11 最強の盾と、魔力交換

 話し合いの結果、マーリカの野放しはあまりに危険すぎるということで、キラと一緒の時に限って魔具を作成出来ることになった。


 だが、魔具作成に取り掛かる前に、絶対に決めておかねばいけないことがある。安全確保の方法だ。


 また城内で爆発されたら、今度こそ城が壊れるかもしれない。この城には領民全員が住んでいて、ここを失えば全員が路頭に迷う。修繕費用だって馬鹿高い金額になるだろう。となると、城は絶対に壊す訳にはいかない。


 ということで、キラが作業場を覆う防御魔法を掛けることになった。この防御壁内で作業を行なえば、万が一爆発が起きても城が爆破される心配はなくなる。


 次に考えないとならないのが、防御壁内部で作業することになるマーリカとキラの安全確保だった。前回の爆発の威力を見れば、魔法がパンパンに詰まった核が如何に危険かは領民の子供だって分かる。「マーリカ様、爆発してバラバラになっちゃったら嫌だよ」と前回鎧を運ぶのを手伝わされた男の子は、マーリカに縋り付いて泣き真似をした。マーリカは絆されやすいので、「必ずや生きて帰るから!」と明後日な返答をしながら抱き締め返す。


 マーリカが嫌がらないのをいいことに、男の子は離れない。そんな男の子をキラがベリッと引き剥がしたのを見た領民が、ニヤニヤした。だが、キラの鋭く且つ冷たい目線に射抜かれ、さっと視線を逸す。


 何となくキラが苛ついているなとは思ったが原因がさっぱり分からないマーリカは、さっさと話をしようと急かされていると考えた。ならば、と得意の腕組みをすると、マーリカはさも重大事項だと言う様に唸る。


「鎧は重かったのよね」

「あんなゴツい鎧を着て作業しようなんてよく思いましたね」

「自分が扱える範囲の物でないと駄目だと学べたわ」

「それ魔法も一緒ですけどね」


 キラはともかく、マーリカに兵士が使う鎧は重すぎる。爆風を前面で受けたら、どうやったって踏み留まれない。するとまた地面にひっくり返って後頭部にコブを作るのが目に見えていたので、キラは早々に却下した。


「鎧はなしです」

「兜は?」

「兜でコブ作ったでしょ」


 何か他に代わる物がないか。二人が額を寄せ合い唸っていたところ、商魂逞しい領民のひとり、スティーブがとある盾を「試作品です」と言って持ってきた。ちなみにスティーブは、魔魚の目玉に最初に挑戦したハンナの夫である。


 生活に便利な道具を制作しては売っていた所謂道具屋だったが、店が水没してしまい手が寂しかったらしい。現時点で使用用途がなかった魔魚の鱗をその辺に流れていた木板に貼り付け、なんと盾を作ってしまった。


 魔魚の鱗は七色に輝くので非常に派手だ。スティーブも装飾用のつもりで作ったのだが、試しに盾を短剣で突き刺そうとしてみたところ、短剣の刃が欠けてしまった。


 この魔魚の鱗は、固すぎて砕いて捨てることも難しかった為、かなり邪魔扱いされていた。だが、これで一気に使用用途が増えた。鎧や兜などの防具にだって転用できる。派手なので目立つだろうが。


 キリで穴を開けられる柔らかい箇所が一点だけあったので、縫い付ければ外套にだって使える。しかも軽い。ものすごい可能性を秘めた材料に、スティーブは「色んな試作品を作ってみます!」と興奮気味に語ると、次の試作品を作りに走り戻った。


 ムーンシュタイナー領に現存する中では恐らく最強の盾を入手した二人は、いよいよ魔具作りに移る。


 ここからは、ひたすら試行錯誤の日々が始まった。その間、主にマーリカが何度か爆発させ、避けきれなかった爆風を受けマーリカの赤味がかった金髪は幾度もチリチリになった。


 その度にキラが、「だからチリチリにさせちゃ駄目でしょうが……っ」とぶつくさ言いながらマーリカの髪の毛を熱魔法で直す。


 ただ、あまりにも愚痴が多い為、「あの、私が自分で……」と言いかけたところ、「……は? は?」と重ねて言われたので、それ以上言うのは控えた。


 髪の毛を伸ばす作業は、キラにとってはただの作業かもしれないが、マーリカにとっては違った。ドッキドキな時間なのである。


 そもそも普通の令嬢は、男性に髪の毛を触らせることなんてない。なのにキラは当たり前の様に触れ、あまつさえこれは自分の仕事だとばかりに頑なに綺麗にし続けた。キラはなんだかんだで中途半端に出来ない質なので、自分の主人の髪の毛がチリチリなんてあり得ないんだろう、とマーリカは思っている。


 だけどやっぱりどうしても特別な時間に思えてしまった。なので「爆発も案外悪くない」なんて考えて少し笑ってしまい、キラに訝しげな目で見られて咳払いで誤魔化したマーリカだった。


 爆発が十回を超えたあたりで、キラはマーリカに作業をさせては駄目だという結論に達した。本人がやる気の塊だったので、「もう一度だけ機会を頂戴!」と涙目でマーリカに懇願された結果十回まで伸びたが、もう限界にきていた。キラにしては我慢した方だろう。


 ちなみに、キラは魔具作成の経験があるという言葉通り、最初から成功させていた。だが、残念ながらキラの魔力量は並程度。数をこなす前に軽い魔力切れを起こしてしまうと、防御魔法が解けてしまった。そんなキラの傍らには、魔力をふんだんに余らせたマーリカ。


 キラは感情の読めない横目でマーリカを見ると、ボソリと呟いた。


「魔力交換……」

「魔力交換?」

「勉強したでしょ?」

「……ええと」


 キラは深く長い溜息を吐いた後、マーリカに説明を始めた。


「魔力は交換が出来ます。ちかしい者や魔力の相性がいい者同士であれば、手を繋ぐだけでも交換が可能です」

「そうでない場合は?」


 マーリカがこてんと首を傾げる。キラが、若干言いづらそうに続けた。


「……そうでない場合は、口づけなどによる唾液交換、相手の血を飲む、またはそれ以上のことを行えば交換が可能です」

「なるほど。それ以上……?」

「最後のは忘れましょうか、いや、忘れましょ」


 若干焦った表情でキラが見てきたので、マーリカは何となくそっかなー? という考えはあったものの、恥ずかしいので流すことにした。凛々しく顔を上げると、キラに向かって手を伸ばす。


「じゃあ、早速手を繋いでみましょう!」

「……はい」


 キラはクスッと笑うと、恭しくマーリカの華奢な手を取った。互いに暫く見つめ合った後、同時に首を傾げる。


「微妙に回復出来ている、ような……?」

「チョロチョロッと何か流れていく、ような……?」


 全く交換出来ていない訳ではない。ということは、相性自体は悪くはない筈、というのがキラの見解だった。


 そして、もっともな意見をキラが述べる。


「よく考えてみたら、そもそも手を繋ぎながらだと魔具作りながら盾を構えられないですよね」

「それはそうね」


 二人して「うーん」と考えた後、キラが「あ」と呟いた。


「え? 何かいい考えがあるの?」


 マーリカが期待に満ちた目でキラを見上げると、キラは意地悪そうににやりと笑ったのだった。

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