第4話 ステージに近寄る幽霊
舞台を一通り確認したことでわかったことは、事務所で見た映像に映っていた観客の人数と同じくらいの幽霊が集まっていたという事だ。何も無いこの時間にこれだけの人数が集まっているという事を考えると、本番になった時には今以上に幽霊が押し寄せてきているという可能性もあるのではないだろうか。私はその事を真白先生に聞いてみようと思ったのだけれど、そのタイミングでこの劇場の支配人のお姉さんが真白先生の事を呼びに来たのだった。真白先生よりも頭一つと少し小さいお姉さんだが背が低いだけで顔も体もとても大人びている。実際に大人なのだとは思うけど、背が低くなければアイドルの人達に混ざって踊っても違和感が無さそうだ。
「お待たせしてすいません。社長はこれからマレーシアに行かないとイケなくなってしまったみたいでした、今日は代わりに私が鵜崎先生のお話を伺うことになったのですが、それでもよろしいでしょうか?」
「私は社長さんでも支配人さんでも構いませんよ。今すぐに何かをするという事でもないですし、こちらとしてももう少しお話を聞いてみたいところですからね。ちなみになんですが、今日はこれからあのステージで練習をしたりする予定はあるんですか?」
「あのステージですか。本番前の通し以外はあそこを使うことはあまりないんですよね。色々とありまして」
『あれだけの数の幽霊に見られているって思うと練習もしづらいですよね。見える見えないにかかわらず視線とか感じちゃうと思いますし』
「もしかしてなんですが、あそこで練習をすると何かの視線を感じたり誰かがいるような気配を感じてしまう。という事があったりするからですか?」
私の声は支配人のお姉さんには聞こえていないという事を忘れて口を挟んでしまったのだけれど、真白先生が上手い事私の言いたいことを聞いてくれていた。真白先生の質問を聞いて支配人のお姉さんは少しだけ困ったような感じで言葉を選んでいるように見えていた。
「それも多少はあるんですけど、あそこを使うと照明や空調なんかで結構電気代がかかっちゃうんですよ。あのステージで練習が出来ればアイドルの子たちも今以上のクオリティで輝けると思うんですけど、今のうちの集客状況ではそう言ったことをするにはお金が無さ過ぎるんですよ。ここの劇場をレンタルで借りていれば話は違ったと思うんですけど、十年単位で考えると借りるよりも買った方が安いってことになりまして、社長の一存でここを買い取ることになったんです。そのお陰で練習場所やステージを探す時間も練習に回すことが出来るようになったのでいいと思うんですけど、今の集客率だとまだまだ節約をしていかないとダメな状況なんです」
『あの会場にいる幽霊からお金を払ってもらえればいいんですけどね。って、私もそうですけど幽霊って基本的に何も持てないって感じですからね』
「頂いた映像を拝見させていただきましたが、実際に生で見てみたいなって思いましたよ。今日は残念なことにライブの予定はないみたいですが、週末のライブには来てみようと思ってるんですよ。チケットって今からでも買えますかね?」
「その言葉とお気持ちは支配人として喜ばしいことですが、鵜崎先生には二階にある関係者ブースから見ていただこうと思っているところだったんです」
「二階からだと頂いた映像みたいな感じでステージを見ることが出来るんですかね?」
「そうですね。あの映像を撮影している場所の近くからになります」
「それは困ったな。私は出来ることなら一般の観客席で見たいなと思ってるんですよ。その理由をお伝えするのはこの質問に答えていただいてからにしたいのですが、支配人さんは幽霊が見える人ですか?」
『残念だけど支配人さんは見えないタイプだと思います。私が支配人さんの近くで色々とやってるのに何の反応もしてくれないんですもん。これで見えてなければとんでもない人ですよ』
「えっと、私は見えないと言いますか、心霊写真なんかを見ても本当なのかなと疑ってしまうタイプだと思います。鵜崎先生の事を疑っているとかそういう事ではなくて、自分で見えないものを信じられないと言いますか、本当なのかなと疑ってしまうタイプだと思います」
「その気持ちは分かりますよ。私も自分の目で見えているモノ以外は信じないタイプですから。皆には内緒にしてもらいたいのですが、私も幽霊が見えるのは生まれつきではなく大人になってからなのです。鵜崎家の人間と言っても普通の人と変わらない程度に見えなかったんですよ」
『真白先生が見える幽霊って私だけじゃないですか。それに、真白先生は幽霊の姿は見えなくても声は聞こえてたって言ってましたよね。その言い方だとこのお姉さんも見えるようになれるって思われますよ』
支配人のお姉さんはまた困ったような顔で考え事をしているようだ。何を考えているのかわからないけれど、何となく私にとって良くないような事を考えているように思えていた。虫の知らせというのは幽霊になっても無くならないのかとちょっとだけ感がてしまっていたのだ。
「あの、私も一部のアイドルの子みたいに幽霊が見えたり感じたりできるようになるでしょうか?」
「さあ、その可能性は否定出来ないと思いますが」
「完全に否定しないという事は、可能性があるという事でいいんですよね?」
「私も見えるようになるまでは鵜崎家が行っている事は詐欺かと思ってましたからね。支配人さんが見えるようになる可能性もあるとは思いますよ。ただ、どうやったらそうなるのかは私にはわからないという話です」
『真白先生。このお姉さんはなんだかよくないことを考えているような気がします。このまま話を聞くのは危険だと思いますよ。今はいったん帰って社長さんがいる時にまた話を聞きに来ましょうよ』
私の言葉は真白先生に届いているはずなのに、真白先生は私の事なんて全く見ずに支配人のお姉さんの方をじっと見ていた。
「中学生の時に読んだ本に書いてあったのですが、霊能力者の精液を飲むと見えなかった人も幽霊が見えるようになるというのは本当ですか?」
「さあ、そんな話は聞いたことが無いですね。初耳です」
「そうなんですね。ですが、試すだけ試してみてもいいですか?」
「さすがにそれはマズいと思いますけど」
『そうですよ。マズいですって。ここで断って一旦帰りましょう。そうしないと真白先生の評判も落ちちゃいますよ』
「それに、私も鵜崎先生のお相手をするリストに入ってますからね。少しだけつまみ食いをしたと思えばいいじゃないですか。あ、つまみ食いをするのは鵜崎先生じゃなくて私になっちゃいますけどね」
真白先生の手を引いてお姉さんは支配人室に入って行ってしまった。重厚感のある扉の奥は偉い人の部屋なんだろうというのが私にもわかるくらい立派な感じだったのだ。
支配人のお姉さんは真白先生をソファに座らせるとドアの方へと向かっていったのだ。
やっぱり気が変わって部屋から出て行ってくれるのかなと思っていたのだけれど、私の願いもむなしくお姉さんは今まで見せてこなかった笑顔を真白先生に向けていた。
「この部屋の鍵って、私しか持ってないんで安心してくださいね」
いやな予感というのは的中してしまうものだとつくづく感じていた。
嬉しそうな真白先生の姿を見れるのは嬉しいことではあるのだけれど、真白先生を喜ばせているのが私ではないというのが嬉しくない事ではあるのだ。
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