第14話  地下作戦会議室


「やめてください!」



 大扉から屋敷の外に飛び出した僕は力の限りの大声で叫んだ。その場にいる者の全ての視線が僕に集中した。黒髪の少女は僕をにらみ、声を出さずに口だけを動かした。



(部屋にいてと言ったでしょ!)



 彼女の口の動きはそう言っているようだった。占領軍捜索隊の指揮官が怒鳴った。


「なんだ貴様は! その格好はなんだ?」


 僕は一瞬ひるんだが、ここは堂々とひと芝居を打たなければならなかった。


「兵を引きあげてください! ここには黒猫などいません! なぜなら…。」


 僕が何を言い出すのか、皆が注目した。子猫たちまでも泣き止んで僕を見ていた。



(いったい何を言うつもり!?)



 黒髪の少女はハラハラしている様子だったが僕は構わずに、少し間をおいて十分に皆の注目を引きつけてから言葉を続けた。



「黒猫は僕が殺したからです。」



 また間が空いて、しばらくの間は誰も喋らず、一陣の風が吹いて庭の草を揺らした。口火を切ったのは指揮官だった。


「はあ? 貴様は何を言っているんだ。貴様のような奴があの黒猫を倒せる訳がないだろうが? 第一、証拠はあるのか?」


 からかうように指揮官の背後の赤シャツ兵士たちから笑い声が起こった。予想通りの質問だったので、僕は答えを用意していた。


「僕が生きて、今ここにいる事が証拠です。」


「貴様は何を言っているのだ?」


 戸惑う指揮官を僕はまっすぐに見返した。


「昨晩、僕はパルミエッラさんの命令で、彼女を守るために黒猫と戦いました。そして奴を殺しました。今まで黒猫と遭遇して生き残っている者は一人もいません。でも、私は生きています。それが証拠です。」


「な…!?」


 指揮官は絶句して口をパクパクさせていた。狙い通り、あの時の赤いドレスの女性の名前の効果は絶大だったようだ。僕はもうひと押しした。


「嘘だと思うなら、パルミエッラさんに聞いてください。証言してくれるはずです。この屋敷の皆さんは、その戦いで重症を負った僕を助けてくれた恩人です。」


 指揮官はしばらく考えていたが、副官らしい者とヒソヒソ話して急に態度が変わった。


「これは失礼をいたしました! すぐに本部で確認をとり、改めて後日お伺いします。事実とするとこれはすばらしいことですぞ!」


 指揮官は興奮しながら、兵を率いて引き上げて行った。兵士たちに解放された子猫たちは歓声をあげながら二人の少女に飛びついた。少女たちは子猫たちを受け止めて、いつまでも優しく抱きしめていた。



 外門をピシャリと閉めた金髪の少女に向かって、黒髪の少女が外を指さしながら命令しはじめた。


「あー、むかつくッ! ベラベッカ、塩をまいておいて! もう二度と来なくて良いわ、あんな奴ら!」


「院長、お言葉を返すようですが家計は火の車です。塩も最近はお高いので、かわりに砂をまいておきます。」


(この世界でもこういう時は塩をまくんだ…。)


 僕は急に力が抜けてその場にへたりこんでしまった。今頃になって震えが止まらなかった。そこへ肩をいからせながら僕に向かって黒髪の少女が突進してきた。


「レイちゃん! なんてことをしてくれたの!」


 僕は縮こまったが、レオパルトが間に立って止めに入ってくれた。


「まあまあ待ちいな、ボス。レイはんの機転で助かったんやないか。これからどうするかは後で皆で話そうや。それにホレ、見てみい。」


 子猫たちが僕の方に駆け寄ってきた。みんなモジモジしていたが、その中の子猫が何かを僕に差し出した。


「おにいちゃん、ありがとうニャ。」


 それは庭に咲いていた小さな黄色いタンポポのような花だった。僕はその花を受け取ると、ニッコリと笑った。


「ありがとう。」


 子猫たちは歓声をあげると、僕に一斉に寄ってきて体にスリスリした後、屋敷の中に入っていった。黒髪の少女は腕組みをしながらそれを見ていたが、フッと笑った。


「ま、いいか。全員、後で地下会議室に集合ね!」


 そう言い残すと彼女も屋敷の中に入っていった。僕は彼女にどれだけ怒られるかとヒヤヒヤしていたが拍子抜けだった。


「よかったな、レイはん。ボスにどやされずにすんだやないか!」


 レオパルトは大きな猫手で僕の背中に思い切り猫パンチをした。




「会議室って?」


「ま、レイはんには色々とわからんことがあるやろうから、まずはその説明からやな。あとは…。」


 彼の視線の先には金髪の少女がいて、彼女はうるうると涙ぐみながら僕を見ていた。


「あなたがレイさまだったのですか! なんという偶然! そしてなんという凛々しいふるまい! そう、やはりこれは運命、最高の伴侶との出会い。これで我がホッケウルフ家の再興はなったも同然です!」


「は、伴侶? 再興?」


「レイはん、無視、無視。」


 目を閉じて一人で感動に浸っている金髪の少女を放置して、僕はレオパルトに背中を押されながら屋敷の中に入った。


(強い風が吹かなくて良かった…。)


 スウェットをゆったりさせたような服を与えられ、ようやく着替えることができた僕は地下会議室への階段に向かった。


「レイはん、用意はええか。」


 うなずく僕に大猫は言った。


「言っとくけどな、ここを降りたらもうあと戻りはできへんで。ええんやな?」


 もう一度、僕はうなずいた。


「構わない。ここで何が起きているのか、全て教えてほしい。」



 レオパルトは牙を出して満足そうにニヤリとした。僕が下を覗き込むと、地下への階段の先は暗く、へばりつくような闇の中は全く先が見えなかった。

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