第21話 鉄壁のゴレイロ
本日8月18日は静岡リーグ第5戦、磐田ブロッカーズとの試合の日である。黄色のユニフォームが剛胆なこのチームはとにかく大きい選手が多く、中でもキャプテンの硯(すずり) 堅悟(けんご)は銀色のモヒカンが目立っていてとても厳つかった。
消極的でベジタリアンばかりのこのチームには、几帳面で神経質な選手が多い。フットサルチームでは珍しくアップでドッヂボールをやっており、紳士的なプレーヤーたちは、観戦に来た妻子をベンチに座らせ、控えの選手たちは立ち見であった。試合開始を目前に控え、硯が選手たちに発破を掛ける。
「俺たちのチームワークを見せてやろうぜ。B型が自己中なんて絶対に言わせねえ。
全員B型のチームでも上手く纏まれるってとこを見せてやる!!」
「やっべ、俺ちょっと下痢だったわ」アラの磯部は体調が思わしくないようだ。
「大丈夫か?試合中に漏らすなよ」同じくアラの磁界は心配そうに話す。
「大丈夫っす。俺の肛門括約筋、最強っすから」
「おい、碓井。今日もバッチリ止めて、京子ちゃんに良いとこ見せろよな」
「自分、不器用っすから」
「嘘つけ、ホントはモテたい癖に」
「そっ、それは――」
「まあ、いいや。石田、調子はどうだ?」
「う~ん。まあまあっすね。体調は良い気がします」
「それは頼もしいな。得点しっかり頼むぞ」
キャプテンは硯なのだが、ブロッカーズはいつもこんな調子で誰も彼の話を聞いていないのであった。
そしてその後3分経って試合開始。バランサーズボールで始まった試合は、いきなり大きなチャンスを迎える。友助はルーレットからのオフェンスで、カバーで飛び出した磁界を躱してスペースに飛び出した蓮への壁パスを利用してからのシュートをゴール右隅に向かって放った。だが、硯は顔色一つ変えずにそれを受け止めた。会心の先制点かと思われただけに友助はかなり落胆する。
“クソっ、全然入んねえな。なんなんだよあのゴレイロ。ダブルハンドで悠然とキャッチしやがって。カシージャスかよ”
硯は県内随一のゴレイロと噂されており、その実力は折り紙つきであった。ブロッカーズが堅守のチームであるのも、彼の実力があったればこそなのである。ブロッカーズのオフェンスが不発に終わり再度バランサーズの攻撃。
友助は先程の反省を活かしアシストに方針を切り替えるが、昴に入れば首尾よく1点が取れるというところであったがフィクソの碓井が力強くはじき返してクリアした。
碓井は端正な顔立ちをしており、オシャレボウズがよく似合っていた。人一倍練習を重ね実力で言えば県内でも指折りの選手ではあるのだが、元来シャイな性格のためなかなか会話の方は上達しないのであった。
せめてプレーでの活躍を見せたいところであり意中の京子の方を確認するが、ちょうどスコアブックに書き込んでいるタイミングで、渾身のファインセーブは華麗にスルーされてしまった。
バランサーズは、陣形を整えて攻めようとするが、ブロッカーズの執拗なチェックに苦戦してしまう。それでも苦しい中で攻めを敢行するが、アラの磯部がスライディングで削りブロッカーズボールとなってしまった。
「オラっ。見たか辛口スライド」
磯部はスライディングマスターの異名を持ち、00年にフットサルでそれが解禁されてからというものの数々の難敵からその足でボールを奪ってきていた。ブロッカーズの攻めとなるが、ポンポンとボールは回るもののプレッシャーを掛けると意外にあっさり撃たせることができ、石田の放ったシュートは、味蕾の真正面に行きついた。
再びバランサーズのオフェンスとなり速攻で回して好機を狙うが、ブロッカーズの面々は慣れた感じで全く動じてはいない。
「いいね!俺様の蟻地獄ディフェンスで全員ぶっ潰してやるぜ」
アラの磁界は自分のプレーにかなり自信があるようだ。ブロッカーズはバランサーズのオフェンスを巧みに誘導して渦のように磁界のところまで誘き寄せ、お得意のプレスでボール奪取に成功した。
ブロッカーズ側のオフェンスとなり、シュートを警戒してプレッシャーを掛けるために辛損が出した足に磯部の足が掛かって倒れ、PKを獲得する形となった。意気揚々とシュートを打ち込んだ磯部であったが、パワーはあったものの何の変哲もない真っ直ぐなものあり弾道を見切った味蕾は難なくそれを受け止めることができた。
その後、バランサーズは味蕾の投げたボールを友助が前線でトラップし、パスを回して展開を作るとちょうど空いた保が走り込んでシュートを打ち込んだ。鋭く強烈なシュートがゴールに吸い込まれるかのように思えたが、これも硯のファインセーブによって阻まれてしまった。そして、ブロッカーズは危なげなく攻めを行うが、ピヴォの石田の放った渾身のループシュートは惜しくもバーに嫌われてしまった。
「ああ、入んねえ。落ち着かねえと――」
そう言って石田は、自分の両胸をパーにした手で交互に強く叩いた。ブロッカーズは毎回いい形は作れているのだが、ここで友助はプレーを観察し、あることに気が付いた。
“そうか、勿体ないな。このチーム、フィニッシャーがいないのか”
『フィニッシャー』とはシュートを決める存在のことであり、最後に点を取る選手のことである。ブロッカーズは技術的には問題はないのだが、シュートが入らないという課題があった。フットサルはコートが狭くゴールが小さいため、サッカーに比べて特にシュート精度の高さが求められる。
オフェンスに切り替わりルーレットで華麗にディフェンダーを躱した友助の渾身の一撃は、またしても硯に阻まれてしまった。余裕綽々の硯はボールを前線に送った後、吞気に鼻歌を歌っている。
“まずいな。なんとかしてこの状況を打開しないと――”
攻撃の決め手を欠いたバランサーズは、完全に攻めあぐねていた。そして、なんとか具体的な打開策を講じたい戦況のまま前半が終わってしまった。ハームタイムに入り、昴、保、中で解決の糸口を探していた。
「ちょっと遠いけど行けるよな、アタリン?」
「うん。これくらいなら大丈夫」
「いや、でも中をフィールダーで出すわけにもいかねえだろ?」
「この際しょうがねーだろ。いいよな、アタリン?」
「まあ、みんながいいんならいいよ。僕はもうディフェンスはできないけどね」
「4秒ルールはどうすんだよ?」
「俺が担いでFKのとこまで行くよ」
ここで、これまで黙って聞いていた友助が会話に割って入ってきた。
「それって可能なんですか?かなりリスキーだと思うんですけど――」
「大丈夫、絶対に入るから」
「まあ、それならいいんですけど――」
“カウンターくらったらどうすんだよ。絶対に入る?そんな馬鹿な――”
そうこうしているうちに10分が経過し、足早に後半が開始された。
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