134 統べる者

 



 瓦礫から脱出したメアリーが見たものは、崩れ行く石像だった。




「うまくいったんですね……何がなんだかわかりませんが」




 立ち上がろうとする彼女に、キューシーが手を貸す。




「蟲を一匹だけ忍ばせたのよ」


「たった一匹ですか?」


「術者が無防備なら行けるかも、と思ってね。さあメアリー、驚いてる場合じゃないわ。ここからが本番よ」




 王城の守りは消えた。


 だが、城内からは、さらに追加の天使がぞろぞろと出てくる。




「あの服装――グリム教団の教徒ですか。城に隠れていたんですね」




 兵士に比べれば、殺したときの罪悪感は少ないので助かる。


 しかし数が増えることに違いはない。




「私がいたときは見当たらなかったけどぉ……地下に隠し通路でもあるんでしょうねぇ」




 天使を剣で焼きながら、フィリアスは教徒たちを見つめる。


 テロリストであるクライヴたちすら、あの規模の地下道を掘れるのだ。


 王城から続く、有事の際の国王の逃げ道はあってもおかしくない。




「せっかく減らしたのにまた元通りだよぉ!」


「泣き言を言う暇はない、とにかく戦うんだ!」




 最初の天使もまだ残っている。


 アミとカラリア、そしてフィリアスも、残る魔力量に不安を覚えていた。


 『世界ワールド』さえ倒せば天使も消えるはず。


 できれば、敵の全滅を狙うよりは、そちらを優先したいが――




「しかしッ、こうも増えると、結界抜きにしても城に向かうのは難しいわね!」


「結局――そういう舞台・・・・・・ということなんでしょうね」


「メアリー?」




 メアリーはその場でバイクに乗った。


 アクセルを回すと、ギィィィッと無骨なタイヤが地面をえぐる。




「キューシーさんたちに、天使の相手を任せてもいいですか?」


「まさか一人で行くつもりなの!? 危険だわ!」


「どこにいたって危険なのは一緒です。天使が全滅するまで戦えば、魔力だって持ちません」


「それは……」


「かといって、この天使たちを足止めせずにお父様と戦うのも難しいでしょう。役割分担は必要なんですよ」




 キューシーは目を伏せ、ため息をついた。




「そうね……わたくしだって殺したいけど、一番決着をつけるべきは、メアリーよね」




 戦略だけではない。


 父の復讐という意味でも、キューシーだって『世界』と戦いたかった。


 しかしそれは、勝てることが前提の話だ。


 復讐にこだわったところで、勝たなければ何の意味もない。




「無理だと思ったらすぐに外に逃げるのよ、いい?」


「わかってます。戦いが終わったあと、やりたいことだってあるんです。こんな場所で死ぬつもりはありません!」


「それと、『女教皇』の死体は入って右側の一階よ。戦う前に回収しときなさい」


「ありがとうございます。では、行ってきますっ」




 生気に満ちた瞳――父親を殺そうとする娘の姿には見えない。


 強くなったのか。


 それとも、慣れてしまっただけなのか。




「いってらっしゃい」




 そんなメアリーの姿に一抹の物悲しさを覚えながらも、キューシーは大きな声で言った。




「みんな、メアリーが城に突っ込むわ! わたくしたちでサポートするわよッ!」




 その言葉に背中を押されて、メアリーはバイクを発進させる。


 立ちはだかる天使たちを、仲間の援護射撃が打ち抜き、道を切り開く。




「お姉ちゃん、一人で――それなら応援するしかないよねっ! がんばれお姉ちゃんっ! そして天使は死ねぇーっ!」


「そうか……死なないでくれよ。私はこれでも、メアリーと一緒に過ごす平和な日々を楽しみにしてるんだからな!」


「天使を全部はっ倒したら陛下を殴りにいくからぁ、ちゃんと残しておいてねぇ?」




 それぞれの応援を背に受けて、さらにバイクは加速する。




「お姉ちゃん、いっけえぇぇぇぇええええっ!」




 そしてメアリーは段差を使って大きく飛び上がると、天使たちの頭上を超えて城内へと突入した。




 ◇◇◇




 人のいなくなった城内は静まり返っていた。


 ヘンリーは、護衛の騎士すらいない玉座の間で、肘をついて娘の到着を待つ。


 殺しあえるのがよほど楽しみなのだろう、その口元にはずっと笑みが張り付いていた。


 しかし――すでにメアリーが城内に入ったことは知っている。


 入り口から玉座の間まで、そう遠くないはずだ。


 途中でヨハンナの死体を回収しているにしても、あまりに遅すぎる。


 扉は開かず。


 窓も割れず。


 はて、それでは――何もなかったはずの玉座の背後に突如として現れたメアリーは、どこから入ってきたというのか。




「――ッ!」




 その両手には鎌を持ち、ただただ殺意だけを胸に、首刈りの刃を振る。


 『隠者ハーミット』による姿の隠蔽。


 気配すら悟らせないはずだった。


 しかし絶対斬首の一振りは――金属音とともに止まった。




「剣が……浮いている……!?」




 ヘンリーは微動だにしていない。


 浮かんだ剣が、鎌を受け止めたのだ。




「行儀が悪いぞ。部屋に入るときは、声ぐらいかけなさい」




 奇襲にも怖気づく様子なく、玉座に腰掛けたまま、ヘンリーは言葉を続けた。




「なあ、メアリー」




 初めて名前を呼ばれた瞬間、メアリーは『スター』の示す道を視た。


 右に飛べ――と。


 そちらに飛び込むと、彼女の背中を刃がかすめた。




(また別の剣ッ! これが『世界』の能力!?)




 知らない力だ。


 肉体と精神の支配以外にも能力があったというのか。


 さらに『星』のナビゲートは続く。


 今度は矢だ。


 鋭く細い――しかし威力だけは天使の魔術を遥かに上回る矢が、メアリーの頭部を狙って放たれる。


 四方八方に弓が浮かび、一人でにそれを放つのだ。


 もちろん剣も健在。


 まるで一流の達人が振るっているように、鋭い剣筋。


 それに翻弄されるままに、メアリーはいつの間にか、ヘンリーの真正面に立っていた。




(避けているつもりだったのに、誘導された……)




 遊ばれている。


 それは彼の表情からも明らかであった。


 そしてこうして直に対峙して、改めて痛感する。




「あなたは……本当にお父様ではないんですね」




 ヘンリーは、完全に乗っ取られてしまったのだと。




「元より、ヘンリーという男は父親らしいことをしていたのか?」


「いい父親になろうと頑張っていたのだと、今はそう思います」




 ブレアの死。


 フランシスの血。


 そんな複雑な関係を乗り越えて、どうにか親子になろうと奮闘していたヘンリー。


 結局、メアリーとの間にあったわだかまりは、王家という特別な家系が作り出したものなのではなかった。


 ただ単に、メアリーという存在が異質だっただけだ。




「しかし以前から不仲だったそうじゃないか。失ったものを美化するのは、人の悪い癖だ」


「そうですね、確かに私は厄介払いをされるように、ロミオと婚姻を結ばされました。ですが、今になって思えば、婚約が決まったときすでに、お父様は操られていたのでしょう」


「ほう、面白い話だな」


「知っているくせに、白々しい。この国だけではありません。あらゆる国の元首が『世界』に支配されている。前もって準備しなければ、このようなことできるはずがありません」




 二年ほどだろうか。


 詳細な長さまではわからないが、おそらく『世界』はそれぐらい前から準備を進めていた。


 ユーリィという協力者もいた。


 ホムンクルスという、戸籍がないため追跡しにくい駒もいた。


 それらの準備がすべて終わったからこそ、戦いを始めたのだ。




「勝てば私が死んで終わり。負けてもお父様の死で王国はガタガタになる。本当に嫌な戦いです」


「喜んでくれて嬉しいよ」


「どう転んでもあなたは嗤う。だったらせめて――私の勝利で終わらせたい!」




 メアリーは鎌で斬りかかる。


 今度は息を潜める必要もない。


 飛び上がり、振り下ろす――大振りの、全身全霊の一撃だ。




死者万人分のミリアドコープスッ、埋葬鎌ベリアルサイズ!」




 やはり、ヘンリーの前に剣が現れ、それを止める。


 するとすぐさまメアリーの腹部と背中からガトリングが生み出された。




「続けて機葬銃ガトリング!」




 至近距離で降り注ぐ弾丸の雨は、ヘンリーに届かない。


 見えない“何か”がそれを防ぎ、彼は涼しい顔でメアリーを見つめる。




「そして埋葬槌ベリアルハンマーですッ!」




 さらに背中から二本の腕が生え、両手を重ねて握り、頭上より叩きつける。


 ガゴンッ、と――それすらも、浮かぶ二本の剣が交差し止めた。




「ここに『パワー』のアルカナを加えればあぁッ!」




 なおもメアリーの攻勢は続く。


 束ねた手が、腕が、一回り太くなり、さらにパワーを増した。


 徐々に剣を押し込み、ヘンリーに迫る。




「潰れなさいッ!」


「余は嬉しいぞ。引っ込み思案だったメアリーが、こうも立派に成長してくれるとはな」


「うるさいッ! お父様みたいなことを言わないでください!」


「しかし――仲間の影響か? 少し口が悪くなったな。反省しなさい」




 中に無数の弓が浮かぶ。


 矢をつがえ、その先端をメアリーに向け――一斉射。


 ヒュオッ、とわずかに風を切る音がした。


 次の瞬間、束ねた骨の拳は砕けていた。




(ただの矢じゃない――!?)




 さらに脚を穿つ。


 膝に当たるとそこから下が千切れ飛んだ。




「あがあぁっ!」




 腹に当たると脇腹が消し飛び空間が生まれた。


 胸に当たると肋骨ごとえぐられ、脈打つ心臓がむき出しになった。




「ぐ、が、ひっ!」




 肩を貫くと、腕が落ちた。


 首をかすめると頸動脈が切れ、大量の血が流れ出た。


 頬に触れると顔が半分消し飛び、口が閉じなくなった。




「は、ぎゃ、ふううぅ……! ふ、ぐうぅ……ッ!」


「ほう、まだこちらを睨む気力があるか」




 全身を苦痛で満たしながらも、メアリーの瞳はヘンリーから離れない。


 傷口の断面から骨が噴き出し、鋭い爪を形成。


 柱に引っ掛けてメアリーは体を引っ張る。


 おかげで残る矢は命中せず、床に突き刺さった。


 そこで彼女は再生を待つ。


 だが背後より、新たに生まれた剣が迫る。


 メアリーは存在に命中する直前で気づいた。


 回避はもう間に合わない。


 ならば防御を。


 骨の盾――いや、それだけでは足りない。


 ならば、得たばかりのカードを切るしかあるまい。




(『女教皇ハイプリーステス』のアルカナを――)




 側頭部を守る骨の盾、そこに“障壁”を重ねる。


 体の一部だけを守る結界――それが『死神』に食われた『女教皇』の能力。


 いささか地味ではあるが、二枚重ねで剣を弾くことはできる。


 メアリーは再生途中の腕を、玉座のヘンリーに向けた。




埋葬砲ベリアルカノンッ!」




 反動で腕ごとを吹き飛ばしながら、骨の砲弾を放つ。


 するとヘンリーの前に剣が浮かび上がった。


 渾身の砲撃は、刃に弾かれ、玉座の上を通り過ぎ柱を破壊するに留まる。


 だが同時に剣も弾き飛ばされ、ヘンリーは無防備になった。


 そんな彼に迫るのは――“不可視の弾丸”。




「む……」




 彼は気配に気づき、手を前にかざした。


 そして素手でそれを受け止める。


 バチュッ、と肉が潰れ、血が流れた。




「『隠者ハーミット』か。奴よりうまく使っているではないか」




 ヘンリーは痛みすら感じていない様子で、姿を表した骨塊を投げ捨てた。


 生じた傷口も、メアリーと同じように蠢きながらふさがっていく。




「天使と同じ……」




 思わず彼女はつぶやいた。


 天使が『世界』の能力で作られた化物なのだ、本体が再生能力を持っているのは道理であった。


 ヘンリーは忌々しげに再生過程を眺める彼女に対し、歯を見せて不敵に笑い、語りだす。




「リュノは――『世界』を長い間その身に宿し続けた。数千万年、数億年と。その間に、『世界』の魔力が染み付いてしまったのだろうな。『死神』の異常な再生能力は、その賜物だよ。お前は天使が模倣したと思っているかもしれんが、むしろ逆だ。『死神』こそが『世界』の一部を宿したのだ」




 そう聞かされると、メアリーは自分の体が無性に気持ち悪く思えた。


 いや、そうでなくとも気持ち悪い。


 心臓だって潰れているのに、それで感じるのが“痛い”と“苦しい”だけで済むのだから、完全に化物ではないか。




「しかし、アルカナは罪深いなあ。そうは思わぬか、メアリー」




 そのアルカナ当人が、どんなつもりでそれを言っているのか。


 メアリーは彼をにらみつける。


 するとヘンリーは、パチンと指を鳴らした。


 彼の後方に、剣と弓がずらりと並ぶ。


 今まではただ武器が浮かんでいるようにしか見えなかった。


 しかし今は、それを“持つ”者の姿がぼんやりと、白いもやとして見える。




「人は一人では王にはなれない。従う者がいて、初めて王となる。だが――アルカナさえあれば、その前提さえ覆してしまう」




 彼らは人間の形をしている。


 それも、鎧をまとった兵士の形を。




理想の王と夢想の兵キングズギャンビット




 ヘンリーは得意げに、己の能力の名を告げる。




「この力さえあれば、余には民も兵も必要ない。不要なものは、処分してしまわねばなァ?」




 徹底して“王”を穢す『世界』を前に、メアリーは歯を食いしばり立ち上がった。



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