第25話 いきなりの展開過ぎて着いて行けないんだが?

 今日は朝から雨模様であった。

 屋根に当たる雨音が心地良い響きを与えてくれる。


 少し肌寒いなと思いながら時計に目をやると、まだ朝の7時である。

 今までは休日なんてないようなものだったのに、セピアが入社してきてから会社のブラック度が下がったような気がする。

 今日だって土曜日なのにもかかわらず会社が休みなのだ。

 つまり休出しなくても良いということである。


 何故? Why? 分からないよー!


 裏でセピアが何かやってんのかなとも考えたが、少し怖いので俺は思考を中断した。そういや以前、ちょいちょい何かしてるって言ってたような……。


 ベッドの方を見ると、ルージュがすうすうと寝息を立てている。

 風邪をひいて以来、ベッドで一緒に寝ようと提案されたが、俺は秒で却下した。

 魔神デヴィルと言えど、女の子であることに変わりはない。


 その寝顔を見ていると、色々なことが脳裏に浮かんでくる。

 まったくどこをどう見ても人間の女の子なんだよなぁ……。


「二度寝しよ……」


 俺は誰に言うでもなく、つぶやくとソファに横になり布団にもぐりこんだ。


 その刹那――


 ドォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!


 凄まじいまでの音と振動が俺の体を襲った。

 俺がソファから飛び起きると、ベッドで寝ていたルージュも跳ね起きていた。

 その顔は真剣そのものだ。


「阿久聖! いるのはわかっているぞ! すぐに出てこい!」


 聞き覚えのある大音声だいおんじょうが響く。

 橘刹那だ。

 俺がルージュの方を窺うと、彼女はこちらを見て言った。


「もう結界が張ってあるわね。お兄ちゃんはここにいて」


 そう言っても敵さんがああ言っている訳だし、出て行かない訳にもいかんでしょ。


「俺も行く」


 そう告げると、またまた爆音が響いた。

 俺が神人化しんじんかして玄関から外に出ると、そこでは、執行官形態エクスキューショナーモードになったセピアが空中から橘刹那に銃をぶっ放しているところであった。


「セピアッ!」

「先輩!」


 セピアがこちらに気づいて近くに降りてくる。

 それと入れ替えになる形で、背中から4枚の黒い翼を生やしたルージュが、小さな魔人まじんの方へと羽ばたいて近づいていく。


「待ちなさい! 橘刹那!」


 手を前に突き出して黒子力ダルク弾を放とうとしていた橘刹那がその動きを止める。


「なんだ? 魔神デヴィルが私に何の用だ?」

「それはこっちのセリフよ! 何故、阿久聖を襲う?」

「……」

「言えないってのなら力づくで聞き出すわよ」


 そう言うとルージュは手を前に突き出して黒子力ダルク弾の生成を始める。






 その時――






 バチバチッと言う異音と共に空気が震えた――






 凄まじいまでの圧力プレッシャー






「力づく? 面白いね」


 俺は目を疑った。

 直前まで誰もいなかった場所にトレンチコートを着た銀髪の男が出現したのだ。

 背中には漆黒の翼が、1、2、3……12枚輝いている。


 その手をルージュの肩に置いて、にこやかな笑みを浮かべているのが見てとれた。

 ルージュの表情は翼に隠れて見る事ができない。


「バーガンディー……様……」


 ルージュの声がかすれて聞こえてくる。


「ルージュくん、彼は俺の糧となる。いいね?」


 動けないルージュを尻目にバーガンディーは俺の方に向き直ると、地面に降り立ってゆっくりと歩き始めた。

 その圧力プレッシャーを受けて俺は足がすくんで動けないでいた。


 何なんだアレは。何なんだあの存在は。

 想像を絶する霊的エネルギー。


 ピクリとも動けない俺をかばう形で、セピアは俺の前に進み出る。


「天使如きが」


 バーガンディーがセピアに近づこうとしたその瞬間、右手から声がかかった。


「バーガンディー様、阿久聖をどうなさるおつもりで?」


 セピアまでもう少しというところで彼を止めたのは、スカーレットの声であった。


「スカーレットか……。愚問だな。喰って俺の力にするだけだ」


 こともなげに言ってのけるバーガンディーにスカーレットは凛とした声で反論する。


「畏れながら……それでは盟約に反しますが?」

「盟約か。彼が神器セイクリッド・アームズを宿しているとでも言うのかい?」

「はい。バーガンディー様ほどのお方ならばその存在を知覚する事ができましょう。なればッ! 神器セイクリッド・アームズ持ちの人間がいた場合、これを魔人化まじんかし、我々の友邦ゆうほうとすると言う盟約……まさかお忘れとは言いますまいなッ!」


 そんな盟約なんて存在したのか。

 スカーレットの言葉に俺は一縷いちるの希望を見い出した。

 しかし俺の願いなんてものは風の前の塵に同じだったらしい。

 

 バーガンディーと呼ばれた魔神デヴィルはスカーレットをチラリと一瞥すると柔和な笑みを崩すこともなく、平然と口を開いた。


「それは最上級魔神同士の盟約だよ。この事実を知っている最上級魔神は俺1人。よって俺がそれに縛られることはない」


「なッ!? 既にローシェンナ様には報告しておりますッ!」

「それにね。敵は倒す。単純な話だろう?」


 こいつ、スカーレットの言葉をまるっとスルーしやがった!


 スカーレットが驚きの声を上げ、絶句する。

 盟約が何かは知らないが、かなり自分勝手な言葉であることだけは理解できた。

 交渉と呼べるのかも疑わしいやり取りが決裂したことを察したセピアが、剣を右手に、そして左手に大口径の光子銃こうしじゅうを出現させる。


「それ以上、近づいたらぶっ放しますよ?」


 銃口を突きつけられたバーガンディーはまったく動じる気配を見せず、言ってのける。


「天使や神人しんじんは敵だからね。交渉の余地はないね」


 その瞬間、セピアがトリガーを引いた。

 射出された光子力ルメス弾が次々と当たってバーガンディーの姿を覆い隠す。


「やった……?」


 光粒子ルークアロンや土煙が晴れて視界が利くようになる。

 そこには、まるで何も起こらなかったかのような顔で立っている魔神デヴィルの姿があった。防御をした気配すら感じられない。


「まぁ、ただの天使如きの攻撃なんてこんなもんだよね」

「チッ!」


 自分の攻撃がまったく効いていないことを悟ったセピアは、銃を虚空に消すと、剣に光子力ルメスをまとわせて目の前の魔神デヴィルへ向けて突撃した。

 その心臓にセピアの剣が迫る。


 それを避けようともしないバーガンディー。


 交錯する2つの影。


 剣は確かに貫通した。

 しかしバーガンディーは相も変わらず、にこやかな笑みを崩さない。

 そして不意に右手を動かした。



 狙いは――セピアの心臓。



 その瞬間、俺の体は自然と動いていた。

 俺はセピアの腕を掴んでグイッと引き寄せた。

 そのまま抱きかかえると、その場から脱兎の如く逃げ出したのであった。


「ちょっ!? 先輩?」

「しゃべるな、舌噛むぞ!」


 俺はセピアを黙らせると後ろを振り返ることもなく走り続けた。

 セピアの上司のバーミリオンが援軍に来てくれるまで逃げ続けるしかねぇ!

 右肩にセピアを担いで走りに走る。

 途中でルージュとスカーレットの顔が頭をよぎるが、期待できるはずもない。


 あいつらは魔神デヴィル同士だから足止めなんてしてくれるなんてことはないだろう。

 恐らく違う派閥なんだろうが、一応仲間なのだから。


 俺はセピアを担いだまま走りながら彼女に声をかける。


「速く援軍を呼んでくれるか? バーミリオンさんだっけか」

「はい。今、救難信号を出してます。でもあの魔神デヴィル……バーミリオン様でも敵わない……」

「天使総出でも勝てないのか?」

熾天使セラフならあるいは……」


 確かに凄まじいまでの圧力プレッシャーだった。

 あの中で、ただの天使であるセピアはよく動けたものだ。

 俺なんて全く体が言うことを聞かなかったのに。


「しっかし、この結界はどこまで続いているんだ?」


 走っても走っても色あせたセピア色の結界の中である。

 初めて結界を目にした時から疑問だったが、一体どうなっているんだこの世界は。

 つーか次元の狭間って何だよって話。


「前にも説明した通り、これは結界と言うより裏世界と言い表した方が良いかも知れません。私たちがいつも暮らしている世界から一歩ズレた世界と言ったら良いでしょうか……」


 確かに以前聞いた通りだわな。

 こっちで散々暴れてもいつもの世界に影響がないのはそのお陰なんだ。


「せ、先輩、とりあえず下ろしてください。自分で歩けますから」

「そうだな。よっと」


 俺はセピアのお願いをすぐに実行に移してどっこいしょと彼女を地面に下ろす。

 レディに対してどっこいしょは失礼か?

 そんなことを考えていると、セピアとばっちり目があってしまう。


 目と目が合ったらミーラクール♪(古)


 セピアは少し顔が紅潮しているように思えるが気のせいだろう。


「それじゃ、飛んで逃げましょう。今度はわた――」


 ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!


 セピアの声を遮って爆音が大地を揺るがす。

 もうもうと立ち昇る土煙の中には、1つの影が浮かび上がっていた。

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