024 ゾンビとミンチとガトリング

 



 キャプティスで発生した爆発は、フィデリスの屋敷はおろか、周辺の建物まで巻き込んで吹き飛ばした。


 離れた場所でも窓ガラスが割れるなどの被害が発生し、夜の街はにわかに喧騒に包まれつつある。


 それから数分後、今回の“戦いの舞台”を提供した男――フィデリス侯爵は、現場からいくらか離れた別邸で、ソファに座り青ざめた顔をしていた。




「爆弾を使うとは聞いていたが、ここまでとは……後始末はどうするんだ」


「アルカナ使いは、こうでもしないと死なないものです」




 フィデリスの横に立つ胡散臭い男は、サングラスをくいっと上げて、これまた胡散臭い口調でそう言った。




「それに、スラヴァー公爵も許してくださったのでしょう?」


「ああ、むしろメアリーを仕留めたと言ったら褒めてくださったが、しかし……」


「でしたら怯えることはありません。公爵殿下から認められたあなたには、さらなる輝かしい未来が待っているのです!」




 両手を広げて祝福する男。


 だがやはり、フィデリスは喜べないでいた。


 ドゥーガンが遣わせたこの男――おそらくは『魔術師マジシャン』なのだろうが、見た目からして信用できない。


 そもそも、アルカナ使いなんてどこから連れてきたのか。


 ドゥーガンと近い立場にあるフィデリスだからこそ、それを疑問に思う。


 すると部屋の扉がノックされ、そこから召使いが顔を出した。




「フィデリス様、雇われた傭兵の方が来られたようですが」


「傭兵?」


「カラリアと名乗られています。その……メアリー王女の死体を持ってきたと、そうおっしゃっているのですが」




 フィデリスは無言で男の顔を見つめた。


 だが、どうやら男もその言葉に驚いているようだ。




「お、おい、死んだはずじゃなかったのか?」


「彼女は一流の傭兵。生き残るすべを持っていた、と考えるしかありませんね」


「だが、お前が爆弾を仕掛けたと知ったら私まで巻き添えにならないか?」


「ご安心ください、そのために私が付いているのです。それに――ほら」




 男が手をかざすと、部屋の隅に四人のローブ姿の男が現れる。


 今まで身を隠していたらしい。




「こ、これはっ……」


「私だけじゃないのですよ、あなたの護衛は」


「おお、魔術評価5000……一流の魔術師じゃないか。それが君を含めて五人も! これなら安心だ」


「でしょう?」


「おいそこのメイド、カラリアを連れてきて構わんぞ。自分の足でここに来るように言ってこい!」


「承知いたしました」




 カラリアを呼ぶべく、召使いは部屋を出た。


 それからほどなくして、ノックもなしに扉が開く。


 現れたのはもちろんカラリアだ。


 折れた左手には、引っ掛けるようにしてガトリングガンが。


 そして右手には、全身火傷でぐずぐずになったメアリーが掴まれていた。


 カラリアはメアリーの体を、無造作にフィデリスの近くに放り投げる。




「うおおぉっ!?」




 フィデリスはのけぞりながら、そのグロテスクな物体に驚いた。




「依頼の品だ、受け取れ」


「死体までもってこいとは言っておらん!」


「だが死体を確認しないと死んでるかわからないだろう、アルカナ使いなら特にな」




 そう言って、彼をにらみつけるカラリア。




「う……」


「相手がアルカナ使いとは聞いていないぞ、フィデリス。料金は倍だな」


「差額は殿下に請求してくれ!」


「わざわざ言うのは面倒だ。それに、教えなかったのはお前だろう? 払え」


「う……わ、わかった、それは支払う、だからっ……ひいぃっ、こ、この死体をどこかにやれ! 気持ち悪くてかなわん!」


「それは料金に入っているのか?」


「それぐらいやれ! 私は侯爵だぞ!?」


「だったら召使いに頼むんだな」


「ぐっ……お、おい魔術師、これを私の目の届かないところに!」


「かしこまりました」




 サングラスの男が手をかざすと、魔術によりメアリーの体が浮き上がり、ソファの後ろに移される。


 視界から消えただけで、フィデリスはほっと胸をなでおろした。




「ふぅ、野蛮な傭兵め……クソッ、部屋に死体の臭いが染み付いてしまうではないか!」




 悪態をつきながら、彼はテーブルに手をかざす。


 それはネットワークと接続されている端末らしく、彼が画面にタッチしながら処理を終えると、多額の報奨金がカラリアの口座に振り込まれた。




「ほれ、要求通り振り込んでやったぞ。これで気は済んだだろう、早く帰れ!」


「……」


「何を黙っている。私はお前みたいな薄汚い傭兵が嫌いなんだ。まだ留まるようなら、魔術師に殺させてもいいんだぞ?」


「……ああ、済まないな。回復を待っていたんだ」


「回復ゥ?」


「内側を優先的に再生したので、見た目ほどひどくは無いらしいが……あれだけのダメージだと、さすがに再生に時間がかかるらしいからな。まったく、耐えられると言いながらギリギリじゃないか。何で私が心配しなければならないんだ」


「わけがわからないことを……」




 首をかしげるフィデリス。


 彼が腰掛けるソファの背後で、ゆらりと、幽鬼のようにメアリーが立ち上がる。


 火傷していたはずの肌は半分ほど再生し、いつの間にかドレスも纏い、そしてその両手には、巨大な鎌が握られていた。


 彼女は口元に裂けんばかりの笑みを浮かべ、大きく鎌を振りかぶって――




「まずい――あの女を殺しなさいッ!」




 一足先に気づいたサングラスの男が命じると、部屋に待機していた魔術師たちが動く。


 炎、氷、岩、風――様々な属性の魔術がメアリーに迫るが、しかし斬撃のほうがわずかに早い。


 横一閃。殺意が魔術を薙ぎ払う。


 カラリアはタイミングを合わせてしゃがむ。


 防御行動を取れなかった魔術師たちは、




「馬鹿、な……」




 首にうっすらと赤い一本線が浮かぶ。


 直後、ずるり・・・とずれて、胴と頭部が切り離された。


 ゴトリ、と五つの首が床を叩く。


 鮮やかな断面にじわりと血が浮かび、やがてどろりと湧き水のように溢れ、流れ、ローブの襟元を汚した。


 そして力を失った体は、重力に導かれて倒れ込む。


 部屋に満ちる静寂。


 フィデリスの叫び声が響いたのは、彼と、サングラス男の生首の目が合った、その直後だった。




「う、うひっ、うひゃっ、いぎゃぁぁぁぁぁああああああああッ!」


「汚い絶叫ですね」




 失禁しながら、這いずるようにメアリーから距離を取るフィデリス。




「な、ななっ、なぜっ、なんでぇっ、なんでえぇぇぇええっ!?」


「死神があの程度で死ぬとでも?」


「あの爆発なら死ぬ! 普通はっ!」


「だから普通じゃないんです」


「ひっ……カラリア、カラ、カラリアあぁっ! お前、裏切ったなあぁあっ!」


「魔術師の罠にあの爆弾――先に裏切ったのはそっちだろう。まあ、金と命をもらえるんだ、慈悲深く許してやろう」


「頂いたお金は、スラヴァー公爵を殺す資金として有効活用させてもらいますね」


「こ、こ、この外道があぁぁぁああッ!」




 罵倒するフィデリスに、二人はそれぞれ、返事代わりにガトリングの銃口を向ける。




「お前にだけは」


「言われたくありません」




 銃弾の雨が、左右両方からフィデリスに降り注いだ。


 必要ないほど過剰に、オーバーキルが過ぎるほどに、それが誰だかわからなくなるまで、鬱憤を晴らすように弾丸を打ち込む。


 二人が発砲をやめたのはほぼ同時だった。


 メアリーは胸部から生やした獣の頭部で、部屋の死体を捕食しながら、カラリアに尋ねる。




「この怪しい男の人、『魔術師』じゃないんですかね」


「魔術評価は5000程度、低すぎる。それに、調べたところによれば、魔術師の能力は無限回廊だけじゃないそうだ。手札もまだ晒していないのに、こんなに簡単に死ぬとは思えん。今頃、私たちを見ながらどこかで笑ってるんじゃないか」


「アルカナ使いって厄介ですね」


「お前がそれを言うのか」




 えへへ、ととぼけたように笑うメアリー。




「笑っても今の有様じゃかわいくないぞ」


「そんなにひどいです?」


「ゾンビにしか見えん」


「うぅ……そうなんですか」




 落ち込む彼女に、カラリアは言った。




「ありがとう」


「……え?」


「失敗したら末代まで祟るところだったが、お前は私を守って生き残った。少し、救われた気分になったよ」


「ふふ、体を張った甲斐がありました」


「やはり痛いのか?」


「痛覚は人並みですよ。痛いし熱いし、もう二度とやりたくありません」




 そう言って口を尖らせるメアリーを見て、カラリアは頬を緩ませた。




 ◇◇◇




 それからしばらくして、ドゥーガンの隠れ家をプラティが訪れていた。




「殿下、大変です! キャプティスにて大規模な爆発事故が発生、その後、フィデリス侯爵が行方不明になったと――」




 彼女は焦った様子で、優雅に本のページをめくるドゥーガンに報告する。


 だがその視線は、すぐに彼に寄りかかるように立つ、謎の人物に向けられた。


 全身をローブで隠した、獣のような仮面を被った小柄な――おそらくは、少女。


 見慣れない存在が、まるで友達のように、公爵の近くに立っている。




「……殿下、その方は」


「気にするな」


「で、ですが……」


「主が気にするなって言ってるんだからさあ、気にしないのが従者の役目ってもんじゃないの? あーむっ」




 少女はドゥーガンの前にあるテーブル、そこに置かれたフルーツを手に取り、仮面の下から口に含む。


 許しがたい不遜な態度だが、ドゥーガンが許可している以上、プラティには何も言えなかった。




「く……殿下、それでフィデリス侯爵のことですが」


「残念だったな」


「はい。おそらくはメアリー・プルシェリマの手によるものかと」


「そんなこともうドゥーガンは知ってるよ。あとカラリアも生き残ったんだってね」


「カラリア……? 誰ですかそれは」


「知らない? あぁ、そっか、仕方ないよね。雇ったのは実質あたしらだし。うんうん、仕方ない仕方ない。でもさあ、あのクズ女が育てたアルファタイプらしいから、あたしとしては死んでほしかったんだけどなぁ。無駄に頑丈だよね、あのメイドコスプレ女」


「意味のわからないことを、ぺちゃくちゃと!」


「やだー、こわーい。ご主人さま取られちゃって嫉妬してる? そうだよね、ドゥーガンの命令を無視してここに会いに来ちゃうぐらいだもんね。ごめんねー、でも悪いのはあたしじゃないからさあ」


「あなたは……ッ!」




 明らかに憎悪をもって、少女をにらみつけるプラティ。


 だが少女はそれすら楽しむように、ケラケラと笑うばかりだ。


 するとドゥーガンが、そんなプラティを諌める。




「プラティ、彼女は客人だ。丁重にもてなせ」


「……承知いたしました」


「やーいやーい怒られてやんのー」


「ふうぅ……」


「う、うわ、怖ぁ。ごめんごめん、ふざけすぎた。一蓮托生の仲間だもんね、仲良くしないと」


「でしたら、名前ぐらい教えてくださってもよろしいのではないですか」




 ドスの利いた声でプラティにそう言われ、少女は快く答えた。




「いいよ。あたしはディジー。『魔術師』のアルカナ使いで――」




 冗談めいて茶化すわけでもなく、




「メアリーの、血の繋がった姉さ」




 はっきりと、そう言い切って。



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