044 少女は目覚め、世界終焉の夢を見る




 なおもメアリーと天使の戦闘は続いていた。


 部屋に並んでいた器具やベッドは焼け落ち、壁もその体をなしていない。


 激しい戦闘――否、正確には蹂躙じゅうりんと呼ぶべきその形跡。




「よく避ける。フランシスが『未来さえ見通す』と言われた意味もわかるな」




 焦げた匂いが充満する部屋の中で、血に汚れたメアリーは、天使と向き合いながら肩を上下させていた。


 再生が間に合わない傷も多く、常に全身に焼けたような痛みを感じる。




「だが――避けたところで、だな」


「まだ、やれます」


「これを続けて何をするつもりだ?」




 口元を歪めて笑うと、むき出しの肉が擦れて、くちゅりと音が鳴る。


 表情も、流れた血でピンクに汚れた歯も、何もかもが不快だった。




(こちらの攻撃は当たっているのに。すぐに再生して元通り……どうやったら倒せるんですか、こんな化物!)




 巨大な鎌を両手に握り、背中からは翼にも似た腕を生やすメアリー。


 彼女は、天使の苛烈な攻撃を『スター』の導きで避けながら、何度も斬りつけていた。


 致命傷と呼べる深さにまで達したこともあった。


 だが、一度だって敵は膝をつくことはなかった。


 平然と、痛みどころか、傷すらも無かったかのように、メアリーを超える圧倒的な再生スピードですぐに元通りだ。




「卑怯などと言ってくれるなよ。これは、お前と同じ力だ。現にお前だって、本来ならとっくに死んでいるはずだろう? こちらだって歯がゆいのだよ。ここまでしても、殺しきれないのだから」




 天使の腕がボコッ、と変形する。


 筋のうちの一つが棒のように伸びる。


 彼がその棒を両手で握ると、巨大な赤い刃が伸びて、鎌の形へと変わった。




生者一万人分のミリアドソウル断罪鎌ネメシスサイズ――!」




 繰り出されるは、単純なただの一振り。


 だが、そこから生み出されるのは、万の斬撃。


 ズザザザザッ――とボロボロの床を削りながら、まるで迫る壁のようにメアリーを追い詰める。


 範囲は広く、避けるためには、上か、下か、あるいは左右の壁を破壊して部屋から出るか。


 だがどちらにせよ、“破壊”というプロセスが生じる。それでは回避が間に合わない。


 だから星は光の道を指し示す。


 避けるのではなく――立ち向かう。


 斬撃のわずかな間を、“メアリーなら生き残れる”負傷までは許容して、くぐり抜けるのだ。




「ふっ――はあぁぁぁあああッ!」




 全身を切り刻まれながらも、四肢は健在。


 改めて鎌を作り出し、天使を斬りつける。


 深く切り裂く。


 だが彼は動じず、メアリーの脇腹に素早く蹴りを叩き込んだ。


 響くはズバァンッ、という鼓膜を弾けさせるような強烈な破裂音。


 メアリーは腹部の肉をえぐられながら、高速で崩れかけた壁に衝突――さらに貫通して、廊下の壁に叩きつけられる。




「がっは!? づ、ぐうぅう……ッ!」


「未来予知もこの程度が限界か? 『星』、お前はいつもそうだったな。甘いんだ、考えが」




 瓦礫と血でドレスを汚しながら、うめくメアリー。


 目の前に浮かぶフランシスの姿をした『星』は、申し訳無さそうに言う。




『ごめんメアリー、でも今のが一番安全・・・・なルートだったんだ』


「わかってます。それだけの、力の差があることぐらい……!」




 痛みと、傷が癒える気持ち悪さに耐えながら、メアリーは立ち上がる。




(今のまま戦っても、勝てる保証はありません。変えなければ、戦況を――そのために必要な力は――)




 そのピースを、彼女は知っている。


 だがわずかに考える間すら、相手は与えてくれない。




「考え事とは、大した余裕だな」


「しまっ――!?」




 気づけば天使は目の前にいた。


 手が伸びる。


 その気になれば、頭を握りつぶすことなど造作もない――




「お前たち、全弾撃ち込めぇッ!」


「あたしらの力の見せ所だあぁぁぁあああッ!」




 そのとき、天使めがけて、無数の魔力弾が放たれた。


 最新式の機械鎧パワードスーツを身にまとった者たちが、両腕に魔導銃を抱えて、弾丸の嵐を叩き込む。




「この声――解放戦線の!」


「む……」




 天使が伸ばした手はちぎれ飛ぶ。


 すぐに再生はするが、メアリーが逃げる隙は生じた。


 彼女が離れると、さらに弾幕は密度を増して、激しくなっていく。




「団長、効いてるぜこれ。あの化物が何かは知らねえけど効いてる!」


「そうだな、火力も機能もいたれりつくせり――さすがは最新鋭機だ」


「つか気持ち悪いな、マジで何なんだよあれ!」


「知らんが敵だ、とにかく撃て! 撃てぇっ!」




 階段を塞ぐ隔壁は、機械鎧を接続し、再ハッキングすることで解放した。


 もっとも、解放戦線の面々を、この鎧のある場所まで誘導したのも、実際にそのハッキングを行ったのも、ノーテッドなのだが。


 アミを抱えて部屋から出た医者たちは、彼らの後ろでしゃがみ、耳を塞いでいる。




「再生するとはいえ、この肉体、耐久には難ありだな」




 一方で天使は、なおも弾丸を受けながら、腕の再生を終わらせる。


 そして、鬱陶しそうに目を細めて、鎧を見つめた。




「飛び回る蚊は目障りだ。あちらから潰すか」




 手をのばす。


 腕全体に、大量の魔力が渦巻く。


 魔術発動の準備段階――だがその魔力は、飛来する弾丸を近づくだけで消してしまう。




「団長、なんか……ヤバそうじゃねえか? 全然効かなくなっちまったぞ!」


「俺たちには撃つ以外の事なんてできん! 手を休めるなッ!」




 確かに最新鋭機なだけあって、搭載された魔導銃の威力はかなりのものだ。


 だが、それでもなお、アルカナや天使を上回るものではない。


 それは同時に、その装甲は、天使の攻撃に耐えられないことを意味する。




「やらせませんッ!」




 すると、後方に逃げたかと思われたメアリーが懐に入り込み、鎌でその腕を斬りつけた。




「せっかく距離を取れたというのに、大人しく逃げればよかったものを」




 だがメアリーの魔力をもってしても、切断はできない。


 その刃は、腕に触れる手前で、天使の魔力に止められ震えている。


 彼女は歯を食いしばり、さらに大量の魔力を刃に注ぐ。


 体内の死者が湧き立ち、鎌は一回り巨大化した。




死者千人分のサウザンドコープス……埋葬鎌ベリアルサイズぅっ!」




 手前で止められていた刃は、ついに腕まで到達し、切り落とす。


 だが――なおも、浮かぶ魔力の渦は消えなかった。




「まず――肉体を止めれば魔術も止まるという認識が、間違っている」


「そんなっ!?」


生者一万人分のミリアドソウル断罪砲ネメシスカノン




 無情にも魔術は成立する。


 チャージされた魔力は、光の帯となって団員たちへと放たれた。




(止めないと――でも、止められない、こんなもの触れたら私が死んでしまいますッ! どうしたらいいんんですか、ねえ『星』!)




 メアリーの問いかけに、彼女は穏やかに答えた。




『大丈夫、彼らは死なない』


「え……?」




 触れた人体が蒸発するほどの、常軌を逸した熱線――フロアは白い光に包まれ、視界もホワイトアウトする。


 離れていても感じる、肌を焼くほどの熱気。


 こんなもの、まともに受けて生き残る生物など存在するはずがない。


 全てが見えるようになったときには、死体すら残っていない……はずだった。


 しかし天使やメアリーが見た光景は、想像とまったく違うものであった。




「――馬鹿な。止めた、だと?」




 壁や窓はドロドロに溶けて赤熱していたが、途中でぷつりと途絶えている。


 団員は健在。


 機械鎧も無傷。




「そんな……死んだはずじゃ……」




 そんな彼らの前に立つのは――




「アミちゃんっ!」




 周囲に無数の車輪を浮かべる、病衣姿のアミだった。


 天使の砲撃を止めた車輪たちは、力を失い床に落ち、そして転がり彼女の体内へと戻っていく。




「その車輪――『運命の輪ホイールオブフォーチュン』! 守るべき命を犠牲にしてまで私を止めるというのか、お前たちは!」


「誰だろうと、メアリー様を傷つけるやつは許さないッ! 力を貸して、車輪の神様!」




 アミの両腕、その内側から、新たな車輪が現れる。


 空中に浮かんだそれは、高速で回転しながら天使に襲いかかった。


 

 

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