騎士への道
即席の剣術指南会をどうにか収集したあと、デニスと父娘は再び領主邸の応接室に戻ってきた。
「すまねぇな二人とも。ちょっと嬢ちゃんの実力を確認するだけのつもりだったんだが……」
「いや、構わんよ。中々やる気のある連中で、一領民としては頼もしいと思ったぞ」
「私も、色んな人と戦えて凄く楽しかったです!」
申し訳無さそうに言うデニスに対して、特に気にしたふうもなく父娘は答えた。
エステルはニコニコと笑顔を浮かべ、本心からの言葉であることが分かる。
「それで?コイツの実力を確認して……どうするんだ?単なる興味で呼び出したわけでもあるまい?」
「いや、理由の半分は純粋な興味からなんだがな」
「もう半分は?」
「ふむ……」
ジスタルの重ねての問に、デニスは暫し口籠る。
だが、意を決して再び口を開く。
「なぁ、ジスタルよ。お前は……あの事件の事、どう思ってる?」
「ん?あぁ……。今となっては、別に……特に思うところは無いな」
「だったら……」
「だからと言って、王国騎士団に復帰するつもりも無いぞ」
「……そうか。まぁ、それは仕方ない」
そうは言っても残念そうなデニスではあるが、今更何を言ってもジスタルが意思を変える事もないのは分かっているので、それ以上は言及しない。
そして、雰囲気を変えて話を続ける。
「ともかく、お前の話は置いておいて……今はエステル嬢ちゃんの話だな。さて、もう半分の理由だが……」
そこでデニスは当のエステルに向き直る。
「なぁ、エステル……お前さん、王都に行ってみたいと思わんか?」
「王都?」
エステルは不思議そうに聞き返す。
そしてジスタルは、ピクリと眉を動かすが、口出しすることはない。
「あぁ。あれ程の剣の才能。剣聖すら凌ぐ実力者を、こんな辺境の地に埋もれさすのは勿体ないと思ってな。その剣の腕……国のために活かそうとは思わぬか?」
「ん〜……」
デニスの言葉に、エステルは唸り声を上げて考え始める。
ジスタルはその段になっても口出ししない。
そして、エステルが再び口を開いて出した答えは……
「え〜と、国のため……と言うのはよく分からないですけど、王都には行ってみたいです」
と言うものだった。
特に深い考えがあるわけではない。
そこには、ただ純粋な興味があるだけだった。
彼女は辺境の暮らしに不満があるわけではない。
日々研鑽を重ね、自警団の一員として村の人々を護る仕事にはやりがいを感じている。
しかし、魔物との戦いを除けば、辺境の村の暮らしは変化に乏しい。
剣術一筋とも思えるが、彼女とて年頃の娘だ。
華やかな都会での暮らしに興味が無いわけではないだろう。
「王都なら人も沢山いるし、きっと強い人も沢山いますよね?」
……いや、あくまでも彼女は剣術一筋のようだった。
「ああ、そりゃあな……なんせ王都は人も多いからな。もしかしたらお前の親父さんを凌ぐ実力者だっているかもしれんぞ」
「おお〜……!」
わくわく……と言った様子で眼を輝かせるエステル。
どうやら随分と乗り気になっているようだ。
逆にそんな娘の様子を見たジスタルは、複雑そうな表情だ。
それでも反対はしないようだ。
娘の才能を田舎で埋もれさすのは、彼としても思うところがあったのかも知れない。
「俺より強いかどうかは分からんが……今の国王陛下は、それはそれは腕が立つと専らの噂だな。それと、現騎士団長もかなりの実力者だと聞く。うちの村まで噂が届くくらいだ、相当なものなんだろ?」
「あぁ……俺も実際に目にしたことがあるわけじゃあないが、噂だけではないみたいだぞ」
王都の実力者と聞いて、ジスタルがたまに村に訪れる商人などから聞いた噂を思い出し、デニスがその話を肯定する。
そして、エステルと言えば……
「その人たちと戦える?」
「「…………」」
……先ずは、この娘には常識を教えなければ。
男二人は顔を見合わせて、そう思うのだった。
「ま、まぁ、とにかくだ。エステルにその気があるのであれば……俺の推薦で騎士団への入団試験を受けられるよう取り図ろうじゃないか」
「入団試験……ですか?」
「あぁ。毎年春先に募集があるんだがな。身元保証だなんだで、誰でも受けられるわけではないんだが……俺の推薦なら書類審査は問題ねえ」
「……本当に問題ないのか?俺の娘と言うだけで警戒されそうな気がするが……」
デニスの話に、ジスタルは懸念を口にする。
どうやらジスタルが騎士団を辞めた事に関連するようだが……
「問題ねえさ。もう、当事者も殆どいねえ。むしろ残ってるやつは、お前の復帰を望む者ばかりだろ」
「…………」
「お父さん?」
黙り込むジスタルに、不思議そうに声をかけるエステル。
だが、ジスタルはそれに応えることはない。
その代わり……
「分かった。コイツが望むなら、俺は止めはしない。……だが、エドナの許可も必要だ」
「……そっちの方が難関だな」
デニスはかつての事を思い出し、難しい表情で呟いた。
しかし。
「大丈夫です!お母さんは私が説得します!!」
エステルは迷いなく、何の心配もしていない様子で宣言するのだった。
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