第23話 ふとした違和感
結局、その日は体調不良を理由に授業をサボった。
「何やってんだかな……」
自分の部屋で一人ベッドに寝ころび、俺は深いため息をついた。
昔のことを思い出して苛立っていたとはいえ、いつだって俺に優しくしてくれた風鈴に八つ当たりしてしまった。
いや、心に余裕がないときに出たあの言葉こそ俺の本心だったのだろう。
本当に俺は変わっていない。
周囲と自分を比べて優劣をつけて、優越感に浸ったり、劣等感を覚えたりする。
俺は風鈴の強さに嫉妬していたのだ。
俺はそんな風になれない。いつだって過去を引き摺ってうじうじ悩んでしまう。
どんなに見た目を直したところで絶対に変わらないものがある。
変わらないものは最も忌み嫌う自分の醜い部分。
相手が悪くなくても勝手に嫉妬して、劣等感を抱く。無駄に高いプライド。
そんな自分が嫌で何もかも手放してしまえばいいと思った。自分の意思で何も持たなければプライドなんて消えてなくなると思ったのだ。
その結果、俺はさらに劣等感を拗らせて、努力もしていないのに努力して成果を出した人間にすらも嫉妬するようになった。
「金メダリストの熱愛報道、ね」
スマートフォンには憎たらしいほどに爽やかな笑みを浮かべる見知った顔が映し出されていた。
金メダリスト王子雅也と人気女優合戸優希の熱愛報道。それは真実だということを俺は知っている。
何もかも手放した俺と、俺の欲しかった何もかもを手に入れた男。
どこで差が付いたかなんてわかりきっている。
人としての中身の差だ。外見の差なんて言い訳にもならない。
人は外見じゃなくて中身。そんな言葉は嘘だ。
中身が醜い人間はそれが自ずと滲み出る。生まれ持った容姿が悪くとも、中身が良い人間は人を不快にさせないように外見を磨くか、その在り方を磨く。
イケメンじゃなくたって格好良い奴はこの世に山ほどいる。そんなことはわかっていた。
「くそっ!」
ベッドに拳を叩きつけてみても苛立ちは晴れない。
散らかった部屋にいても気分が晴れることはない。
しばらくして、俺は外の空気を吸うために当てもなく部屋を出た。
学園内を適当にぶらついていると、学園内にいくつか存在するグラウンドに辿り着いた。
グラウンドでは運動部に所属している生徒達が汗を流して部活に勤しんでいた。
智位業学園の運動部は大会でも好記録を残す強さだ。
きっと熱心な部員はスポーツ漫画のような青春の日々を送り、恋愛もしているのだろう。
「チーぎゅうファイ!」
「おー!」
学園の名前を叫んで走り込みをしている運動部員達は一心不乱に部活に打ち込んでいる。
打ち込めるものがあるのが羨ましい。
気持ちを落ち着かせるために外に出たというのに、また劣等感が首をもたげる。
早々にこの場を去ろう。
「あれ、友田?」
足を動かすのと同時に、運動部のマネージャーらしき人物に声をかけられた。
呼び止められてしまった以上、無視はよくない。
名前を知っているということはクラスメイトだろう。
「えっと……他のクラスの人か?」
振り返ると、そこには見覚えのない黒髪ポニーテールの女子生徒が立っていた。
「いや、私だよ。飯盛桜平のペア、元野木亜美」
「えっ、前と見た目だいぶ違わないか?」
元野木は髪を染めた飯盛達に合わせて派手な見た目をしていた。
ライトブラウンに染めた髪やジャラジャラとアクセサリーを付けていたイメージが強いだけに、今のシンプルにスポーティな見た目には違和感があった。
「元に戻したのよ。今まで飯盛に合わせてたけど、これ以上無理する意味もないしね」
元野木はどこか憑き物が落ちたような表情を浮かべていた。
グラゼロで風鈴に対して意地の悪い笑みを浮かべていたときとはまるで別人だ。
「それと、この前はごめん。友田にも多々納さんにも嫌な思いさせちゃったよね」
「風鈴には謝ったのか?」
「うん、気にしなくていいって言ってもらえた。本当に多々納さんって優しいね」
「そうか、なら俺はもう気にしてない」
偉そうにふんぞり返っていたのならばともかく、元野木は心底反省しているようだった。
そこまで嫌な思いをしたわけでもないし、風鈴が許しているのならばこれ以上彼女を責める意味はない。
「その様子からするに、飯盛達に合わせてそういうキャラを演じてたってとこか」
「そんな大層なもんじゃないよ。自分が虐げられるのが嫌だから他人を虐げるような態度を取ってたってだけ。本当に最低だけどね」
「誰だって自分が一番可愛いんだ。これから変わっていけばいいだろ」
どの口が言うんだか。
慰めのつもりで口にした言葉は自分の胸に突き刺さった。
「ありがとう。そうしたいのはやまやまだけど、もう私にチャンスはないから」
目を細めて走り込みを行っている陸上部の生徒達を眺めると、元野木は寂し気に告げた。
「どういう意味だよ」
「たぶん、次の中間試験で私は退学になる」
「なっ」
全てを諦めたような元野木の言葉に俺は絶句してしまう。自分の退学を受け入れているなんて理解できなかったのだ。
「飯盛は友田にこっぴどくやられて抜け殻みたいになってる。たぶん、今の飯盛は友田の言うことだけは絶対に聞かないと思う」
「俺のせい、なのか」
「ううん、友田は悪くない。あれは私達が百パーセント悪い」
俺の言葉を元野木は苦笑しながら否定した。
「私も自分のこと全然飯盛に話してないし、飯盛も全然聞いてこない。ただ一緒にバカやってわいわい騒いでるだけで、相互理解なんて程遠いよ」
「飯盛をどうにかすることはできないのか?」
「無理だよ。あいつ無駄にプライド高いからさ、私の言うことなんて聞きやしないって。だから退学になるのはしょうがないんだよ」
中間試験まではそこまで時間がない。その間に、飯盛を改心させるのは無理だと元野木は諦めてしまったのだろう。
「ただ陸上部の人達は一生懸命だったから、最後まで全力でサポートしたくってさ」
「そうか……」
俺は元野木にかける言葉が見つからなかった。退学の危機にある元野木を前にしても、行動することができない。
誰にも退学になってほしくないからと俺は風鈴の考え方を否定した。
でも、本当は違う。俺はただ自分に責任があると思いたくなかったのだ。
「友田もあんま責任感じないでよ。自業自得なんだからさ」
俺の内心を見透かしたように元野木は苦笑する。
やめてくれ、気を遣わないでくれ。優しい言葉には甘えてしまいたくなる。
「ほら、輪を乱す邪魔な奴らがいなくなってクラスをまとめやすくなったとでも思ってこれからも頑張ってよ。リーダー」
「え?」
ふと、元野木の言葉が頭に引っかかった。
飯盛達が退学になれば、確かにクラスには俺の言うことを聞いてくれる者だけが残るだろう。
どうしてこうなった。浦野は誰も退学にならないように計画を立てていた。
それでも飯盛達がこうなったのは不測の事態、俺との勝負に負けるということが発生したからだ。
俺は嫌な胸騒ぎがしてきたため、元野木に別れを告げて走り出した。
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