「すみません、お待たせしてしまいましたか!?」


 千秋が駆け寄ると、岡本は首を横に振った。


「大丈夫、時間通りだよ。ここでお客さんと打ち合わせだったんだけど、予定よりも早く終わってね。フロアに戻るとすぐ人に捕まっちゃって作業が進まないし、ちょうどよかったよ」


 モバイルパソコンを閉じて、岡本はスッと立ち上がった。モデルみたいにすらりと背が高い。パリッとした細身のスーツがよく似合っている。


 岡本は受付カウンターの女性に軽く手をあげて微笑んだ。女性ははにかんだ笑顔で頷くと、トレーを手に受付カウンターから出てきた。

 応接用テーブルの片付けは彼女たちがやってくれるらしい。


 目尻にしわを寄せて微笑む岡本を見上げ、千秋はほーっと息をついた。


 整った顔立ちをしているけれど、人の良さそうな微笑みのおかげで怖いとか近寄りがたいと言った印象は全くなかった。立ち居振る舞いも洗練されていて、いかにも仕事ができる男という感じだ。

 耳際の髪に白が混じっていたり、目元にしわがあったりと四十代らしく年相応に老けている。でも、こういう風に年を取りたいと、同じ男でも憧れてしまうような。そんな人だった。


 ふと横を見ると、窓ガラスに千秋自身の姿が映っていた。

 細くて真っ直ぐな黒髪をくしでとかしただけの野暮ったい姿。スーツも馴染んでなくて、就活中の学生みたいだ。


 もう一度、岡本を見上げて、


 ――こういう大人の男になるためにも、今日からしっかりやらないと!


 千秋はよし! と、拳を握りしめて気合を入れた。


「じゃあ、早速行こうか」


「はい!」


 岡本から入館証を受け取って、あとを追いかけようとして、


「……っ」


 セキュリティゲートのバーに思い切り腹を殴打してうずくまった。


「あ、小泉くん。ゲートの脇の光ってるところに、入館証をかざすと開くから……だ、大丈夫?」


「大丈夫……で、す。……すみません」


 心配そうな岡本の声に千秋はこくこくと頷いた。

 かっこいい大人の男への道のりは、遠い。

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