124 妄執

 



「おおお……許すものか、メアリィィィ! やはりお前だ。お前がいたから、僕の愛はフランシス様に届かなかったんだぁぁぁッ!」




 すぐさま立ち直り、今まで通りの――いや、今までよりも雑な突進からの剣術を繰り出す。


 自らを狙う石柱を、メアリーは軽く体をひねって回避した。




「懲りない人ですね。動きが鈍っていますよ」


「だぁっまれぇぇぇぇえッ!」




 怒りにオックスの目が血走っている。


 彼は飛ぶ斬撃と、せり出す岩を織り交ぜながら、とにかく間髪を入れずに剣を振った。


 フィリアスの言っていたとおりだ。


 確かに、動きがめちゃくちゃ過ぎて読むのも難しく、その速さゆえに回避も困難だ。


 だがメアリーには『スター』がある。


 攻撃が始まるより前に、光の筋がその軌道を教えてくれる。




「第一、あなたがどう暴れようと結果は変わりません。お姉様はあなたのことなんて眼中にもなかった」




 今や、避けながら言葉を発する余裕すらあった。




「しかし愛を叫び続ければァ!」


「通じませんよ。あなたにできることは、壊すことだけ」


「そうだ、だからお前を壊して僕の愛をフランシス様に届ける!」


「壊すのって簡単なんですよ。けど、同じものを作るには、倍以上のエネルギーが必要になる。存在しないものをゼロから生み出すとなればなおさらです」




 オックスがフランシスと結ばれる可能性は、どれだけ控えめに言っても“不可能”以外に無い。


 それは仮に彼女が生きていたとしても同じことだ。




「お前に何がわかる……愛し合えるはずなんだよぉ。だって僕はこんなにもフランシス様のことを愛しているからァ! この愛が届きさえすれば、フランシス様だって振り向いてくれるはずなんだよぉ! だってフランシス様は女神だからぁ!」


「お姉様は人間です。女神などではありません!」




 メアリーとて、女神に比喩することはあるだろう。


 しかし、オックスの場合は、完全に崇拝・・してしまっている。


 もはや彼の愛するフランシスとは、現実にすら存在しない、限界まで美化されたものなのだ。


 そんな彼に、フランシスが疲れるとメアリーに膝枕されながら愚痴ることや、実は少女趣味だが自分は似合わないと思っているのでメアリーにそういう服を着せる――なんてエピソードを語っても、信じようとはしないだろう。


 メアリーは、そういう姉だからこそ愛おしいと思うのに。




「あなたのそれは愛なんかじゃない、ただの偶像崇拝です。現実を見なさいオックス。お姉様が愛していたのは私ですし、あなたのことなんて、これっぽっちも想ってはいなかった!」


「そうか? 本当にそうなのか? 僕は知っているぞ。お前……人間じゃないんだってなァ」




 オックスは得意げに語った。


 ディジーから、それに関しては聞かされていたらしい。




「ホムンクルス。陛下とブレア王妃の血は引いてるそうだが、ケースの中で生まれた命なんだろう? ブレア王妃の子宮の中で育ったフランシス様とは別物だ。それを姉妹と呼べるのか!? フランシス様はそのことを知っていたのかァ!?」




 彼はメアリーを惑わすつもりらしい。


 だがそれは、周回遅れの知識だった。




「知ってましたよ。もっと言えば、私に流れる血はブレアお母様のものではありません」


「何?」




 ゆえにメアリーはカウンターを放つ。


 反撃を予想していないオックスは、ガードすら取れない。




「フランシスお姉様の血です」




 定義上、確かにメアリーとフランシスは姉妹と呼べない関係なのかもそれない。


 しかし、その絆が途絶えたとしても――




「そう、私にとってお姉様は……姉であり、母でもあったのです」




 メアリーに姉の血が流れているという事実は、変わりようが無いのだ。




「母? ママ? お母様? 母……はは……? はは、はは、はははっ、ははははっ、あはははははははっ!」




 オックスは狂ったように笑った。


 信じたくない事実が重なりすぎて、脳がキャパシティオーバーを起こしたのだ。


 こうなると人間は笑うしかなくなる。


 笑って、笑って、口から許容しきれない感情を吐き出しきったら――早すぎてデジタルかと思うほど、驚くべき速度で表情が切り替わる。


 笑顔から、鬼のような顔へと。




「信じてなるものかあぁぁぁぁあああッ!」




 怒りに任せた刃は、やはりメアリーには届かない。


 軽く後ろに飛ぶだけで、体を傾けるだけで避けられてしまう。




「姉のみならず、母親だとぉ!? フランシス様が母親だとぉ! そんなっ、羨ましい、羨ましい、羨ましい! 姉というだけで嫉妬で狂いそうなのに母親まで持っていくのか強欲な女めえぇぇぇぇぇーッ!」




 もはや綺麗事で本音をコーティングすらしない。できない。


 オックスが吐き出しているのは、純粋な、どす黒い欲望だ。




「どうしてッ、その境遇の欠片だけでも僕に譲ってくれなかったんだよぉぉぉおおお!」


「オックス将軍。別に人を愛するのに、姉妹だとか、母娘だとか、そんなものは関係ありません」


「どの口が言うか……!」


「将軍と王女。恋をするのなら、地位も釣り合っているではないですか」




 十分にありえる関係だ。


 少なくとも、血のつながった王女と王女が愛し合うよりは、可能性は高いのではないだろうか。




「だというのに、あなたが私を憎むことにこだわるのは――お姉様と両想いになる可能性がゼロだと、自覚していたからではないですか?」




 声もなく、オックスの動きが止まる。


 メアリーに視線も向けず、地面を見たまま微動だにしなくなる。




「だから私にこだわるんです。私さえいなければ成就したと思いこむんです。だって、聞いたことないですよ。好きな人の妹に嫉妬する男性なんて……付き合ってもないくせに」




 むき出しの現実が、オックスの心に突き刺さった。


 一度のみならず、何度も、何度も執拗に突き刺されて、もうズタズタだった。




「そんな、ことは……そんなはずは……」




 彼の目は死んでいた。


 それを見て、メアリーはざまあみろと思った。


 一切、同情の余地はない。


 フランシスが死んだからと言って、自制心もなく自分に都合のいい妄想を撒き散らす彼は、ただそれだけで万死に値する。




「う……うおぉぉお……おおぉぉおお……んおぉぉおおおぉ――メアリー、死ぃねやああぁぁぁぁぁああああッ!」




 もはや――オックスはそうするしかなかった。


 軍を捨てて、今日まで好き放題に動いてきた。


 後はない。


 敗北を認めることは許されない。


 だから、がむしゃらに剣を振るって、メアリーを殺して、現実を赤い妄想で塗りつぶすしかないのだ。




「死ねぇッ! 死ねェ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 潰れてしまえ! 肉塊になれぇ! もう二度とその汚らしい口を開くなああぁぁぁ!」


「八つ当たりですか?」


「開くなと言っているだろうがあぁぁぁあッ!」




 ただの逆上。


 しかし、その感情の爆発に合わせて、オックスの肉体はさらに肥大化していた。


 ただでさえ、三メートル近くまで膨らんでいたのだ。


 そこから更に膨張し、露出した筋肉が脈打つその体は、もはや人と言うよりは――天使に近い姿である。




「ぐおぉぉおおおおッ! はぁ、は、はぁ! 見ろメアリー! お前への怒りが僕をさらなる高みへと導くゥ!」




 魔術評価も順調に上昇。


 現在値、5万オーバー。




(やはり――オックス将軍も『世界ワールド』の血を摂取している。肉体の状態からして少量。アルカナ使いが変えられるパターンは初めてですね)




 オックスは剣を握った手を天高く掲げる。


 力が入りすぎて、血管が千切れ、大量の血がぼたぼたと落ちる。


 彼は痛みを感じていない様子で、それを己の力だと信じ込み、高らかに叫んだ。




「より天国へと近く! そう、これはもはやピラーではないッ! 名付けてェ、タワー・オブ・フランシスだぁぁぁぁああッ!」




 やることは変わらない。


 地面を叩く。


 そこに隕石が落ちたようなクレーターが生じ、圧縮された土が巨大な――十メートルを越す長い岩の塊となって、高速でせり出すのだ。


 避けようにも、その風圧に巻き込まれるだけで、人体は微塵に千切れ飛ぶ。


 しかしそれを、メアリーは避けようとしなかった。


 避けようと、防ごうと思えばまだ手段はあったが、その前にオックスはあまりに大きなミスを犯していたから。




「――タワー、ですか」




 ほくそ笑むメアリー。




「仕留めたッ!」




 対するオックスも勝利を確信して笑う。


 彼の目の前で、尖った岩の先端がメアリーを強襲し、突き刺さろうとした。




「はい、いただきました」




 その瞬間、岩は彼女の体をすり抜ける。


 否――




「僕の剣術にッ、溶け込んだだとぉッ!?」




 一体化・・・する。


 秘神武装『塔』。


 オックスがそれを“タワー”と名付けてしまったばかりに、『塔』のアルカナを発動させる条件を満たしてしまったのだ。


 メアリーは右腕と岩を一体化させると、ぐるんと横に一周回る。


 十メートル級の石塊は軽々と木々を薙ぎ払い、そのまま側面からオックスに襲いかかった。




「はあぁぁぁああああッ!」




 あまりにシンプルな、重さを無視した速度と、大きな質量による一撃。


 受け止めようと両足に力を込めたオックスだがーー




「こんな――こんなことがあぁぁぁああッ!」



 虚しく叫びだけが森に響き、その体は砲弾のように猛スピードで木に叩きつけられた。



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