064 せめてもの断罪を、その結末に
骨の巨人が崩れ落ちる。
メアリーの体がずるりと解放され、彼女は手足を再生しながら、ドゥーガンの亡骸の上に着地した。
これでもまだ再生するのなら、さすがに打つ手は無かったが――どうやらその心配はなさそうだ。
作りかけの足で立ち上がると、戦いを見届けた三人が駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、やったねっ!」
ドゥーガンの体を足場に飛び、メアリーに駆け寄るアミ。
しかし彼女が到着するより先に、空中からカラリアが降ってくる。
「あの勝ち方は、さすがに驚いたぞ」
彼女は静かに着地すると、嬉しそうにそう言った。
「まったくよ、度肝を抜かれたわ」
一方で、キューシーはゆっくりと降りてくる。
彼女はメアリーの勝利を喜びながらも、ちらりとドゥーガンの亡骸、そしてキャプティスの惨状を見て、わずかに笑顔を曇らせた。
「結局、最後までドゥーガンは操られたままだったんだね。いつからそうだったんだろう」
「おそらくは、お姉さまが死んだ日の二日前だと思います。ですが、本人の口から聞きたかったものですね」
「プラティはあんな姿になっても、最後の言葉を遺したのに」
「……待て。あそこ、少し動いてないか?」
カラリアが指差すと、全員の視線がそこに向けられた。
目を凝らさなければわからない程度だが、化物の背中が動いている。
メアリーは即座に近づき、手の甲から伸ばしたブレードをそこに突き刺した。
裂けた肉の間に、人の肌が見える。
腕を突っ込んで引きずり出すと――生身のドゥーガンが現れた。
そのまま持ち上げると、ブチブチという感触がメアリーの手に伝わってくる。
どうやら化物の体内で、何らかの管に繋がれていたらしい。
さらにドゥーガンの下半身は切断されている。
体は冷たく、目も虚ろで、仮に生きていたとしても長くないことは明らかだった。
「ドゥーガン、聞こえますか?」
投げ捨てられた彼に、メアリーは問いかける。
するとドゥーガンはふっと口元に笑みを浮かべた。
「……悪い夢を見た。私の築き上げた国を、私自身の手で壊す夢だ」
「現実だよ、ドゥーガン」
アミも彼に歩み寄り、厳しい言葉を投げつける。
「人の命をゴミのように扱ったから、自分の命もゴミみたいに使い捨てられたんだよ」
「辛辣だな……小娘が」
外見から想像するよりも、ドゥーガンははっきりと喋った。
それは偶然か、はたまた彼を操った何者かが望んだことか。
どちらにしても、メアリーにとっては都合のいいことだった。
「おじさん」
「おお……キューシーか」
「何があったの。どうしてこんなことをしたの!? お願い、教えて!」
「私も……よく覚えていない。もやがかって、私という存在が隅に追いやられて……あの日からだ。ヘンリーと会談した……」
それは、大方の予想通りである。
突然、スラヴァー領を訪れた国王、王妃、そして王子の三人。
彼らがドゥーガンに何らかの魔術を使用し、彼は操られた。
「では、ホムンクルスを戦力として貸し与えたのも、ヘンリー国王だと?」
「誰だ? いや、かすかに覚えている――」
「どうでもいいだろう、早く答えろ」
カラリアは冷たく急かす。
ドゥーガンはふっと苦笑いすると、言葉を続けた。
「ホムンクルス……懐かしい名だな。おそらくは、そうなんだろう。そうか、全ては、十六年前の続きか……」
「やはり、私が生まれたときに――」
「その様子だと、自分がホムンクルスだということは知っているようだな」
「話しなさいドゥーガン。十六年前、何が起きたのか」
彼はわずかに視線を横に向けた。
くすぶる炎。
瓦礫の海。
夢の果て。
視界に飛び込む、“手遅れ”という言葉が何よりも似合う光景。
瞳が虚ろになり、表情が失せ、ドゥーガンは何もかもを諦めたように見えた。
そして語りだす。
「ワールド・デストラクション……それは二十一番目のアルカナ『
十六年前に起きた出来事を、彼の目から見た形で。
◆◆◆
それはドゥーガンにしてみれば、ヘンリーとの小競り合いの一つにすぎなかった。
王国とピューパ・インダストリーが組んで動かすプロジェクトなど数え切れないほど存在する。
そのうち、秘密裏にドゥーガンが妨害し、潰したものは一つや二つでは済まない。
時には盗んだデータを元に、マジョラームが先に研究を終わらせ。
時には研究に必要な資材の値段を釣り上げて、資金をショートさせ頓挫させる。
場合によっては、直接研究者を襲わせることすらあった。
逆に、王国側からスラヴァー側に仕掛けてくることもあり――要するに、“お互い様”がずっと続いていたのだ。
ある日、ドゥーガンが送り込んだ諜報員は『ワールド・デストラクション』なるプロジェクトの情報を盗み出してきた。
だが、よほど漏洩を警戒しているのか、得られた情報は断片的。
ただ一つはっきりしていることは――それはプロジェクト名の通り、『世界を破壊する』研究だということだった。
あまりに突拍子もない中身に、彼は『ダミー情報じゃないか?』と疑ったほどだ。
しかし、その研究は実在した。
発案者は被検体『
幼少期にアルカナ使いの能力を発現させたため、親がピューパに売った――そんな経歴を持つ少女だった。
彼女はピューパの施設で育ち、アルカナ使いとしてだけでなく、魔術研究の分野でも才能を発揮。
幼くして、新たなホムンクルス理論を作り上げたのである。
ヘンリーはその理論に目をつけ、人工アルカナ使い量産計画ワールド・デストラクションを始動した。
研究の最終目標は、最強のアルカナである『世界』を収める“器”を作ること。
そのために様々なパターンでホムンクルスが量産された。
そして十六年前、突然変異的に、これまでのホムンクルスとは姿や形の異なる、圧倒的な魔力許容量を持つ“器”が生まれる。
当初、器には名前が付けられていなかった。
なぜなら
『世界』の器となり、その莫大なエネルギーを使って、世界を破壊する――そのための道具に過ぎなかったのである。
ドゥーガンには理解できなかった。
国の繁栄を望むべき国王が、なぜ世界を破滅に導こうとしているのか。
だがはっきりとしていることは、『世界』には世界を破滅させるだけの力が備わっているということ。
そして器の誕生により、その実現は目前に迫っているということ。
ドゥーガンの野望はまだ道半ば。
こんなところで、世界を滅ぼされるわけにはいかなかったのだ――
◆◆◆
「後の報告によれば、ワールド・デストラクションが実行されるその場にいたのは三人だという」
メアリーたちは黙り込んで、ドゥーガンの話を聞いていた。
二十一番目のアルカナ。
世界滅亡。
そんな言葉が、大真面目に彼の口から語られ、呆気にとられていたのだろう。
「一人は器。そう……メアリー・プルシェリマ、生まれたばかりのお前だ。当然、ヘンリー国王もその場にいた。そしてもうひとり……」
それはメアリーにも予測の付かない空白。
ドゥーガン自身もその存在を重要しているのか、わざわざ少し間を開けて口を開いた。
「『死神』のアルカナ」
「アルカナ……?」
彼の言い回しに、違和感を覚えるメアリー。
「偽りの歴史に隠されてきた、先代のアルカナ使いがそこにいたわけか」
カラリアの言葉に、ドゥーガンは首を振る。
「
「お父様が言っていたことと同じ……」
「そうか、さすがノーテッドだな。その結論に達していたか。やはり、あいつと組んで正解だった」
「この世界を生み出した神自身が、生きていたというんですか」
「報告によれば、な。『死神』と呼ばれた女は、おそらくその身に『世界』を封じていたのだろう」
アルカナを封じる力と、それを操る力――なぜ『死神』にそれが与えられたのか、確かに疑問ではあった。
だが『世界』が世界を滅ぼす力を持つというのなら、それも納得である。
「それをお前に移し、力を発動させるつもりだったんだ」
「……ですが、邪魔が入り実験は失敗した」
「そうだ。刺客は女を殺した。実験中で無防備だったそうでな、その時点で『世界』は失われた……はず、だった」
本来なら、アルカナはその使い手が死んだしばらく後に、新たな継承者を選ぶ。
それから十六年も経過するまで、何も動きはなかったのだ――ドゥーガンも、そしてヘンリーも、その時点で『アルカナは霧散してどこかに消えた』と思ったのかもしれない。
だが実際は違った。
『死神』は器であるメアリーに引き継がれ、そして消えたはずの『世界』は――
「……そうか。全てを支配するあの力は……ヘンリーの手に渡ってしまったのだなぁ」
力なく、敗北を悟ったようにドゥーガンは言った。
すると、その心のあり方を具現するように、体が崩れだす。
腕が溶けて、骨がむき出しになる。
「おお、どうやら私は、メッセンジャーとしての役目を果たせたらしいぞ。『世界』様から死ぬ権利を与えられたようだ」
「ドゥーガン、待ちなさい。まだあなたには聞きたいことがッ!」
「もう話すことなどない。なあメアリー、お前は被害者のような顔をして、私に復讐を果たそうとしているようだが――私とて、お前に息子を殺されたんだぞ?」
まるで呪いを残すように、ドゥーガンは恨み言を垂れ流す。
「こうして、最期に、息子を悼む時間を与えてくれたのは感謝しよう。だが、甘んじて罰を受けるような関係でもなかろう。まあ、別に殺してくれても構わんが――どのみち、妻と息子の元に逝けるのだ。嘆くことなど何もない」
彼のやりきったような顔を見て、メアリーの口が歪んだ。
「は……はは……あははははっ……」
「何がおかしい?」
「家族の元に逝けると思っていることです」
「私だけ地獄に堕ちるとでも?」
「いいえ、あなたは私が食べます。ご存知の通り、『死神』にはアルカナを封じる力がありますが、それだけではありません」
そして彼女は右腕を大きな口に変えて、言い放つ。
「食らった他者の魂を封じる力もある」
ドゥーガンは目を見開いた。
「何だと……?」
「あなたを家族の元には逝かせません。死神の餌となって、永遠に苦しみ続けなさい」
開いた口を、ドゥーガンの体に当てるメアリー。
もちろん魂を封じる力など無い。
だが彼は、今までの冷静さが嘘のように怯えはじめた。
「や、やめろ……その口を近づけるな。やめろっ、このまま死なせてくれぇっ……!」
そもそも、これは彼が引き起こした事態だ。
軍事に力を入れるあまり、キャプティス以外の繁栄をないがしろにして、多くの民を苦しめたり。
愛する息子と言いながら、ロミオに恋人がいることを承知で、メアリーと政略結婚させたり。
アミが言っていた通り――人の命を使ってきたから、今度は自分が使われる側に回ったまでのこと。
「頼む、私から――」
「ようこそ、本当の地獄へ」
「死後の安寧まで、奪わないでくれえぇッ!」
ばくんっ! とドゥーガンの残った体は一呑みにされた。
歯の隙間から血をにじませながら、ぐちゅぐちゅと咀嚼する。
広大なスラヴァー領を支配した男の最期としては、あまりに情けないものだった。
もっとも、彼の人生そのものは、すでにヘンリーと会談した時点で終わっていたとも言えるかもしれないが。
「お姉様……」
流れる血の匂いを感じながら、メアリーは夜空を見上げた。
地上の光が消えたからか、やけに星が綺麗に見える。
そのうちのどれか一つから、フランシスが見ているような気がして――メアリーは手を伸ばし、呟いた。
「次はお父様を殺します。どうか最後まで見守っていてください」
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