第2話 終わりと始まり②
その夜はとても不思議な夢をみた。
何故か私は、暑くも寒くもなく、風すら感じない薄暗い夜空に佇んでいる。どうやら足元には目に見えない床があるらしい。その上に立っているという感覚はあるものの、その下に広がる空は暗雲に覆われており、地面を見下ろすことはできなかった。
「夢だよね、これ……?」
妙に体の感覚がはっきりしていたせいか、すぐにここが夢の世界だと気づいたものの、どこへ向かえばいいのかわからず途方に暮れてしまう。
しばらくしても肉体が目覚める気配はないので、少し周囲を散策してみることにした。せっかくだし、きれいな星が浮かぶ空を見上げることにしよう。幸いにも頭上には細かな星々が煌めいていて、目を楽しませてくれる。
「この光景、どこかでみたことあるような……ないような……?」
ひたすら夜空を歩くという状況に妙な既視感を覚える。相当前にこれと似た景色を見た記憶があった。でもそれがどこだったのか思い出せなくて、私の心はモヤモヤしてしまう。思案しながら歩いていると、前方にオレンジ色をしたネコのヌイグルミが見えた。思わず私は足を止める。
「今日も来てくれて、ありがタイニーにゃ!」
「わぁっ!?」
いきなりヌイグルミから発せられた言葉に驚いてビクっとしてしまった。声自体は幼い子供のような、可愛げのあるものだったけど、喋るヌイグルミと遭遇するなんて想定外だ。あ……でもここは夢の世界なんだから、こういう事があっても不思議じゃないかも。必要以上に怖がらなくても良さそうだ。
深く考えないでおこう心に決めた私は、不思議なヌイグルミへと歩み寄ってみた。それにしてもさっきのセリフ、今まで何度も目にしたことがある気がする。確か、昨日も――
「あっ! NeCOにログインした時に表示される文章だ!」
いつも読み流していた定型文だったので、気づくまでに時間がかかってしまった。NeCOではログイン時、ゲームのマスコットキャラでもある小さなネコのぬいぐるみ――タイニーキャットが画面の端に登場し、先ほどの言葉と共にボーナスアイテムをプレゼントしてくれるという特典がある。
「こんな声だったんだ……初めて聞いたかも?」
最近のオンラインゲームと違い、NeCOでは基本的にNPC音声を実装していない。なので私もタイニーキャットの声を実際に聞いたのはこれが初めてだったりする。一部の人気キャラクターにはキャラクターボイスが設定され、ドラマCDなんかも出てたけど、しがないマスコットである彼にそんな出番は与えられなかった。
「えっと……タイニーキャットさん、でいいんですよね?」
彼……いや、ひょっとしたら彼女かもしれないけど、とりあえず話しかけてみる。黒いボタンで出来た瞳は虚ろで、こちらを見ているのか、それとも虚空を見つめているのか判別がつかない。正直ちょっと不気味だ。そもそも私の声が聞こえてるのかも怪しい……なんて思ってた矢先、タイニーキャットが私を見上げた。
「ボクの呼びかけに応じてくれてありがとうにゃ! 君はいつも楽しそうに過ごしてたから、ずっと話してみたいって思ってたにゃ。だからこうして会えて嬉しいにゃ!」
「えっ? はい、こちらこそ……?」
「早速だけど、ボク達の世界に毎日欠かさず来てくれてた君に、1つ教えて欲しい事があるにゃ。君から見て、ボク達の世界はどうだったにゃ?」
「えっ……どうだったか、ですか? うーん、すぐに答えは出てきませんけど、とにかく楽しかったです。お友達とまだ見ぬ景色を目指して探検したり、お洒落なコーデを競い合ったり……あと、ハートフルなメインストーリーに感動して一晩中語り合った日もありましたし!」
友人達と過ごした日々が走馬灯のように駆け巡る。多くの人からすれば有り触れた日常でも、私にはかけがえの無いものだった。みんなと出会えたおかげで、誰かと同じ時間を共有する楽しさを知ることができたのだから。
そういえば、私がオンラインゲームの世界に足を踏み入れたきっかけは、10年近く前に見たNeCOの広告だった気がする。勤め先で"要領の悪い役立たず"と
でも現実は厳しいもので、コミュ力に欠けた私じゃいつまで経ってもフレンドが作れず、1人で黙々と低レベルモンスターを追い掛けるだけ。ココノアちゃんのパーティへ誘って貰わなければ、早々に投げ出していたかもしれない。だからNeCOの思い出を振り返るとなると、どうしても彼女達の話題が絡んでしまう。
「……って、どれもこれもお友達との話ばかりになっちゃいましたね。でも本当に、NeCOは大好きな人達と絆を紡ぐことが出来た場所だったんです♪」
「にゃにゃっ、君が良い友人に恵まれて良かったにゃ~!」
NeCOのサービス終了を引き摺りすぎて、こんな夢までみてしまう自分を恥ずかしく思う部分もあったものの、タイニーキャットの嬉しそうな声を聞くとこちらまで笑顔になる。せっかくだし、親しい友人達と綴った壮大な冒険譚を飽きるまで語っちゃおう――そんな風に思ってた私に向かって、タイニーキャットは急に頭を下げた。
「それなのに、ゴメンにゃ。NeCOの世界は終わっちゃったにゃ……」
何故かNeCOのサービス終了について謝罪する彼の姿を見て、私の首は自然と左右に振れる。どんなに好評を博したオンラインゲームであっても、サービス終了という宿命からは逃れられないからだ。むしろ、10年以上も楽しく遊ばせてもらったのだから、感謝してもしきれない。私は少しでも彼を励まそうと、NeCOに対する素直な想いを伝えた。
「謝らないでくださいな。NeCOが私にくれた出会いには、とても感謝してるんです。お友達との冒険を続けたいって気持ちが、まだまだ心の中に強く残ってる程ですから! 素敵な世界を作ってくれて、ありがとうございました♪」
「……本当にゃ? 本当にまだ冒険を続けたいって思ってくれてるにゃ……?」
「ええ、もちろんですよ!」
「にゃにゃ……そっかにゃ。やっぱり、君達を選んで正解だったにゃ!」
「うん……?? 選んだ、ってどういう意味ですか?」
「実は、君の助けを必要としている世界があるにゃ。ボクはその世界から強い"想い"を受け取って、それに応えられるプレイヤーさんを探してたわけなんにゃけど――」
タイニーキャットが話している途中で、周囲の風景が急に揺れ始める。異変に気付いた私は慌てて周囲を見渡した。
「なにこれ……!?」
無数の輝きで満ちた美しい星空を喰らい尽くすかのような、真っ黒で不気味な亀裂。それは容赦なく空を切り裂き、天空を漆黒の闇で染めた。さらに足元では地獄の業火を思わせる赤い閃光と、激しい轟音が広がっていく。まるで世界の終焉を告げる厄災の到来だ。
「時間はあまり残されてないみたいにゃ……! すぐに君の意識を"メル"の身体に埋め込んで、異世界へ飛ばすにゃ! LVとステータスはしっかり反映しておくから、心配しなくても良いにゃよ!」
「い、異世界!? 異世界って言いました? それに飛ばすって一体……もうちょっと詳しい説明が欲しいのですけども!」
「説明が足りないのはNeCOの伝統だと思って諦めて欲しいにゃ~」
「いやいや、そんな伝統があるなんて知りませんけど!?」
渾身のツッコミをスルーし、タイニーキャットは手にした玩具のステッキを使って宙に魔法陣を描く。幾何学的な模様が並ぶそれは、妙にハッキリと浮き出て見えた。しかも神秘的なオーラを放っており、正面に立っているだけでピリピリとした刺激が肌に走る。
「アッチとコッチの想いを繋げた事で、次元を超えるトンネルができたにゃ。誰よりも強い気持ちを抱いた君なら、きっとあの世界を救う事ができるはずにゃ――」
タイニーキャットが勢い良く右手を掲げると、魔法陣からまばゆい光が放たれた。それまで暗かった空間が、昼間になったかのように白く照らされていく。次第に天地も全て真っ白く染まり、私の手や足も光の津波に飲み込まれた。
「そうだ……! これってNeCOのプロローグに似てたんだ……」
ひどく懐かしい記憶が蘇る。キャラクターを作ったばかりの頃に見た、物語への導入部――それは唐突に始まる世界滅亡に巻き込まれたプレイヤーが、ストーリーキャラクターの手を借りて時空を移動するというシナリオだった。今の状況と酷似してる気もするけど、この後はどうなるんだっけ……? 頑張って思考を巡らせてみたものの、私の意識は眠りに落ちるようにして途切れてしまった。
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