話が続かないのも考え物ね。



    ☆  ☆  ☆



「本日はご足労頂きありがとうございます」

「いえ、隣ですから大したことではございません」


 そんなやり取りから始まった面会……いえ、これは交渉ね。

 私達の向かい側にはケヴィン様とパールレス侯爵夫妻が腰掛けている。


「早速ですが、本題に入ります。ソフィア嬢との婚約を無かったことにして頂きたいのです」

「理由を伺っても?」

「ええ。詳細は伏せますが、僕はもうソフィアを愛することは出来ないからです」


 ケヴィン様のこの言葉は、浮気を認めているように聞こえた。

 でも、今更怒りを浮かべるなんてことはしない。


 努力してきたのに裏切られたことは悔しいけれど、涙は昨日のうちに流し切ってしまったから。

 もう、悔しいとも悲しいとも思わなかった。

 

「つまり、そちらの都合ということでよろしいですか?」

「はい、もちろんです」

「では、我々には慰謝料を請求する権利があるということになります」


 お父様がそう切り出すと、パールレス侯爵様はゆっくりと頷いた。

 それからはお父様と侯爵様同士の慰謝料の交渉になってしまって私の出番は無かったのだけれど、ケヴィン様と目を合わせないように必死だった。


 顔は向けたまま、けれども不自然に思われないように視線を外すことって、意外と難しいのよね……。


「……では、この条件に同意いただけるようでしたら、サインを」


 差し出された書類に、この場の全員がサインする。

 そうして、正式に婚約が解消された。


 もう悔いも心残りも無かった。

 だって、浮気するようなお方と婚約し続けるなんて死んでも嫌だから。


 そう思っていたからかしら?

 パールレス邸を後にするときには、私の心の中は晴れ晴れとしていた。

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