魔物の国と裁縫使い
カジカガエル
第1話 とりあえず服を着ろ
目覚めると、ベッドの中。
氷の森の土の上でも開拓地のタコ部屋でも雪の中でもない。
バネのきいたマット、上質な亜麻布のシーツ。
ふわふわした枕が使われた勝ち組仕様の大ベッド。
「どうなってんだ?」
脈絡がわからない。
ベッドだけじゃなく部屋も広く清潔だ。絨毯やクローゼットなどの調度も上等なものが取りそろえられている。
レースのカーテンから、日の光が差し込んでいた。
変な夢でも見てる気分になりつつ、おれを抱きしめている
魔物と言ったが、見た目は人間と大差ない。
歳の頃は一二、三。
長い金髪に白い肌。綺麗というより怖いくらいに整った容姿の美少女。
そこまではまぁいいが、ひとつ問題がある。
全裸だ。
上から下まで布きれ一枚つけていない。
素裸のまま、おれの足と胴体に手足を絡め、スヤスヤピーと寝息を立てていた。
裸の尻の少し上から、ふさふさした金のシッポが伸びている。
顔見知り、親しい相手ではあるが、そういう仲まではいっていない。
おれもこいつも酒は呑まないので、酔った勢いでどうこうということもないだろう。
一応おれは服を着ている。
そもそもこいつが全裸なのはよくあることだ。
天を震わす狼。
人と狼の体を使い分けることのできる、世界でも最強格に分類される魔物だそうだ。
人格、素行、精神年齢などから考えると「最強格?」と首をひねりたくなるような部分がありすぎるが。
裸族なのは種族的な問題らしい。
人の体で服を着ていても、狼の体になると自然に脱げてしまう。
そのせいで、人の体でいるときも裸で過ごすことが多い。
服を嫌っているわけではないので着ろと言えば着るが、放っておくと着ない。
寝るときも着ない。
気がつくとなんとなく裸になっていたりする。
人化のできる魔物には、全体にそういう傾向があるらしい。
ともかくベッドを出ようとしたが、ルフィオは離れてくれなかった。
きつく抱きついてるわけじゃないが、離れようとすると妙に頑強に抵抗してくる。
ルフィオの腕力は人の姿でもおれより上だ。力ずくじゃどうにもならない。
「起きろ」
返事はない。
「おいこら」
ゆさぶって見る。
乳が揺れた。
いや、そういうことがしたいんじゃない。
「……起きろっつってんだろうが」
大声で怒鳴れば反応するかも知れないが、外見上は年下の子供を怒鳴りつける気にもなれない。
生まれ年でいうと
どうにもならねぇ、とため息をついたとき、救いの神がやってきた。
ドアが開き、生真面目な雰囲気の声が響く。
「気付いたでありますか? カルロ殿」
カルロというのがおれの名前だ。
顔を見せたのは、ルフィオに負けず劣らずの美少女。
見た目は十五、六歳くらい。かすかに紫がかった黒色の髪に同色の瞳。手足が長く、すらっとした体型。
裸族のルフィオとは逆に、露出の少ない格好をしている。
黒地に金の刺繍や
首にはマフラーを巻き、黒い手袋をはめている。
正式な軍服ではなく、おれが縫製した普段使い用の衣装なので所属や階級などを示す徽章の類はついていない。
「お加減はいかがでありますか?」
軍服の少女は独特の口調で言って、おれの顔を見下ろす。
サヴォーカさん。
上客なので「さん」と呼んでいる。
「大丈夫です。こいつ以外は」
まだスヤスヤしているルフィオの姿を視線で示す。
サヴォーカさんはやや面目なさそうな表情になり「申し訳ないであります」と言った。
「魔力欠乏症を起こしていたので、ルフィオが魔力を注いでいたのであります。服は着ていたはずでありますが、眠っている間に脱いでしまったようで」
サヴォーカさんはベッドの下に落ちていたシャツを拾い上げる。
「魔力欠乏症、ですか」
魔力欠乏症。
魔術師が魔力を使いすぎたりするとなるやつだ。
体温が急低下して眠り込み、場合によってはそのまま目覚めず死に至る。
身に覚えは、ある。
相当の無茶というか、デタラメをやった覚えがある。
「裁縫術は負担の軽い魔術でありますが、あそこまでのことをすれば相応のリスクが生じるであります」
サヴォーカさんはおれをたしなめた。
「助けていただいたんですね」
「当然であります」
サヴォーカさんははにかんだように言った。
「カルロ殿の技術は、あんな場所で喪われてよいものではないであります」
そういったサヴォーカさんの背後には半透明の花が大量に咲いている。
黒と白、あとは灰色をした、モノクロの花。
サヴォーカさんが使役している冥花という眷属で、サヴォーカさんの喜怒哀楽に応じて姿を変えたり、姿を現したりする。
サヴォーカさんはおれに抱きついているルフィオの両腕を掴み、ぐぐぐと剥がしはじめる。
見た目は人間と変わらないが、サヴォーカさんは
おれの腕力ではどうにもならないルフィオの腕を力ずくで開かせて「今であります」と告げた。
おれが脱出に成功すると、ルフィオはそこでぱちりと目を開けた。
青い目でおれの顔を見上げと、
「カルロ!」
バネ仕掛けみたいな勢いでおれに飛びつき、抱きしめてきた。
結局振り出しに戻った。
「よかった! 起きた! だいじょうぶ!? 平気!?」
金色の尻尾がブンブン音を立てて振りまわされる。
興奮した犬みたいな勢いだ。
「ありがとう。悪かったな、心配を掛けたみたいで」
まずは素直に感謝を口にする。
それから、
「服着ろ」
と言った。
全裸で密着し、尻尾をぶん回しているおかげで、密着した胸の暴れ具合が大変なことになっている。
○
「着た」
「パンツはどうした」
素裸にシャツを一枚だけ羽織って得意顔をする裸族にツッコミを投げる。
シャツの横のスリットから裸の尻が見えている。
その上尻尾を振るもんだから、さらに大変なことになる。
「ここは?」
ルフィオから視線を外す意味も兼ね、サヴォーカさんに聞いてみる。
意識をなくした時におれがいたのはタバール大陸、ブレン王国南の街ゴメルの近く。
一言でいうと辺境の街だ。こんな立派な部屋があるような土地じゃない。
「ここでありますか」
サヴォーカさんは思案するような表情を見せた。
「言葉で説明させていただくより、ご覧いただいたほうがよいでありますね」
サヴォーカさんは部屋の窓に歩み寄り、カーテンを開く。
カーテンの向こうにあったのは、途方もない大都市だった。
レンガやセメントなどで作られた大型建築物の群、白い蒸気を吐きながらレールを疾駆する蛇みたいな乗り物などが視界に飛び込んで来る。
街の向こうは大海原。
蒸気を噴く黒い船やシーサーペントなどの海獣につながれた牽引船などが何隻も浮かんでいる。
往来にはオーク、鬼族、ハーフリング、獣人と言った人間以外の種族が行き交い、空にはワイバーンやグリフォンと言った翼獣たちが飛び回っている。
「ここは……?」
唖然としたおれに、サヴォーカさんは告げた。
「アスガル魔王国、首都ビサイド。この部屋は、私とルフィオが所属しているアスガル魔騎士団宿舎の十二階であります」
アスガル魔王国。
おれがいたタバール大陸の南西に位置するアスガル大陸を統一支配する国だ。
名前の通り魔王に支配された多種族国家で、魔物の国という異称でも知られる。
鬼族、獣族、竜族、オーク、巨人族などの多数の非人族種族を魔王、それと魔王直属の魔騎士団の圧倒的な戦闘力でまとめあげている
「びっくりした?」
パンツをはいたルフィオは尻尾をゆらして言った。
「驚いた。さすがに魔騎士だとは思わなかった」
ルフィオとサヴォーカさんが魔物であること、アスガル出身者であることは知っていたが、魔騎士団の関係者とは思っていなかった。
魔騎士団は魔物の国アスガルが誇る世界最強の戦闘集団だ。
あります口調のサヴォーカさんはともかく、ルフィオのほうはイメージが全く合わない。
戦闘力はともかく、組織向きの性格ではないだろう。
褒められたと思ったのか、ルフィオは「えへへ」と尻尾を振った。
「隠し立てをしてきて申し訳ないであります」
サヴォーカさんは真顔で言った。
「カルロ殿がブレン王国にいる間は、自分たちが魔騎士団の七黒集であると明かすわけにはいかなかったのであります」
「七黒集?」
また、聞き捨てならない単語がでてきた。
魔騎士団の七黒集。
世界最強と言われる魔騎士団の中でも頂点と言われる七人の魔騎士のことらしい。
「はい」
サヴォーカさんは真顔のままうなずく。
「正式に自己紹介をさせていただくであります。私はアスガル魔王国魔騎士団所属、七黒集第二席『貪欲』のサヴォーカ」
七黒集というのは慣例的に『傲慢』『貪欲』『嫉妬』『憤怒』『姦淫』『暴食』『怠惰』という、不穏な単語を割り当てられているそうだ。
そうなると、もう一人が気になってくる。
眼をやると、ルフィオは少し恥ずかしそうな顔で「『暴食』」と言った。
「七黒集第六席『暴食』のルフィオ」
やっぱり二人とも七黒集だったらしい。
にしても、『暴食』か。
サヴォーカさんの『貪欲』はピンとこないが、こっちは納得できた。
おれがルフィオと出会ったのも『暴食』というか、ルフィオが変なものを食ったせいだった。
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