第25話 土地神としての威厳
「本当に居たんだって!!俺よりも大きな蜘蛛が!!」
フレイ達と合流した俺は、彼女の膝にしがみついて必死に訴えかける。いくら農業に携わり、虫と共存してきたといえど、巨大な蜘蛛に対する恐怖で俺は涙を流していた。
そんな俺の姿を見ても、怪訝な表情で顔を見合わせる『戦乙女』の4人。
「嘘くさいですねー!もしかして、フレイ達を脅かそうとしてませんか!?」
「してない、してない!!俺の体を見ろよ!!震えが止まらなくて脂汗かきまくって、その上、女の子にしがみついてるんだぞ!」
自分の状況を事細かに伝えるのは恥ずかしくて死にそうだが、今の俺はそれよりも恐怖の方が勝っていた。4人の力を借りて、今すぐにでもシズクちゃんの元へ行かなければ、シズクちゃんが死んでしまうかもしれない。
涙を流しながら訴え続ける俺に対し、今度はルーシーさんがにやにやと笑いながら近づいてきた。そのまま隣へしゃがみ込み、俺にだけ聞こえるような声で囁く。
「ただフレイに触りたいだけじゃねぇのか?怖いんだったら、うちの背中掴んどけばいいのによ!」
「良いんですか!?すいません、お願いします!!」
俺は言われた通りルーシーさんの背後へと回り込み、彼女の背中をしっかりと掴んだ。まさか本当にやられるとは思っていなかったのか、ルーシーさんは頬を驚いて俺の手を払いのけた。
「お、おい!恥ずかしいからやめろって!!」
「なんでですか!!ルーシーさんが自分の後ろに居ろって言ってくれたのに!!」
「そうだけどよ……」
言葉を詰まらせて顔をそむけてしまったルーシーさん。俺は再び彼女の背中をぐっと掴み、男としての尊厳と引き換えに、安全を手に入れた。
「貴方の話が本当だとして、シズクはどうしたのですか?一緒に逃げてきたのではないのですか?」
「それが、突然の事で気が動転してて、気づいた時にはシズクが「うぉ!」って叫んだ後だったんだ。もしかしたら、もう……」
突然のことで本当に何もできなかった。もしほんの少しでも俺に勇気と根性があれば、シズクちゃんを担いで逃げられたはずなのに。
ミリアさんはそんな情けない俺に対しても呆れた様子を見せることなく、シズクちゃんが居るであろう方向に目線を送る。
「可能性は低いでしょうが、生きているかもしれません!ナオキさんと同じ土地神であれば、蜘蛛の攻撃なんて効かないはずですから!」
「そ、そうですね!!今すぐ迎えに行きましょう!!」
ミリアさんに言われて、俺はあの日の出来事が頭をよぎる。そういえば、俺はボブゴブリンの拳を受けても1mmも痛みを感じなかった。これが土地神としての力であれば、シズクちゃんも助かるはず。
俺たちは急いでシズクちゃんのもとへと走っていった。きっと大丈夫。そう願った先に広がっていた光景はあまりにも残酷なものだった。
「シ、シズク……」
彼女の名を呼ぶが返事はない。
上半身が蜘蛛の口の中におさまっているのだから当然だろう。身動き一つしない彼女の姿を見て、俺は動くことが出来なかった。俺のせいで、シズクちゃんは食べられてしまった。
途方に暮れる俺の隣でエイリスさんが叫ぶ。
「しっかりしてください!貴方の治療があれば、まだ間に合うはずです!」
「エイリス!うちと一緒に蜘蛛の口をこじ開けるぞ!!フレイは背後から魔法をぶっ放せ!!」
「「了解!!」」
流石冒険者だというべきだろうか。この状況でも動揺を見せず、最善の行動をするべく武器を握りしめていた。
俺も彼女達がシズクちゃんの身体を取り戻した時のために、治療スキルを即発動できるように身構える。そしてエイリスさんとルーシーさんが蜘蛛に向かって走り始めた瞬間──
「ぷはぁーー!まったく、こいつめー!たった数日会えなかっただけじゃのに、寂しがりおってー!このこのこのー!!」
「チルルルルー!!」
五体満足の姿で蜘蛛の口から現れたシズクちゃんは、そのまま蜘蛛の頭をわしゃわしゃと撫でまわし始めた。それが嬉しくてたまらないのか、蜘蛛も変な鳴き声を上げながら足をばたつかせている。
理解不能の光景に俺達は全員その場で呆然と見つめる事しかできなかった。その間も蜘蛛と戯れ続けるシズクちゃん。程なくしてやっと満たされたのか、後ろに振り向いたシズクちゃんが俺達を見つけた。
「お、なんじゃお主たち!もう帰ってきたのか!?」
なんともない感じで俺達の方に近寄ってくるシズクちゃん。その後ろからゆっくりと6本の足がこちらに歩み寄ってくる。
「あ、あのシズクちゃん?その蜘蛛は一体なんなのでしょうか?」
「こやつか?こやつはワシの『使い魔』でチルチルじゃ!『神殿』に居た筈なのじゃが、ワシと一緒にはじき出されたようで、ワシを追ってここまで来たみたいじゃの!」
そう言ってシズクちゃんは蜘蛛の頭をさする。ルーシーさんが蜘蛛に拳を向けながら、シズクちゃんに問いかける。
「念のために聞いとくけど、うちらに攻撃とかしてこねぇよな?」
「当然じゃろ!ワシの可愛いチルチルはそんなことせん!なぁチルチル!」
「チルルルル!!」
蜘蛛は変な鳴き声で返事をすると、ルーシーさんに向かって1本の足を差し出した。一人と一匹がゆっくりと握手を交わし、ようやく俺達は安どの域をこぼすことが出来た。
「はぁーーーーびっくりしたぁ!シズクちゃんが食べられたかと思ったぜ!無事で良かった!」
「真っ先に逃げた癖に、何言ってるんですか貴方は。女性を見捨てて逃げるなんて、恥を知りなさい。それが男の──」
ずっと我慢していたのか、エイリスさんが俺に剣先を突き付けながらグチグチと文句をつぶやき始める。俺はその口撃から逃れるために、蜘蛛を撫で回しているシズクちゃんに話しかけた。
「な、なぁシズクちゃん!その『使い魔』ってのはスキルなのか!?俺もシズクちゃんみたいに『使い魔』が欲しいんだけど!」
「スキルではないぞ!信仰ポイントを使って、自分との関わりが深い種族を『使い魔』として召喚するのじゃ!お主なら直ぐに召喚出来るじゃろう!」
エイリスさんから逃げるために適当な質問をしてみただけだったのが、予想外の返答に思わずシズクちゃんの顔を二度見する。
俺にも『使い魔』を召喚できるだって!?その言葉が俺の男心をくすぐったのは言うまでもないだろう。
「え、マジで俺にも出来るのか!?やり方教えてくれよ!」
「良いじゃろう!丁度このくらいの広さがあれば十分じゃな!」
シズクちゃんはそう言って、その辺に落ちていた木の枝を手に取り、地面に絵を描き始めた。漫画で出てくるような魔法陣みたいな模様の絵だ。
「まずはこの陣の淵に立ち、信仰ポイントを捧げるのじゃ!そうしたら、『使い魔召喚』と叫ぶ!これでお主の使い魔が現れるはずじゃ!」
「よっし!やってやるぜ!!」
俺は言われた通り、陣の淵に立つ。信仰ポイントを捧げるやり方は分からなかったが、何となく頭の中で、今ある信仰ポイントのうち、半分を差し出すイメージを浮かべる。
俺と関係が深い種族と言えば、人間かもしくは昔飼っていた犬だろう。それか子供のころ捕まえて買っていたカブトムシとかか?
十分にイメージを膨らませた俺は、胸に期待を膨らませながら叫んだ。
「使い魔召喚!!」
その瞬間、地面に描かれた陣がキラキラと光り始める。そして陣の中央部分に巨大な動物が姿を現した。
「ミルルルル!!」
その動物が鳴き声を上げた時、女性陣から悲鳴に似たような声が上がった。
蛇のように細長い胴体。特徴的な肌の色。ちょうど下ネタを覚え始めた小学生が「チ〇コおるぞ!!」って呼ぶあれだ。
「……ミミズじゃねぇか!!」
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