第5話 茜の心情



 私には佐藤一樹という幼馴染みがいる。

 

 まだ私が4つか3つの頃、あいつは突然現れた。


 一目見た印象は人畜無害そうって感じだった。だけど、あいつにはどこか惹きつけるような何かがあった。


 私は一度、幼稚園のお遊戯会を抜け出した事がある。 


 元々大勢の人前が苦手だったのと過去のトラウマで極度のあがり症だったから。

 たくさんの人の目が怖くて、みんなにバカにされるのが怖くて私は逃げ出してしまったのだ。


 先生が私を必死に探すけど、見つけられることは出来なかった。


 だけど、いつきはいとも簡単に一人で泣いている私を見つけた。


 見つかった私は自分の心の内を全て話した。


 あいつは全て聞いた上で


『大丈夫、茜ちゃんなら絶対できる。かっこいい茜ちゃんの俺に見せてよ。いつもみたいに』


 そう言って泣いている私の頭を優しく撫でてくれた。いつきの声はなんだか不思議で、本当にできるんじゃないかって本気で思わせてくれる力があった。


 多分、ここからだ。私の初恋が始まったのは。

 

 そして今日、私は大勢の生徒の前で生徒会の挨拶をした。


 生徒会長であるお姉ちゃんが不在の為、代わりに私が挨拶を務めることになったのだ。

 だって、副会長である私がやらないのは明らかに不自然だし。どう考えても私が代わりをする流れだったから。


 お姉ちゃんには見栄を張って『大丈夫』って言ったけど、全然大丈夫じゃなかった。


 みんなが知らない私の上がり症。

 誰にも相談できなくて苦しかった。

 そんな中、唯一頼ろうと思えた人が1人だけ居た。


 私の幼馴染みである佐藤一樹。


 きっといつきなら、昔みたいに助けてくれるんじゃないかって思った。


 結果、あいつは『助けて』という言葉すら出せないようなそんな情けない私のSOSに気づいてくれた。


 ただ震えて、泣きそうになってる私に言ってくれた。


『大丈夫だよ。あかねなら絶対にできる』


 あいつの笑顔は優しくて、胸がキュッてなった。

 その瞬間、自分に対する自信が風船のように膨れ上がった。重たかった足取りが軽くなって、副会長として務めを全うできたと思う。


 挨拶を終えて、緊張が解けてひょろひょろだった私にかっこいいって言ってくれた。


 それがとても嬉しかった。


 あ! あとあと!! 私のこと昔みたいに「あかね」って呼んでくれた!!


 まぁ、なぜかそのあとは「新条」呼びに戻ってたんだけどね。私は「いつき」って呼んでるのに……


 あ、そうだ。再会してからずっと思ってたんだけど……

 

 あいつ私に対してそっけなくない!?

 

 私への興味がない感がひしひしと伝わるんだけど!? しかも、若干鬱陶しがってるし!! 

 

 でもちゃんと私のこと見てくれてて! 私が弱ってる時はすごく優しくて! 助けてくれて!


 ああ!! ほんとなんなのよ!? あいつは!? 


 温度差で脳がバグるわ!!


 それにそれに!! こんなにアピールしてるのになんで全然靡かないのよ!? 私って可愛いし、胸もそこそこあるはずなのに……!!


 学園内ではあんなにモテるのに! なんであいつにだけはモテないのよ!? 


 ま、まさか……ホ……いや、これ以上考えるのはやめよう。あいつのことを考えれば考えるほどわけが分からなくなる。


 それに懸念している事がもう一つ。

 それはあいつが転校初日からクラスの一部じゃかっこいいと話題になっていた事だ。


 もし、ありえないことだけど、本当にありえないことだけど!! このまま他の女があいつの魅力に気がついて私以外の女の子とつ、付き合ったしたら……


 それってNTRじゃない!! 脳が破壊されるんだけど!?


 い、いや! それを阻止するためにいつきにめちゃくちゃ絡んで他の女子を牽制してるし大丈夫だ……と思う。


 いや、けどぉ……


 うぐぐ……と頭を抱えているとコンコンとドアを叩く音がする。 

 お姉ちゃんか。



「はーい」



 返事をすると扉を開けて部屋に入ってきた。



「あかねちゃ〜んお風呂空いたよー」


「うん」


「どうだった? 生徒会の挨拶。ちゃんとできたみたいだったけど」



 あがり症のことを知っているから心配してくれているのだろう。



「……まぁ、いつきのおかげでなんとかなった」


「いつきくんか〜懐かしいな。私も早く会いたいなー」


 ああ、そういえばあいつお姉ちゃんとも仲がよかったっけ……

 椅子から降りて用意していた着替えとバスタオルを持って部屋を出る。



「あ、そうだお姉ちゃん。ちょっとさ……料理教えてくれない?」 

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