第15話 音楽は優秀なコミュニケーションツール

 放課後。男子三人に女子一人という、いつもと違う組み合わせで俺達は学園内のショッピングモールにやってきていた。


「乾さんってカラオケよく行くの?」

「うん、誘われることも多いからね」

「どんなの歌うの?」

「最近の曲からアニソンも歌うかな」


 先程から会話という名の尋問が続いている。少し前の自分を見ているようで心が抉られる気分だ。


「でも、最近のアニメはあまり見てないから昔のアニソンばっかりなんだけどね」

「わかる、俺も最近のアニソンは疎いんだよな! 何か違う感があるっていうかさ」

「そうそう、最近のアニメって何か微妙だよね!」


 蒲生と小山内の悪い癖が出始めた。

 無意識なのだろうが、この二人はつい他者や自分に刺さらないコンテンツを下に見るきらいがある。

 今後、その癖は直していかないとまたペアの大阿久達と拗れる可能性もあり得るだろう。


「最近のアニメは、何ていうか現実感がないんだよな」

「俺達みたいな陰キャの主人公がモテまくりなんてあり得ないよね」

「いや、アニメに現実感求めるなよ」


 現実ではないようなことがストーリーとして存在するからアニメや漫画は面白いというのに。


「いやいや、最初からそういう世界観ならいいけど、下手にリアリティがあると〝そうはならんやろ!〟ってなるじゃん」

「まあ、アニメならではのお約束ってあるよね。屋上でお昼食べたり、生徒会が謎に権力持ってたり」

「現実だと屋上は立ち入り禁止だし、生徒会は権力を持ってるわけじゃないもんね」

「アニメというか、学園モノあるあるだな」


 そもそも、恋愛弱者が退学になる学園に通っている時点でリアリティなんてあってないようなものだ。


「ラブコメもあり得ねぇこと起きるよね」

「家族ぐるみで付き合いのある幼馴染が家に遊びに来たりとかな!」

「それはあるだろ」


「「えっ」」


 実際、俺には近所に住んでいる幼馴染はいた。

 幼馴染がいることくらい普通のことだ。そう思って発言したのだが、蒲生と小山内は信じられないものを見るような目で俺を見ていた。


「まさか友田……」

「可愛くて自分のベッドでゴロゴロ漫画読んじゃうような幼馴染がいるのか!?」

「何でそんなに具体的なんだよ。いや、いたけど」


 俺の幼馴染は親が勝手に家にあげるくらいに馴染んでいたし、俺の部屋で俺よりくつろいでいた。


「許さねぇぞ! この陰キャの希望の星! 隠れ陽キャ! ラブコメ主人公!」

「褒めてんじゃねぇか」

「いや、褒めてはいないんじゃないかな……」


 俺のツッコミに対して、乾は苦笑していた。


「確かにラブコメ漫画だったら恋愛に発展してたかもしれないけど、今はもう友達でもないくらいだ。幼馴染なんてそんなもんだ」

「やめろ! 中途半端に夢を見させるな!」

「現実を見せないでくれ!」


 現実の厳しさを伝えると、蒲生と小山内は発狂していた。どうしろっていうんだ。


「みんな、どれだけ幼馴染に幻想を抱いてるの……」


 そんな二人を見て、乾は珍しく呆れた表情を浮かべていた。


「それに俺の場合は幼馴染を好きだったが、イケメンの従兄に幼馴染が惚れて失恋したぞ」

「NTRか!」

「いやBSSでしょ」

「ジャンルの問題なの?」


 ちなみに、NTRは彼女や妻を他の男に寝取られること、BSSは〝僕の方が先に好きだったのに〟の略である。


「現実感がないっていうなら、あれだろ。自分に惚れてる異性の幼馴染がいるってとこだろ。俺の感覚だと男子の方が惚れてうまくいかないケースの方が絶対多いと思う」


 ずっと昔から疑問に思っていたことがある。

 どうして漫画の中では可愛い幼馴染が主人公に惚れているのだろう、と。

 異性の幼馴染がいること自体は不思議なことではない。俺が現実にそうだったのだから。

 ただ違和感があるとすれば、女子が男子に惚れているところだ。

 現実の幼馴染は負けヒロインなんてことはない。

 現実で負けるのはいつだって男子の方なのだ。


「何か実感が籠もってんな」

「実体験だからな」

「……友田も苦労してるんだな」


 蒲生から憐みの視線を向けられた。その視線にはどこか安心感も混じっているような気がした。


「乾さんはどうかな。幼馴染に恋したりしなかった?」


 小山内は一縷の希望をかけて乾に問いかける。


「幼馴染かぁ。私は友達としてしか見てなかったから恋愛に発展するとかはなかったかな」

「一回も?」

「うん、一回も。むしろ、好意を向けられるのが辛かったよ。こっちは友達として普通に接したいのに変な感じになるし、本当にやめてほしかったなぁ」


 乾の何気ない言葉が容赦なく俺の胸に突き刺さる。

 心を細切れにされた気分だ。切れ味どうなってんだ。

 それからカラオケボックスに到着した俺達は思い思いの曲を入れて歌い始める。

 俺、乾、小山内、蒲生、の順で歌う順番が一巡すると、俺は蒲生からマイクを受け取った。


「蒲生、お前歌うまいじゃん」

「へへっ、そうか?」

「そのニチャ笑いがなきゃ素直に格好良いと思う」

「お前のその一言がなきゃ俺も素直に喜べたよ」


 蒲生とは、こういうわかった上でのディスり合うやり取りが増えてきた気がする。


「友田君って、やっぱりコミュ力高いよな」

「コミュ力高いっていうか、同じタイプの人間だと気が大きくなるタイプ? ほら、ネットとかだと積極的にコミュニティ形成するけど、リアルだとボソボソしゃべる感じの」

「やめろ、事実陳列罪だぞ」

「事実なのかよ」

「乾さんって友田君には容赦ないよね……」


 こうして楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

 時間いっぱいまで歌いカラオケボックスを出ると、乾と小山内は夕食の材料を買ってから帰るため、俺と蒲生だけで寮へと帰ることになった。


「なあ、乾さんって意外と少年漫画系のアニソン歌うんだな」

「ああ、懐かしいアニソンいっぱい歌ってな」

「意外と趣味が合うのかもな」

「あれは俺達に気を遣ってくれたんだろ」


 きっとそれは乾なりの気遣いだったのだろう。

 もちろん、本人が好きということもあるが、蒲生と小山内がわからない曲を歌われて微妙な空気になるのを避けたかったはずだ。


「自分と同じ趣味だからってそこしか話すことがなきゃ会話は広がらないぞ。ソースは俺だ」

「主税が言うと説得力があるな……」


 俺も風鈴にさんざん指摘されて理解したのだ。

 趣味が合うからと言ってそこしか話さなければ話題は尽きる。もしくはどちらかが飽きる。

 どちらも一つの趣味に対して深くハマっているのなら話は別だが、そうでないのならばもっと一つの趣味から繋がるような話題を出せる引き出しがないといけない。

 少なくとも、そうしなければこの学園で待っているのは退学だ。


「俺、大阿久と仲良くなれるかな」

「なれるだろ。大阿久って言葉はキツイし、目つきも怖いけど、気に入った人間には優しいタイプらしいぞ。これ風鈴情報な」


 風鈴は大阿久と仲が良い。

 風鈴は人の長所を見つけることがうまいこともあり、評価が甘めになっている気がしないでもないが、本当に嫌な奴ならばあんなに親しくなったりはしないだろう。


「だから、頑張れ。俺も頑張るからさ」

「おう!」


 浦野から言われた俺がクラスの中心人物になる話。

 最初は無理だと日和っていたが、やってやるさ。

 上辺や風見のような人間をこれ以上出さないためにも、俺は動くしかないんだ。

 それから数日後、珍しく大阿久が話しかけてきた。


「ねぇ、友田。最近蒲生から教えてもらった曲、めっちゃ良くてヘビロテしてるんだけど、この曲知ってる?」


 大阿久が見せてきたスマートフォンの画面には俺も好きな曲が並んでいた。


「ああ、この曲は作曲の人が好きで俺もよく聞いてるよ」

「やっぱ、神曲だよね! 最近じゃ、頭の中でずっとループしてんだよねぇ。あいつも良い曲知ってるんだね」


 大阿久は楽しげに笑うと、小山内と話している蒲生に視線を向ける。

 どうやら、蒲生も頑張って大阿久に歩み寄ろうとしているみたいだ。


 大阿久がハマっている曲は全部エロゲのオープニングテーマだということは、心の中にしまうことにした。

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