第29話 リークの同胞愛【レベル9999】

 リークの心臓は震えている。

 まるで別次元の存在になってしまったかのようだ。

 オークハイキングのスキル同胞愛が発動した。

 発動条件は仲間が死ぬ事だと思っていたが、仲間の危機でも発動するようだ。


 カエデちゃんの命が危ないと思った時、それは発動していた。

 体が漲るように強くなっている。

 感覚は研ぎ澄まされており、眼の前の両目に傷があるシェイガーを睨む。


 そして先程述べたセリフを発して、口の端を釣り上げる。


「おい、人間の店長、シェイザーの友達だが知らんが、やめておけ、この雑魚はいつまでたっても甘ちゃんだ」


「なら、その甘ちゃんの友達に殺されるシェイガーはもっと甘ちゃんですね」


「んだと」


「さぁ、かかってきなさい、やっぱかかっていきます」


「な!」


 瞳を1回瞬くだけで、リークはシェイガーの真後ろに立っていた。

 

「しょうがないですね、アンクレイサーとランクレイサーは使わないでおいてあげましょう」


 リークの腰には2本の武器がぶら下がっている。


「ですが、拳で、勝負です。あ、僕は格闘術なんて代物ないですよ、ただのド素人のパンチとキックですからね」


 リークの拳がシェイガーの背中にヒットした。


「ぐ」


 次の瞬間、シェイガーは吹き飛んでいき、巨大な岩に激突した。

 巨大な岩に大きなクレーターを造る。


「信じられない、こ、これが人間なのか、それが店長という力なのか、いやここでは店主か、どっちでもいいが」


「無駄口が過ぎますよ、僕の前では冷静沈着でいたら負けです」


 クレーターの所に瞬間移動かと間違われるスピードで飛来したリーク。

 素人同然の蹴りでシェイガーを叩きつける。


「ぐは」


「もっと必要ですね」


 衝撃波となり何度もシェイガーの腹を蹴り下げる。 

 その度に地震かと思える衝撃音が響き、地面は確かに揺れていた。

 

 後ろではシェイザーとカエデちゃんと冒険者達が唖然と口を開いていた。

 魔族とは1体だけで災害級と言われ、国が動くレベルだ。

 魔王1体で世界が滅びるから、勇者が誕生したわけだ。

 その災害級を圧倒するリークはもっと危険な存在ではないかと、冒険者達は見ていた。

 それもそれぞれの王国の所属する冒険者なのだろう、胸にはそれぞれの国旗が貼られてある事をリークは見逃さなかった。


「はぁあああ、しつこいですね、そろそろ気絶してくれませんか、シェイガーさん」


「るせーおめー強すぎんだよ、レベル9999なんて聞いた事ねーぞ」


「現にここにいるじゃないですか」


「それはあれだ。奇跡だ」


「なら、次で終わりにしましょう」


「や、やめてくれ」


「痛いめ見てちょっと反省しなさい」


 リークは右手を構えて、動けないシェイガー目掛けて、拳を突き出すのではなく、手を差し出した。


「もう苦しむのはやめにしましょう、こうやって手と手を取り合えばなんとかなるでしょう、甘ちゃんかもしれませんがね」


 シェイガーはきょとんとしてリークの手を見ていた。

 

「だから、嫌なんだよ」

 

 シェイガーはリークに向かって、雷魔法を解き放つと、リークはばしんと払っただけでガード出来た。だがそこにはシェイガーの姿はなかった。


【おめー覚えたからな、強くなって倒してやる、待ってろよリーク、もうワールドダンジョンには用はねー】


「どっかの悪役ですかシェイガーさんよ」


 リークはとほほと呟きながら。

 大勢の冒険者達が拍手喝さいをしてくれたのであった。


 その後、冒険者達は取り合えずそれぞれの出口に戻っていった。


 リークとシェイザーとカエデちゃんとカナシーは神妙に顔を向かい合わせて。


「リークあんたを巻き込んだから事情は説明する」


「大体知ったけど、教えてくれ」


 その後リークはシェイザーの昔話を聞いた。シェイガーがなぜ人間を殺すのか、シェイザーがなぜ人間を愛するのか。サーカス団の団長の話を聞いた時どこかの誰かに似ているなぁと思った。


 さて誰だろうか、頭をよぎったのはあのアホ国王の事だったが。



「僕はだいたいモンスターも集めたから、幻想ショップに戻るよ、シェイザーも来いよ」


「ああ、それは約束だし、行ってみたい、だけどいいのか、魔族が人間の領地に行くのは」


「草原村に行けば、国王がいるだろうし、説明するよ」


「こ、国王がか」


「ちょっと頭がおかしいんだけどな」


「それ失礼だから言わないようにねリークさん」


「もちろんだけど」


「まったく、お前らはどんどんとお荷物増やしやがってからに」


 カナシーが皮肉を込めて呟き。

 かくして彼等は来た道を一生懸命戻り、テルハレム王国首都の冒険者ギルドに戻ったわけだ。


 シェイザーが魔族であるのを隠す為にマントを着させていた。


 ドワーフのギルドマスターに大体の事情と情報を伝え、案内人ガルチャが門番のように出口にいた。


「これはリークさんじゃないですか」


「ああ、僕は、村に帰るよ」


「そうですか、色々と案内したかったんですが」


「また来るからその時に頼みたい」


「ぜひ、案内させてください、それでですね、勇者が魔王城に入ったんですが、魔王は結構前に死んでたみたいで、魔族達はひっそりと暮らす方式で決まったみたいです」


「戦争は終わったという事なんですか?」


「はい、勇者様はテルハレム王国首都に帰還されます。長い戦が終わりに辿り着きました。ルーギャシー国王の奥様が魔族を殺す事は許さぬと法令を出したので、まぁ魔族が暴れたらこちらに甚大な被害がくるんですがね」


「そうか、良かった」


 リークの脳裏に嫌な気配がよぎっている。

 それはシェイガーの存在だった。

 ただただ。こくこくと恐ろしい事が起きるのではないかと。


「てーへんだー」


「てーへんだー」


 大勢の人達が走ってくる。


「勇者様が何者かに殺された」


「勇者様が死亡した」


「勇者様がやられちまったああああ」


 リーク達は口を唖然と開いていた。


「まずいな、テルハレム王国首都から出られなくなる前に出るぞ」


 カナシーがそう告げる。


 リーク達はガルチャさんに挨拶してその場を立ち去る。

 小走りに門から出て、そのままの足で草原村に辿り着いた。

 入口にはリークをいつもストーキングしているルーギャシー国王が立っていて。

 その時だ。


「嘘だろ、団長じゃないですか」


 シェイザーは幻でも見ているように、声が震えていた。

 国王はにかりと笑い。


「がはははは、誰と間違っとるってか団長か、兄上を知っとるのか」


「兄上? そ、そうか、弟? ってことは」


「兄上は王家から下りて世界の平和の為にサーカス団を結成したのだが、行方不明でな、知らぬか?」


 その場の雰囲気が凍り付いた。

 リークとカエデちゃんとカナシーは知っている。

 かつてサーカス団の団長と呼ばれた男性は魔族に追い詰められ、責任をとって自爆魔法で全員死んでいる事を。


 シェイザーは地面に手を当てて何度も地面を叩く。


「うぐ」


「まぁそれを見たら大体察しはつぐかの、魔族の少年や草原村へようこそじゃ」


「あんた、俺様が魔族だって」


「気にせんよ、魔族だから殺す、人間だから殺す、そういうのは兄上が一番嫌う事じゃて、がははははははは」


 ルーギャシー国王は盛大に笑うと、目じりには涙が浮かんでいた。


「それより少し話がしたい」


 ルーギャシー国王の顔が真っすぐにリークを貫いた。

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