第31話 双剣の盾
青白い闘気をまとう姿は、東の剣豪や英雄との呼び名に相応しいものだった。
張り詰めた空気が、一回り以上その身体を大きく見せている。
吊り橋の前に男は立ち、向かってくる大量の魔物の群れに剣をふる。
軽い調子だったのに、それだけで何十体もの魔物の身が砕けて霧散した。
刃から放たれた剣圧だけで、恐るべき破壊力である。
すごい、とオルランドは純粋に感動していた。
ミレーヌが語っていたスットコドッコイな話は、脳内からすべて消去していた。
遠目に見るガラルドの姿は、英雄の呼び名に相応しいから当然である。
砦の前に立ちふさがっている姿は武神さながらだ。
双剣の盾と呼ばれるようになった逸話も思い出した。
生きた英雄伝は、人の記憶にも鮮やかである。
確かその時、ガラルドは十五歳だったはずだ。
仮成人前の若造で、まだ駆け出しだった。
それでも突出した才覚から、次期奥義継承者だと指名を受けたばかりの頃だ。
カナルディア国に攻め入るヴィゼラル軍を、辺境の町の手前でうち払った事がある。
王都カナルに全ての護りを集める動きがあり、東流派にも王都民の暮らしを守ってほしいと協力要請があった。
その時、国王からの協力依頼を承諾しながらも、王都ばかりが人の暮らす場所ではないと答えている。
本来ならば退魔の技であるがと前置きして、東流派の次の長として言い放った。
「国や王を護るのは騎士の役目。我は人を護る。この命が続く限り、双剣の盾となろう」
そして、単身。
辺境へと馳せ参じたのだ。
一国を攻めようとする巨大な軍を前にしても、双剣を手に不遜に笑っただけだという。
結果は言うまでもない。
一騎当千。
本当に小さな町だったが、商家や下街の者まですべてを無傷で護りきった。
壊滅した敵軍ではあるが、どういった技を使ったのか、死者そのものは少なかったという。
異例の動きを見せたとしても、流派はあくまでも魔を滅する技なのだ。
なので、敗走するヴィゼラル軍の追討要請が来たときには、涼しい顔で断っている。
「俺は盾だ。去る者は追わん」
国王を相手に短く告げると、仮成人前の若造がといきりたつ貴族もいた。
しかし、ガラルドと眼差しを合わせただけで、王制を営む貴族は口をつぐむ。
それだけの威厳がすでに備わっていた。
賢王と名高いジャスティは、ただ笑ったという。
「ならば、貴公こそ英雄に相応しい。双剣の盾は世界の至宝となろう」
その時から英雄として讃えられ、双剣の盾と呼ばれるようになった。
東の剣豪とは、戦った異国の兵士たちがささやき広めた名前である。
神獣や神々の名を模すのではない。
剣豪、そのままの強さだったと。
この逸話は戯曲や芝居にもなっているので、そのくだりは実に有名だった。
年齢や性別に関係なく、英雄戯曲の中にいるガラルドには憧れを抱いて当然なのだ。
もちろん、オルランドもその一人だった。
その力や姿を近くで見たいからこそ、こんな手の込んだ誘拐を企てたのだ。
剣豪の技を近くで見たいけれど、捕まるのはごめんだったから、あれこれと知恵を巡らせた。
そのかいがあるぐらい、ガラルドの戦う姿は勇猛だった。
もっとも。
英雄戯曲と現実には、天と地よりも大きな隔たりがある。
これを作った奴はアホか、とガラルド本人があきれるほどの差だ。
辺境へと一人出向いたのも、騎士や将軍のように作戦だの名誉だのにこだわる、四角四面の面倒な者と動きたくないだけだった。
戴冠を済ませたばかりのジャスティ王は友人だったが、何千もの騎士や警備兵が囲んでいるのだからほっとけばいいと簡単に判断した。
それに。
単身なら単純明快。
目の前にいるのは全て敵なので、せん滅するのに考えずにすむ。
味方が混じっていては、ガラルドの持つ力は破壊力が大きすぎるのだ。
気をつけなくては自軍まで壊滅してしまう。
混戦した中でチマチマと単騎づつ倒すような手加減をするのは面倒くさい。
まぁ、王がいなくなって滅びるような国は大した国家ではないし、街や営みを作るのは暮らしている人なのだ。
人さえいれば、王や国など必要ない。
当たり前にそんなことをガラルドは公言している。
それに大きな声で言えない事情としては、侵攻のあった辺境地は遺跡も多く、厄介な魔物の封印もいくつかあるので、国のために次期長が動いたわけではなく、流派の秘密事情としての意味合いが強かったりする。
封印事情なんて機密事項を知るのは、それこそ世界の要に選ばれた者だけなのだが。
危ない魔物がその辺の遺跡に封じられていますよなんて、厄介な事情は口が裂けても言えない。
王様の依頼で自国を守りましたなら、一応、世間への言い訳も立つ。
だから、頼むから他の場所では口を開くなと周りの者たちがとりなしている。
双剣の盾や東の剣豪の名は、ひとり歩きしていても、形のある希望と等しいのだ。
生きた伝説の姿を保つ。
それが、英雄としての役割でもある。
一般人の夢や羨望を壊してはいけないのだ。
不承不承ながらも納得しているからこそ、ガラルドの英雄伝は成り立っていた。
世間一般の人は、戯曲のガラルドの姿がそのままの彼だと信じていた。
異国に暮らす者ならなおさらである。
オルランドも憧れていて、例外ではなかった。
それに、戦うガラルドは英雄らしいのだ。
直接、触れた刃だけではない。
大半の魔物に、ガラルドの剣そのものは触れてもいない。
それなのに気持ちよいぐらい、バッサバッサと軽快に切り捨てている。
正面から迎えた大地を駆ける魔物だけではない。
空をゆくモノとてガラルドから逃れられなかった。
低く構えた位置から跳ね上がった剣筋が、疾風のように空を行く魔鳥まで切り刻んでいる。
目に見えない疾風の刃。
アレが奥義技だとオルランドは目を輝かせた。
やっと見ることができた。
流派が脈々と受け継いできた退魔の業である。
厳しい決まりがあるので、道場に入門するか師範につかないと奥義は見せてもらえない。
だから、本格的なやり方を間近で見るのは初めてだった。
双剣を持つガラルドは無敵である。
切り裂く風を巻き起こし、気合だけで魔物の攻撃を撥ね返し、武将神が降臨したようだ。
実は腹いせで暴れているのだが、オルランドには内情まで思いいたらなかった。
なんとガラルドは、俺たちの作戦に従えないなら来るなと隊員からボコボコにされたあげく、全て片付くまでは砦への出入り禁止を言い渡されている。
異流派も巻き込んで討伐隊を結成するぞと本気の威嚇に、現在、立腹中である。
かといって、逆らったら本気でサラディン国の妖怪婆まで呼び出しそうな勢いだったので、不承不承に言いつけに従うしかなかった。
国主の仕事をおっぽってでも登場しそうな喰えない婆だが、貸しを作ったとばかりに後日厄介事を持ちこまれるなんてごめんだ。
神殿トップの妖怪婆が面倒くさがって丸投げする案件など、想像するだけでやっていられない。
実に不機嫌極まりない状況なのである。
そんなガラルドの目の前に、鬱憤をぶつけるのにちょうどいい魔物の群れ。
八つ当たり イコール いつもの数倍の破壊力。
本気のガラルドは破壊神と等しい。
ほとんど一方的に魔物の群れをせん滅していた。
そんな内情は見ているだけではわからない。
オルランドはただひたすら、格好良いとかすごいとかほれぼれすると、興奮し感嘆するばかりだ。
剣豪はたった一人で要塞に向かってくる大量の魔物を、剣豪は引き受けて片づける気なんだと感激すらしている。
すでに中に入っているモノは追わず、仲間に任せる決断力もすごいと思っていた。
目をキラキラさせてガラルドの奮闘ぶりを、頬を紅潮させて興奮しながら観察する。
どこまで自分の強さに自信があるのだろう?
技のタイミングや方法も、ジイッと観察する。
手首の返しやタイミングを盗みとろうと、詳細まで目に焼きつけた。
見たものを模倣するのは得意なのだ。双剣を使わずとも技の要素を覚えて損はない。
ガラルドは惜しむことなく多種多様な奥義技を間断なく繰り出し、魔物を討ちまくっているから、本当にいい物を見せ続けてくれる。
しかし、ふと気付く。
すでに七割ほどの魔物が狩られて、その姿を消していた。
そろそろ潮時だ。
オルランドは身を翻した。
調子に乗って長居をしていたら、全てを片づけた双剣持ちに犯罪者として捕獲されてしまう。
見つからないうちに逃走しなくては。
屋根の上を走り、ひょいと適当な窓から要塞の中に入った。
裏の崖から逃走しようと階段を駆け降りたところで、うわっと声を上げて床に転がった。
頭の上を風の刃がすぎる。
もし転がらなかったら、胴で真っ二つだった。
それでも、殺気はこもっていなかった。
これほど鋭利な刃は初めてだが、気配も殺気もない刃なんて……知らず言葉を失う。
背筋を冷や汗が流れた。
オルランドは腰から剣を抜き、膝をついて前を見る。
闇にその輪郭を浮き上がらせながら。
暗い廊下の果てに。
男が一人、立っていた。
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