第33話 真の目的

 突然やって来た領主の娘を名乗る銀髪の女性。その女性に婚姻を求められた俺は、何とか土地神としての威厳を保ちつつ、彼女の願いを拒否しようと試みる。


「そ、その願いは叶えられぬ!神と人間が婚姻を結ぶなど、あってはならぬ話だ!」

「そうですか……それでは仕方がありません。別の願いであれば宜しいでしょうか?」

「うむ!さぁ言ってみるがよい!」


 残念そうに俯きながらも、直ぐに切り替えたように笑顔になるハイネさん。再びお願いされた俺は、少し不安を覚えながらも、力強く頷いて見せる。


 するとハイネさんはとても嬉しそうに微笑みながら、とんでもない言葉を口にした。


「有難うございます!ではナオキ様!貴方のお力で、私の父を殺してはくれませんか!?」

「……は?」


 俺は自分の耳を疑った。目の前で満面の笑みを浮かべている女性が、自分の父親を殺してほしいと言ったように聞こえたのだ。


 そんなことある筈がないと傍に立っていたフレデリカさんの方へ顔を向ける。だが俺と同じ言葉を耳にしたはずのフレデリカさんは、ハイネさんが俺に婚姻を申し出た時とは違い、安堵の表情を浮かべていた。


 今起きている現象が理解できないでいる俺に対し、ハイネさんがキョトンとした顔で話しかけてきた。


「ナオキ様、いかがなされました?もしかして聞こえませんでしたでしょうか?」

「いや……しっかり聞こえていた」

「そうでしたか!では早速ですが、私の父であるバッカス・トーレを殺してくださいませ!」


 笑みを崩すことなく、淡々とそう告げるハイネさん。その瞬間、全身の産毛が逆立った。この人はヤバい。この世界で出会ったどの人よりも、異常な人間だと俺の直感が言っている。


「我は土地神であってだな、人間の生命を奪う事は出来ぬのだ。すまぬ」

「そうでしたか。それは非常に残念ですが、まぁ仕方ありませんね」


 俺がやんわりと父親殺害の願いを断ると、ハイネさんは本当に残念そうにため息を零した。フレデリカさんも同じように顔を暗くして見せる。身内にこんな表情を刺せる領主も相当な奴なのだろう。


「でしたら私が直接殺しますので、確実に殺害できる毒草を頂けませんか?出来れば無味無臭ですと有り難いのですが」

「そ、それも難しいな。我が直接手を下してはいないとはいえ、殺害に関与してしまうとなると、我が神の裁きを受けることになってしまう」

「そうですか。では──」


 父親の殺害を諦めていないのか、あの手この手と変えて俺に願いを述べるハイネさん。だが俺も、何が何でも彼女の願いを叶えることは出来なかった。直接だろうが間接だろうが、人を殺めるという行為に関わってしまったら、もう元の世界へは戻れない気がしたから。


「はぁぁー……何なんですかもう!!どうしたら父を殺してくれるんですか!!」

「だから何度も言ってるだろうが!!俺は人殺しなんかに関わる気はねぇって!!」


 押し問答を続けること約一時間。俺は土地神を演じることも忘れて、ハイネさんにブチギレていた。殺しに関わることは出来ないと言っているのに、彼女の耳には届いていないようだ。


「どうしてですか!私の父は私腹を肥やすためだけに、民を犠牲にする最低な人間なのですよ!民の生活を危ぶませている、張本人です!!どうして殺してくれないのですか!!」

「それは何となく分かったよ!!けど、だからって殺すことは無いだろ!?ルキアス村の件を君が何とかしたように、君が新しい領主になれば良いじゃないか!」

「それが出来ないからお願いしているんじゃないですか!!父が存命している限り、私が領主を継ぐことは出来ないんです!!」


 ハイネさんは息を荒げ、怒りを堪えることが出来ず唇を噛み締めていた。その怒りの矛先は、彼女の父親であり、願いを叶えてくれない俺でもあり、そして何もすることの出来ない彼女自身へ向けられたものだった。


彼女が領主になれば、きっとトルネア領の将来は安泰だろう。だがそのためには彼女の父親を排除しなければならない。


「君の父親が領主で居られなくすれば良いんだろ?だったら父親の不正を明るみにして、偉い人達に裁いて貰えば良いじゃないか!」

「そんなことが出来たらとっくにしています!私が不正の証拠を掴んでも、父の力で揉み消されるだけ!私の力ではもう……お母様の愛したトルネアの地を、守ることも出来ないんです」


 両目から大粒の涙を流し、それでもなお俺の目を真っ直ぐに見つめるハイネさん。俺の浅はかな考えなど、彼女が考えられないわけがない。愛する家族のために、家族を討つ。彼女がどれ程悩んだ末に、この決断に至ったのか。それは到底理解できるものでは無いだろう。


 だからと言って、やはり領主を殺すことは出来ない。彼女のためにも、彼女の母親のためにも。土地神としてどうにかしてやらなければ。でも一体どうすれば良いんだ。


 俺にもっと力があれば何か手伝えたのに。こんなにも苦しんでいる女性が居るのに、神としてただそこに立っている事しか出来ないなんて。


「……神として、そこに立っている事しか出来ない?」


 自問自答を繰り返し、その言葉が妙に頭の隅に引っかかった。


「ハイネさん。もしも領主が大勢の目の前で重罪を犯したとしたら、それはもう言い逃れは出来ないよな?」

「グスッ……そんなことが出来れば、流石の父上でも言い逃れは出来ません。ですがそんな愚かな真似を、あの父上がするはずないでしょう」


 涙をぬぐいながら、首を横に振って俺の提案を否定するハイネさん。長年傍に居た彼女だからこそ、自分の父がどれだけ狡猾な人間であるかを知っているのだろう。


 だがハイネさんの父親は、ただ狡猾なだけではない。話を聞いている限り、自己顕示欲の塊で自分の思い通りにならない存在は、許せない性格だろう。俺の考えが正しければ、もう一度俺の元へ領主の使いがやってくるはずだ。

 

「一つ確認したいんだけど、この前俺が領主の使いを追い払った件について、君のお父さん怒ったりしてた?もう一度使いを送ろうとしたりとかしてないか?」

「かなり怒っているようでした。ナオキ様の事を『邪神』と決めつけ、この村を襲う計画まで立てていましたからね。……それを伝えに来たのですが、失念しておりました」


 申し訳なさそうにつぶやくハイネさん。だが俺にとっては千載一遇のチャンス。俺の頭の中に次々と計画の詳細が浮かび上がっていく。そのあまりの出来の良さに、思わず笑みをこぼすほど、素晴らしい計画が出来上がった。


「ふふふふはははは!!完璧な作戦を思いついてしまったぞ!!ハイネさん!」

「は、はい!」

「俺に全て任せてくれ!絶対に貴方をトルネアの領主にしてみせよう!」


 不敵な笑みを浮かべる俺を、ポカーンと口を開けたまま見つめるハイネさんとフレデリカさん。だがこの数日後、彼女達は俺の真の実力を思い知ることとなるのだ。

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