第31話 親友とのわかれ
リゾートの敷地内は既にドリンケン配下の兵士だらけだった。レオパルトとその兄猫を先頭に、山猫族の軍団は僕たちを包囲している敵の大軍の中を戦いながら突き進んでいった。
レオパルトの兄猫の破壊力は尋常ではなかった。アイゼを抱えているのにもかかわらず、鎧を着ている敵兵を巨大な斧のような武器でたたき割り、血道を開いていた。
「名のりおくれたな。俺はゲパルドだ。」
「ゲパルドさん、脱出手段は?」
「もちろん考えてある。」
ゲパルドが大斧をふるうたびに敵兵が派手にふっとび、ドリンクスタンドにつっこんで大破したり、沿道のショップのガラスを突き破ったりした。
「敵兵に同情しますわ。」
巨大なクロスボウを持ったベラベッカが横から飛び出してきて僕たちに合流した。
「ベラベッカ! 無事でよかった!」
彼女は体中あちこち傷だらけで、背中にリュックを背負いながら矢を連射しまくっていた。
「リュックの中にはカイトくんがいます。早く手当てしないといけません。」
「ユートくんは?」
「山猫族の救出チームが向かったそうです。あ、レイさま、すこしだけ横へ動いていただけますか?」
僕が体をそらすと、彼女は僕の真横まで迫っていた数名の敵兵を一瞬で射倒した。
「あ、ありがとう。」
「どういたしまして。」
ゲパルドについていくと、いちばん大きな高層ホテルにたどりついた。ホテルの前には自動馬車が何台も停車しており、宿泊客達がパニックに陥って悲鳴をあげながら逃げ惑っていた。
「自動馬車をうばえ!」
山猫戦士たちは次々と乗っている宿泊客をひきずりだして馬車を奪い、僕たちが乗り込むと急発進させた。
僕とベラベッカが乗り込んだ馬車の中は山猫たちでギュウギュウ詰めだったが、そこにユートがいた。
「レイにいちゃん! ベラベッカおねえちゃん!」
「ユートくん! よかった!」
ベラベッカはユートをしばらくの間抱きしめて、優しく頭をなでていた。僕はすこしうらやましいと思ってしまい、慌てた。
「大佐のおねえちゃんとは、はぐれちゃったニャ…。」
ユートはしょげてしまい、僕も大佐と軍曹のことがたまらなく心配だった。
「ゲパルドさん、停めてください。僕は降りて人を探しに行きます。」
「馬鹿なことを言うな! 俺たちまで危うくなる。あきらめろ。」
確かにこの状況では無謀だった。自動馬車の車列はリゾートの出口を目指して爆走を続けた。出口の大門は敵兵たちに固められていて雨のように矢が降ってきたが、ゲパルドが大斧を投げつけると門扉は四散した。
「行け! 全車つっきれ!」
僕たちの乗った自動馬車は破壊された門を猛スピードで突破して、リゾートから脱出した。
「追手は?」
「ありませんニャ!」
「このまま山猫の里まで突っ走れ!」
ゲパルドは部下の山猫に指示してから、横たわっているアイゼのそばにしゃがみ込んだ。
「アイゼ、いま治してやるからな。」
彼はアイゼの首のあたりを探していたが、急に焦りだした。
「おや? 無いぞ? 俺がこの子にあげた魔道具の全快ネックレスがあるはずなのに?」
僕には思い当たる節があった。
「それは彼女が僕に使ってしまったのかもしれません。」
「なんだと!?」
僕たちのやりとりを聞いていたベラベッカが進み出てきた。
「ユートくんと私で応急手当てをします! レイさまは後ろを向いていてください。」
「アイゼ! がんばるんだ! 死ぬな!」
ゲパルドは戦っていた時の猛々しさは微塵もなく、泣きそうな顔で祈る仕草をした。
やがて車列はマウントプレキャットの麓に着き、僕たちはアイゼや来島を担いで山を登って山猫の里に入ったが、疲れは頂点に達していた。山猫の里では意外な者が待ち受けていた。
「なんちゅうこっちゃニャ! アイゼちゃん! ワシが治しちゃるニャ!」
「シャムシャム前院長!?」
重傷者は全て連れていかれ、前院長と治療室にこもってしまった。
「兄貴、助かったわ。おおきにな。」
レオパルトが疲れきった様子で床に座りこみ。僕もベラベッカもユートも同じくへたりこんでしまった。
「うむ。お前も無事でよかった。シャムシャム殿は、山猫特殊部隊が猫の街からお連れしたのだ。皆には深く礼を言う。おかげでアイゼ…大切な俺の娘を救うことができた。」
「こちらこそ、もうダメかと思いました。ありがとうございました。」
「皆には部屋を用意するからまずは休んでくれ。俺は面倒ごとを片付けてくる。」
「面倒ごと?」
僕が聞き返したのと同時に、山猫が一匹走ってきた。
「ゲパルド様! 長老会の皆さまがお呼びですニャ!」
ゲパルドは行ってしまい、僕たちは別の部屋に通された。みんなの容体が心配だが、今はただ待つしかなかった。
綺麗な水やタオルと着替えが用意されていたので僕は体を洗い、怪我の手当てをした。
「レオパルト、長老会って?」
「山猫族を支配している老猫の評議会や。兄貴はたぶん命令無視で出陣したんやろな。」
「ゲパルドさんが一番えらいんじゃないの?」
「山猫族と人間は結ばれたらあかんという厳しい掟があるんや。だからボスは赤ちゃんの時に捨てられたんや。ボスが協力を頼みに行ったのに、断られたんは掟のせいや。」
「ゲパルドさまは掟をやぶり、娘である院長を助けたから裁かれるのですね。」
入浴してさっぱりした様子のベラベッカが悲しそうに言った。なんだか僕は腹が立ってきた。
「そんな理不尽な! 父親なら娘を助けて当然じゃないか!」
そこへ、シャムシャム前院長がやってきた。
「待たせたのうニャ。治療は完了ニャ! いやあ、久々にアイゼちゃんの体を…」
「シャムシャムさま。その先を言ったら撃ちますよ。」
「あいかわらずベラベッカちゃんはワシにきびしいいのう~、ニャハハ。」
僕は前院長にしがみついた。
「みんなの容体は!?」
「そう慌てるニャ。アイゼちゃんとカイトは大丈夫じゃがしばらく安静ニャ。だがな、あの人間はすまんが手遅れニャ。お主と話したいことがあるそうニャ。」
「わかりました…。」
僕はアイゼの無事を聞いて安心すると同時に、来島のことが信じられず激しく落胆した。
「レイさま…。わたくしもお供しましょうか?」
「ありがとう、ベラベッカ。でも、これは僕の問題なんだ。行ってくる。」
来島は包帯だらけでベッドに寝かされていた。
「来島…。」
僕が遠慮がちに声をかけると、来島はゆっくりと目をあけた。
「よう、三毛神。無事だったか。よかったな…。あの美人さんは…?」
「無事だ。君のおかげだよ。僕は見たんだ、君が彼女をかばうのを。」
「そうか…。まさか俺まで撃ちやがるなんてな、油断したぜ…。」
来島は無理に笑みを浮かべたあと、痛むのかすぐに顔をゆがめた。
「来島、僕たちの世界の政府は、この世界の人間国の軍に兵器や武器を提供しているんだね。」
「そうだ。子猫の提供と引き換えにな…。」
「まさか、猫の国への侵攻も僕たちの世界の政府がそそのかしたのか?」
来島はすこし驚いたような表情を見せてから、また力なく微笑んだ。
「察しがいいな…。おそらくな。初期の交渉では、お互いにメリットが少ないからもめたらしいが…子猫の提供で合意したそうだ…」
「子猫をなぜ? そもそも、この異世界と僕たちの世界はどうしてつながったんだ?」
「それは…。」
来島は何かを喋ろうとして、激しく咳きこんでしまった。僕にはまだまだ聞きたいことがあったが、重傷の来島にこれ以上負担をかけるのがこわくなり、黙り込んでしまった。
「三毛神、聞きたいことを聞けよ。あまりもう、俺には時間が…。」
「来島、高校で僕に近づいたのは、誰かの命令だったのか?」
「そうだ。三毛神一族には必ず監視がつく。俺はお前と親友になれと言われてな…。」
「僕を利用するために?」
来島はますます苦しげな様子になってきていた。
「そうだ。お前、いつも一人だったよな。最初は命令だったからな…。でも、覚えてるか? 夏休みに俺の実家で遊んでさ…楽しかったよな…。」
僕はもう、涙をこらえることができなくなり、来島の手を握った。
「ああ、あんなに楽しかったのは生まれて初めてだったよ。」
「三毛神、俺の姉に会え…。黒猫がなぜお前を狙ったか、姉が知ってる…。」
「来島!」
そこまで話してから、来島は力尽きた。それが、僕が世界でたったひとりの親友を失った瞬間だった。
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