引きずり者たちの隠し事
白夏緑自
前編
みんな、私を含めそれなりに変わったんだなと全員のテーブルの上に一杯目のビールが置かれたところで思う。
ゼミのメンバーで集まるのは卒業以来5年ぶりだった。アルコールがダメな人間がいないゼミであったが、それでもほとんど皆、チューハイかカクテルを頼んでいたのに。店員が注文を聞きに来て、全員ビールに手を挙げたのには驚いた。「あれ、お前ビール飲めたっけ?」「付き合いでね。おかげさまで腹が出てきたよ」こんな会話が聞こえてくる。
会の発端はゼミ長だった田辺君だ。もうしばらく動いていなかったLINEグループに、彼が突然、飲み会の号令をかけた。動機はただただ、皆に会いたかったからだそうだ。否定はしない。受け身ではあるが、私の参加理由もそれだ。
大学の中でも人気がないゼミだったので同期の人数は少ない。全員で7人。1人遅れているので、テーブルには今6人が座っている。
会話のスタートは近況報告。求人広告の営業、ゼネコンの事務、SE、高校教師、フリーのイベントディレクター(フリーターとの違いがいまいちわからない)。特色のある学科やゼミでもなかったから、進路もバラバラ。共通の話題は見つけにくいが、競合への情報漏洩なんて心配もないので、気は楽そうだ。まだ1,2杯しか飲んでいないのにペラペラと口がまわる。
「須藤は今、何してるの?」
私の番が来た。
「カフェだよ。個人経営の」
一瞬、皆の身体が固まる。卒業の飲み会時に、私が普通に就職したことは知っていたから、それから業種が変わっているのに気が付いたのだろう。しかも、転職先はカフェ。一般企業からのカフェ店員は何かあって、もしくは転職に失敗してアルバイトで糊口をしのいでいるのかも、と勘繰ってしまうのも無理もない。
これは、私の言い方が悪い。だけど、こちらも探りというものがある。できるだけ、嫌味や自慢にならない言葉を探す。この人たちにはまだ言ってなかったことだ。
「アルバイトで?」
イベントディレクター(職業欄にはなんて書くのだろう)の今野君が踏み込んでくる。他の5人に比べて、こいつだけ少し嬉しそうだ。だけど、ごめん。君の仲間にはなれない。
「ううん、副店長」
「個人経営の……? じゃあ、店長は……、あっ」
今野君が私の左手を指さし、注目が集まる。
まあ、もういいか。一息に言ってしまえ。
「あー、うん、そう。結婚していました。旦那が店長兼社長。と言っても零細だけど」
そこからは質問攻めだった。ある程度予想していたことだし、聞かれ慣れている質問もある。今の苗字は。相手は誰か。出会いは。どうしてカフェを始めたのか。資金はどうしたのか。場所はどこか。行ってもいいか。
彼との生活と店の経営は慎ましくではあるが、上手く行っているから質問に答えるのは簡単だった。ありのままを話せばいい。1つ1つ、答えていくたびに胸が満ちていく。ドリップして珈琲が落ちるサーバーを思い出すのは悦に浸りすぎだろうか。
ひとしきり私への話題が尽きると、今度は各々の恋愛話に発展した。
結婚しているのは私のみだが、田辺君は婚約を交わしていたし、なんだかんだ皆、5年の間に交際と破局のどちらかはしているようだった。
ゼミのテーマが恋愛だったせいもあって、話の中身が感情からどんどん屁理屈で色づけされていく。
「彼女が結婚の雰囲気出して来たんだけど、俺はまだいまいちそれに意味を見出せてなくてさ……。結婚願望ってなに? カップルじゃダメなの?」
宇野君が追加のビールと料理を追加した口で自身の近況を投下する。
「それ、私の卒論発表で結論付けたじゃん」
「究極、世の中に認められたい、だっけ?」
「一緒になる、というイメージがまず大元だと考えて。その、一緒になるイメージを社会では結婚というシステムで実現できる。そうすると──間は飛躍するけど──社会からは結婚した人、もしくはパートナーと一生一緒にいると決めた人と認められる」
「承認欲求みたいなものか」
「うん、それも他者承認だけじゃなくて自己承認も同時に絡んでる」
「あー、同僚が最近結婚したとか、よく話しかけてくるようになったな……」
「そうなると、自分のプライドを守るためかー……」
彼女の願望が単純に“好き”や“愛情”によるものではない。そんな結論に落ち着きそうになったところで、話題を持ち出した宇野君本人が少し落ち込んだ声のトーンになる。惚気のつもりだったのが、まさかマイナス的な結論になったから。図体はデカいが女々しい。
男連中が彼を茶化しながら励ましていると、最後の1人が私の背後から声をかけてきた。
「ごめん、遅くなっちゃった。……あれ、なんか悲しい雰囲気?」
「ひとみ」
「久しぶり、たまき。みんなも、お変わりなくって感じだね」
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