066 新たな復讐への道筋(前)
ノーテッドがコンピュータを操作すると、壁面に取り付けられた大きな画面に茶髪の男が映し出された。
エドワード・プルシェリマ、十九歳。
現在、王位継承権を持つ王子であり、メアリーやフランシスとは腹違いの兄である。
『久しぶりだね、メアリー。君の活躍は聞いているよ』
ニコニコと笑う兄に、メアリーは冷たく言い放つ。
「気持ち悪い笑顔なんて必要ありません。本音で話しましょうよ、お兄様」
彼女に、そんな口を利かされるのは初めてだったろう。
エドワードの頬はひくつき、明らかに動揺している。
そこに追い打ちをかけるメアリー。
「言っておきますが、ロミオ様のパーティに出席し、私に冤罪を押し付けた時点で、お兄様は私の敵です。そもそも、どの面を下げてここに連絡なんてしてきたんですか? ああ、もしかしてノーテッドさんと話すつもりでしたか。ごめんなさい、では変わりますね」
『待ってくれメアリーっ! 僕が話したいのは、君だ』
「そうですか。罵倒されたくて顔を見せたんですか」
『違うっ! あれは……その、流されてやったことで……』
「流されて? 遠路はるばるスラヴァー公爵の領地まで来ておいて、流されたんですか? 随分とお兄様は軽いんですね、中身がスカスカなんでしょうか」
『ぐっ……ど、どこで習ったんだそんな下品な言葉……!』
エドワードが情けない顔を見せると、カラリアは自分の顎に手を当てた。
「……もしかして私の影響もあるのか」
「大いにあるでしょうね」
「いいなー、私もお姉ちゃんに真似されたいなー」
アミはそう言って、キャスター付きの椅子ごとくるくると回った。
『本当に、何も知らなかったんだよ、僕は。それだけははっきりさせてくれ』
「つまり知らないのにお父様とお母様に合わせて、私にありもしない罪をなすりつけた、と」
『その件については謝る! 本当にすまなかった!』
エドワードが、画面の向こうで深々と頭を下げた。
プライドの高い彼らしくない行動に、メアリーも戸惑いを隠せない。
「その言い分は無理がありますよ」
『お父様がスラヴァー領に行くという話を聞いて、僕は重要な会談に違いないと思ったんだ。それで、王位継承権のこともあるから、僕はついていくと言った』
「お姉様は王位継承に興味が無いと言っていたはずですが」
『フランシスが思っていても、他の大臣たちはそうは思ってない! 後妻の息子である僕よりも、頭脳でも人気でも優れた彼女を女王にすべきだと思っているんだよ!』
「……それで、お父様たちに従って、私に濡れ衣を着せたと」
『ああそうだ。でもまさか、お父様が処刑まで考えてたなんてとても……』
「では、お姉様が殺されたことも知らないんですね」
『フランシスが……死んだ!?』
目を見開いて驚くエドワード。
だが驚いたのは、キューシーもそうだった。
「そのカード、ここで切っちゃうのね」
「行方不明だとはすでに知れ渡っている。時間が経つほどに、“死”という事実の意外性は薄くなっていくからな」
「それはそうだけど……どういう意図なのかしら、と思って」
メアリーはじっとエドワードの顔を見つめる。
(……演技ではなさそうです)
元々、彼はあまり嘘が上手い方ではない。
つまり、政治的な駆け引きも、あまり得意ではない。
というのも、元々エドワードは平民として暮らしていたのである。
母であるキャサリンはヘンリーの愛人――つまり彼は妾の子だった。
二人が再婚するその時までは。
以降は、エドワード自身も王家の人間として扱われたが、幼少期に過ごしてきた環境というのは、人格形成に多大な影響を及ぼす。
フランシスと比べたとき、どうしても差が出てしまうのだ。
『そんな……行方をくらましていたとは思ったが……そ、それに殺されただって? メアリー、誰なんだ。誰がやったんだ!?』
ただ、メアリーにとっては――少しだけ、その反応が嬉しかった。
てっきり、エドワードはフランシスの死を喜ぶと思っていたからだ。
王位継承を争う相手が消えた今、彼の勝利は決まったようなものなのだから。
そういうところが、貴族らしくないと言われる所以なのだろうが。
メアリーは少し態度を軟化させて――同時に姉が絡むと自分も感情の変化が激しくなるなあ、と自嘲しながら――彼に答えた。
「マグラートというアルカナ使いです。彼から私を守るために……」
『アルカナ使いが……そうか……』
エドワードはそう呟くと、ちらりと画面の外を見つめた。
どうやら誰かがそこにいるようだ。
すると、画面に紫の色の髪が映り込む。
「フィリアスがそこにいるんですか」
「フィリアス・トゥロープ……近衛騎士団の団長か」
ノーテッドがそう呟くと、観念したように彼女は顔を出した。
眼鏡をかけた、髪の長い大人の女性――騎士のくせに、胸元を開けたラフな恰好をしている。
アミは自分の胸元を見て、なぜか悔しそうにフィリアスを睨んだ。
『見つかっちゃったらしょうがないかぁ。ハロー、お久しぶりねメアリー王女』
「あなたがお兄様を焚き付けたんですか」
『何を言ってるんだか。エドワード王子は、自分の意志で王女に連絡を取ることを決めたのよ。ねぇ?』
『お前が言ったんだろう』
「やっぱり」
『やだぁ、これじゃ私が野心家みたいじゃない。違うのよ王女様ぁ、私はこのまま国王に従うのが、泥舟に乗ってるみたいで怖かったのよぉ。だから引っ越しの準備を始めたってわけ』
「お父様はどう変わったと?」
『んー、何ヶ月か前からかしらねぇ』
顎に人差し指を当てながら、過去を振り返るフィリアス。
『具体的に言えるものじゃないんだけどねぇ、なーんかおかしいのよ。喋ってても、命令を聞いてても、ぼーっとしてるっていうか』
「体調が悪かった、ということでしょうか」
『いいえ、体調は前より良かったはずよ。以前より明らかに精力的に活動してたわ。でも精力的すぎて、暴走してるっていうかぁ……普通ありえないじゃない、自分の娘に冤罪かけて殺そうとするなんて。しかもフランシス王女まで行方不明』
『そして、お父様の異変を察知したフィリアスは、僕とコンタクトを取ってきたというわけだ』
『でもでもぉ、王子様ったら全然信じてくれないのよぉ? 今回だってぇ、キャプティス崩壊の情報を私が仕入れてきて、それを教えて初めて動いたんだからぁ』
『仕方ないだろう、お父様に逆らうような真似、そう簡単にできるはずがない!』
『こーんな調子』
「つまりあなたがたは、私たちを手を組むために連絡をしてきた、ということですか?」
『でも正直私ぃ、メアリー王女の動きも活発すぎて、いまいち信用ならないのよねぇ。父親に似てるっていうか。以前の落ちこぼれ王女とは思えないもの』
口は笑いながらも、目は笑っていない。
フィリアスは獲物を狙う獣のような目つきでメアリーを見た。
そう、彼女は紛れもなく騎士団長だ。
王国軍で最強の兵士と呼ばれた――アルカナ使いなのだ。
「私の目的はただ一つ、お姉様の復讐です。そのために、これからお父様を殺しに向かいます」
『本気か、メアリー!?』
「逆に言えば、それ以外の目的はありません。王国の未来がどうだとか、考える余裕すらありませんから。お兄様がそのあとで国王になろうとも、それを邪魔しようとは思いません」
『なるほどねー、ただただフランシス王女の恨みを晴らせればいい、と。確かにぃ、シスコンのメアリー王女らしい考えよねぇ。納得したわ』
『フィリアス、側近のお前がそれでいいのか!?』
『もちろん陛下を殺すのには反対よ。力を削ぐ前にそんなことをしたら、混乱があまりに大きすぎるもの』
「交渉決裂ですか?」
『でも、王女が殺しにかかってきたとき、あの人がどう動くのか……それは見てみたいわ』
メアリーも、それには興味があった。
キャプティスは、彼にとっても敵対する相手の土地だ。
民をいくら巻き込もうが問題はない。
だが王都となれば話は別だろう。
そのとき、ヘンリーがどのような手段を使って、メアリーを殺そうとするのか。
フランシスの死と、メアリー暗殺の事実に対して、どういう形で”正義”を得ようとするのか。
『そういうわけで、お互いに都合がいい範囲で手を組むっていうのはどう? 敵対するなら、そのときはそのときだわ』
「わかりました。手は組むけれど、殺し合いになったら容赦しないということで」
『オーケー、そうしましょう』
交渉は成立した。
少なくともこの時点で、エドワードとフィリアスは敵ではなくなったわけだ。
他の王国軍や近衛騎士団はまた別の話だが。
すると、いつの間にか蚊帳の外になっていたエドワードが、慌てて声をあげる。
『待て、僕を挟まずに勝手に決めるんじゃない!』
しかしフィリアスはスルーして話を続けた。
『では早速、情報交換といきましょうか。お互いにアルカナの所在ぐらいは知っておきたいもの』
『聞いているのか!?』
「黙っていてくださいお兄様、彼女のほうが話が早いんです。それに、お兄様はアルカナに詳しいわけではないんじゃないですか」
『う……』
『適材適所よ王子様。あなたの後ろ盾がなければ、私はここまで強気に動けないんだからぁ』
『まるで置物じゃないか』
『今は置物のほうが楽だし効果的よぉ。妾の子というだけで敵視してくる相手に話なんて通じないんだからぁ。ね?』
『う、うん……』
エドワードは、フィリアスに簡単に丸め込まれてしまった。
それ以降、腕を組んで黙り込む。
所詮はまだまだ十九歳、団長を務める彼女には勝てないということか。
『じゃあ改めて始めましょう。まず最初は、フランシス王女の死を聞かせてもらったこちらから情報を提供するわ』
「義理堅いんですね」
『こういうのはお互いの信頼が大事だものぉ。それで情報なんだけど――まず私とオックス将軍のアルカナから教えてあげる』
「いいんですか、いきなりそんな重要な話を」
『信頼よ、信頼』
様々な国に点在するアルカナ使い。
その多くは軍の重要ポジションに付いていることが多いが、ほとんどの場合、“アルカナ使いがいる”という事実だけが喧伝され、詳細な能力までは明かされない。
それは相手に弱点を晒すのと同じだからだ。
王国も例外ではなく、フィリアス団長とオックス将軍がアルカナ使いだという情報は知らされていたが、それが何の能力なのかは、メアリーですら知らない機密情報であった。
『まず、私のアルカナは『
「……もう少し詳細に教えてもらえませんか」
『話が長くなるわ。敵対するわけでもないんだからぁ、ひとまずこれでよくなぁい?』
そう簡単に、全てを明かすつもりはないらしい。
それでも、手に入った情報はかなり有益なものだ。
ひとまずメアリーは、それで納得することにした。
(これで敵のアルカナ使いが、『節制』と『力』を持つ可能性は消えました)
残るアルカナも、かなり絞られてきた。
そういう意味でも、アルカナの名前を知るだけでも、得るものは大きい。
続けて、フィリアスはメアリーたちの所有するアルカナの情報を要求してきた。
メアリーはキューシーとアミの了承を取った上で、『
そして悩んだ上で――
アルカナの所在に関しては、互いに共有しておきたいと思ったからだ。
『ふーん、アルカナを捕らえる能力に加えて、『運命の輪』まで……つまり、これで所在が判明しているアルカナは十一個ね』
「十個ではないんですか?」
『陛下も持っているんだもの』
「知ってるんですか!?」
メアリーが反射的にそう言うと、フィリアスはくすくすと笑った。
「……はめましたね」
『ふふふ、まだまだねぇ。でも、そうじゃないかとは思ってたのよ、キャプティスでの顛末を聞いてね。アルカナの名前まで言ってくれてよかったのに』
「そこまでうかつではありません!」
『怒らないの。でも陛下に一番近いのは私たち……名前ぐらいは知っておきたいわねえ』
「ギブアンドテイクです」
メアリーの言葉に、すっかり観戦者になったキューシーが「うんうん」とうなずいた。
『じゃあこんな話はどう? 王国以外の国で要職に就いてるアルカナ使いが、すでに
フィリアスは、得意げに語る。
「全員……!?」
そして驚くメアリーを見て、満足げにいたずらっぽく微笑む。
「その顔、また弄んだんですか」
メアリーは年相応の少女らしく頬を膨らます。
そんな表情を見て、フィリアスは苦笑いを浮かべた。
『それがあながち嘘ってわけでもないのよ。少なくとも、国家間のバランスが大きく変わろうとしてることは事実なんだから』
彼女はどこか疲れた様子で周辺諸国の現状を語り始めた。
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