085 支配域拡大中

 



 治療を終えたキューシーとカラリアの元に、アミが戻ってくる。


 なぜか『恋人ラヴァー』のアルカナ使いを連れてきた彼女に、カラリアは「な……」と思わず声をあげて驚いた。




「そいつは……なぜ連れてきたっ! 殺されるかもしれないんだぞ!?」


「何でも話すって言うから。それに、もう腕が無いから矢は打てないんだって」


「だからってなぁ……」


「まあまあ、いいじゃないカラリア。さすがにあの拘束じゃ身動きは取れないでしょうし」




 エラスティスの呼吸は浅く、ただ立っているだけでもよろめいていた。


 見かねたキューシーは、彼女を軽く数秒だけハグする。


 すると腕の傷口はふさがり、出血が止まった。




「あ……ありがとう」


「吐く前に死なれちゃ困るからよ。ただし、変な動きを見せたら殺すわよ」


「あ、キューシーそれさっき私が言った」


「重ねたって構わないでしょ」




 ここではあまりに目立ちすぎる。


 キューシーたちは、エラスティスを連れてひとまず人のいない建物の影に移動した。




「さて、それじゃあ尋問の時間よ。自己紹介をお願いしていいかしら」




 人の目が無くなると同時に、カラリアはハンドガンタイプの魔導銃を握り、エラスティスのこめかみに押し付けた。


 アミの拘束も健在。


 それでも相手がアルカナ使いだと思うと、十分とは言えまい。


 しかしエラスティスは、素直にキューシーの質問に答える。




「私の名前はエラスティス・アマートゥスよ。年齢は二十五歳。出身はウェースティオ王国」


「ウェースティオってどこ?」


「南西にある、国土の大半が荒野の国だ。魔石採掘のおかげで国自体は裕福だがな」

 

「はえー」


「オルヴィス王国とはほとんど繋がりもない国ね。念のため確認しておくわ、あなたのアルカナは『恋人』で合ってる?」


「間違いないわ。能力は恋は猛毒ラブイズデッド。弓を使って、魔力で作った“クピドの矢”を射ることができる」


「それが命中した相手は、身近な相手に恋心を抱くということで間違いないか?」


「ええ。でも、無関係の人間じゃ、あまりうまくいかないわ。ある程度、素養は無いと。だってキスしないと、毒は効果を発揮しないから」


「……キス?」




 アミはカラリアを見て、首を傾げた。


 キューシーも訝しむ。




「あんた……メアリーとキスしたの?」


「……いや、それはだな。迫られたんだ、私から望んだわけじゃない」


「したのね?」


「そ、そんな……ずるいよカラリアっ!」


「そのせいで毒を食らったんだぞ、ずるいわけがあるか!」




 思わずカラリアは声を荒らげた。


 死にかけた彼女からしてみれば、冗談でも羨望の眼差しは向けられたくない。




「それはそうだけどさぁ……」


「まあ、その話は置いときましょう」


「あとで私もお姉ちゃんにしてもらわないと……あと名前も呼び捨てから元に戻っちゃってるし……!」


「呼び捨てなんてしてたの?」


「してたの!」


「慣れてないから仕方ないんじゃないの、あの子基本的に“さん”か“ちゃん”付けでしょう」


「むうぅぅー……!」


「あまりメアリーを困らせるなよ」


「それで、その矢の能力だけど……障害物は貫通するって聞いたわ。つまり、あなたは障害物を貫通して物を見る能力も身につけている。そうよね?」


「間違いないわ。恋は晴眼ラブイズクリア。物体を透過して見ることができる」


「能力はその二つだけ?」


「私が把握してる限りではそうよ」




 現状、エラスティスは素直に質問に答えている。


 魔術評価も10823――と、隠している様子は無い。




「次は私から聞かせてもらおう」




 キューシーに変わって、カラリアは銃を手にしたまま問いかける。




「誰に命じられて私たちを狙った?」


「……オルヴィス王国のオックス将軍よ。それと、仮面を付けた女の子もいたけど」


「出身はウェースティオと言ったが、お前はそこで何の仕事をしていた?」


「姫の護衛役だったわ。幼い頃から、ずっと」


「なぜオルヴィスに来た」


「命令されたからよ……姫様に」




 エラスティスの感情が揺れる。


 どうやらそこに、彼女が命乞いした理由が隠されているらしい。




「来たくなかったって顔してる」




 アミの言葉に、エラスティスはうつむく。




「当たり前よ……私は姫様のナイトなのよ? 離れてちゃ意味がないじゃない」


「ナイトって、気取りすぎよ。お姫様もそう呼んでくれてるわけ?」


「ええ、私と姫様は国王公認の恋人同士だもの」


「……恋人? しかも国王公認?」




 思わずオウム返ししてしまうキューシー。


 二人は言うまでもなく女性同士だ。


 秘められた恋ならともかく、跡継ぎを生む必要のある姫と、その従者の恋仲を王が認めるとは考えにくい。




「小さい頃から、ずっと一緒だった。何があっても守ると誓ったの。そして姫様も……私のことを大事にしてくれていた」


「それなのに、いきなりオルヴィスに向かえと言われたわけか」


「もちろん反対したわ! だって、そんなのはナイトの役目じゃない。けど……行かないなら、役目を解くって。別れて、二度と会わないって言われて……嫌だった……嫌だけど、でも、別れるのはもっと嫌だからぁ……っ!」




 キューシーはカラリアのほうを見て肩をすくめた。


 カラリアはゆっくりと彼女に突きつけた銃を降ろし、ため息をつく。




「私はまだ、姫様との約束を果たせてない。でも死ぬわけにはいかないのっ! 死んだら、もう二度と会えなくなるっ……本当の意味で、何もかも、終わってしまうから……」




 エラスティスは涙を流しながら、肩を震わせ、嗚咽を漏らす。


 今まで“悪い人間”を何人も見てきたキューシーだが、彼女のそれが演技には見えなかった。




「前のときも、何か似たようなこと言ってたよね」


「『教皇ハイエロファント』の話か。確かフェルース教国の出身だと言っていたな」


「……参ったわね」


「キューシー、何が?」


「要するにそれ、フェルースやウェースティオの偉い人たちが『世界ワールド』に操られてるってことじゃない」


「確かに、ドゥーガンと同じだな。連中、すでに世界を掌握してるのかもしれんな」




 どんな国だって、国家元首の警備が最も厳重なはずだ。


 しかし『世界』はそれを軽々とくぐり抜けて、相手を支配下に置いていく。


 仮に相手に血を与える必要があるのなら、そう簡単にはいかないはずである。


 未だ全容が明らかにならないその能力に、キューシーとカラリアは不安を覚える。


 一方で、操られていることを知ったエラスティスは、当然のようにその話題に食いついた。




「操られている……姫様が? 『世界』って何? アルカナなの!?」


「何も聞かされてないのね。さすがに込み入った話なるわ、こんな場所で話すのも何だし移動しましょうか」




 込み入った話になる予感がしたキューシーは、場所を移すことを提案する。


 カラリアとアミも頷き、同意した。




「エラスティス、メアリーにかけた魔術はすでに解けているか?」


「もちろんよ! もう、元通りになってるはずよ」


「ならよし……とは言えんが、罪の追及は後回しだ」


「輪っかはそのままでいいよね?」


「当然よ。構わないわよね」


「ええ。攻撃した以上、今さら信用されるなんて私も思ってないから」




 その言動から、情報の供給源としてある程度は信用できる、とキューシーは判断した。

 

 とはいえ、それは許すか許さないかとはまた別の次元の問題。

 

 いつでも殺せる状態を維持したまま、四人はメアリーの待つホテルへと向かった。




 ◇◇◇




 部屋に入るなり、むせ返るような血の匂いが溢れ出てくる。


 顔をしかめるキューシーとエラスティス。


 平然とするカラリア。


 メアリーは疲れた様子でベッドに横たわっていた。


 『恋人』の能力が解除されたと気づき、自らの拘束を解いたようだ。


 再生能力により傷も癒えてはいたが、残された血痕は彼女が味わった苦痛を証明するもの。

 

 アミは走りだし、メアリーに駆け寄った。




「お姉ちゃんっ!」




 彼女は、メアリーの手を握り、顔を近づける。


 至近距離で二人の目が合うと、メアリーは微笑んだ。




「アミちゃん、おかえりなさい。カラリアさんとキューシーさんも、無事で何よりです。ところでその方は――」


「今回の犯人だ」


「では、アルカナ使いなんですか?」




 彼女が驚くのも当然である。


 するとエラスティスは、メアリーの前で拘束されたまま膝を付き、頭を下げる。




「メアリー王女……先ほどの無礼な行い、申し訳ありませんでした。殺意を向けておいて、言葉だけで許されるはずがありませんが……どうか、命だけは奪わないでいただけませんか」


「は、はあ……」


「困惑するのも当然だ。どうやらこの女には、意地でも生き残らなければならない理由があるらしい」


「だったら最初から攻撃しなければよかったのに」




 メアリーは冷たくそう言い切った。


 エラスティスは声に込められた怒りに、ぴくりと反応する。


 自分の体を使ってカラリアを傷つけられたのだ、メアリーの恨みは相当なものだろう。




「だってあれ、相手がカラリアさんじゃなかったら死んでましたよね?」




 そう、毒に耐えられたのは、カラリアの体だから。


 仮に相手がキューシーだったなら、その時点で彼女は命を落としていただろう。




「ごめんなさい……ごめんなさい……本当にごめんなさい……!」




 ただエラスティスには、そう謝ることしかできない。


 地面に強く額を擦り付けて、血がにじむまで。


 メアリーはその無様な姿を見て大きくため息をついた。




「わかりました。許しはしませんが、私たちも情報に飢えています。まずは話を聞いてからにしましょう」




 元より、カラリアたちが彼女を生かして連れてきた時点で、メアリーに殺すつもりはなかった。


 個人的な感情で言えば、そうしたいと願っていたのは事実だが。




「それじゃ、今までの話を整理しながら、尋問の続きを始めましょう」




 キューシーが取り仕切り、取り調べを再開する。


 その結果、わかったことがいくつかある。




 まず、常に姫の傍にいたエラスティスですら、『世界』の能力がいつ発動したのかわからないこと。


 血を投与するどころか、飲み物に異物を混入させることも不可能だという。


 アンデレの例にしたってそうだ。


 フェルース教国の教皇、その周辺警備は厳重なはず。


 それを容易く通り抜けられる――それが『世界』の能力のようだ。




 次に、この街に紛れたスパイについて。


 エラスティスですら詳細な人数は知らされていないそうだが、メアリーたちの行動は彼女に筒抜けだったのだという。


 仮に障害物を透視する目が無かったとしても、狙撃が可能なほどに。


 ホテルの中での行動も伝わっていたことから、マジョラームの社員の中にもスパイがいる――それを聞いてキューシーは頭を抱えた。




 そして最後に、オックスの所在について。


 彼は、王都東――ルヴァナから見て北にある、レミンゲンという村に潜んでいるらしい。


 ディジーは時折隠れ家に戻ってくる程度で、現在位置はわからないそうだ。


 また、残るアルカナ使いはあと一人――話を聞く限り『戦車チャリオット』の可能性が高い、とのことである。


 

 

 エラスティスから得られためぼしい情報は、以上三つ。


 もちろん、100%信用できるわけではないが、もしレミンゲンにメアリーたちをおびき寄せたいのなら、最初から敵対せずに近づいてきたほうが成功率は高いはずだ。

 

 アンデレという前例だってある。

 

 エラスティスの話は、信憑性が高いと判断できよう。

  



「つまり、オックスの手元にいるアルカナ使いは『戦車』のみ」


「あいつ自身を含めて二人ってことね」


「どうするメアリー、攻め込むか?」


「たまにはこちらから仕掛けたいものです。ぜひやりましょう」




 今までは後手に回ってばかりだった。


 しかし今回は逆だ。


 メアリーがやる気に満ちた笑みを浮かべていると、急にアミが腕を絡めて、ぴとっとくっついてきた。


 彼女はメアリーの耳元に口を近づけると、周囲に聞こえないよう囁いた。




「今度は、私にもキスしてね」


「……へ?」




 想定外の言葉にメアリーは目をまん丸くしている。


 対するアミは、はにかんだような笑みを浮かべた。



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