第13話 二人一緒なら

「もしもし。突然、電話なんかしてきてどうしたの?姉ちゃんのせいで、起こされたんだけど」

「もう昼過ぎだから、いい加減起きたらどう?美耶が結婚するんだってさ。紅葉にも連絡がきた?」


 数回のコール音の後、電話は弟につながった。紅葉は大学を卒業して、楓子と同じように就職は実家から離れた県外に決めていて、会社近くのアパートで独り暮らしをしていた。


 楓子は挨拶することなく、すぐに電話の用件を伝える。紅葉が驚いて息をのむ音がスマホ越しに聞こえたが、すぐに冷静な声で返答される。美耶という言葉で目が覚めたのだろう。


「やっぱり、姉ちゃんのところにも連絡が来たんだね。オレのスマホに先輩からメッセージが届いたときは、本当に先輩から来たのかと疑っちゃったよ。結婚するなんて思わなかったから、驚いたよ」


 どうやら、弟の紅葉も美耶の連絡先を削除せず、ブロックもしていなかったようだ。SNSのアカウントも変えていないし、電話番号も変えていない。楓子が大学卒業後、一人暮らしのための引っ越しのときに決めたはずだった。


彼女とは関わらない。


「紅葉も連絡先をブロックしなかったんだね」

「それ、オレも姉ちゃんに言おうと思ってた」


『私(俺)たち、似た者同士だね』


 自然と口から出た言葉はきれいに紅葉の声をハモってしまう。思わず笑ってしまうと、電話越しからも笑い声が聞こえた。


 結局、楓子も紅葉も心の奥底では、そこまで美耶という女性を嫌っていないのだ。紅葉は最初こそ、美耶のことをやばい人物だと警戒していたが、付き合い始めてから警戒心が少し薄れていた。


 あのとき決めた事は、美耶とは関わらないほうがいいが、それはこっちから連絡を取らないということであり、向こうからの連絡を拒むというのは含まれていなかった。


「それで、紅葉は結婚式に出るの?」

「どうしようかな。オレも姉ちゃんに相談しようと思っていたんだ。いったいどんな相手と美耶先輩が結婚したのか気になるから、結婚式には出たい気もするけど……」


「紅葉も気になるよね。私も美耶の結婚相手がどんな男か気にはなるけどさ……。でも、結婚式に参加するかどうかは、そういう問題じゃない気がするんだよね」


(美耶のことだから、私たちに会うための罠かもしれない)


 そもそも、楓子たちが大学を卒業して社会人になってから、一度も連絡を取り合っていない。3年ぶりに連絡が来たかと思ったら、内容は自分の結婚式について。


「だよねえ。美耶先輩の相手は気になるけど、先輩のことだから、結婚は嘘で、俺たちを呼ぶための罠かもしれないしね。じゃあさ」


『一緒に参加する?』


 弟の提案はとても魅力的だった。楓子も一瞬、その考えが頭に浮かんだ。姉弟で考えることは一緒だった。たとえ、告白されて振ったとしても、姉の代わりに付き合わされて気まずいとしても、姉弟そろって出向くなら、乗附美耶に会ってもいいと思えるのだ。


 なにより楓子たちは、自分たち姉弟を差し置いて結婚する相手が気になりすぎていた。興味がわきすぎて、かかわらないと決めた時の自分たちには悪いが、今回は美耶の誘いに乗ることにした。


(もしかしたら、数年で美耶の性癖も変わっているかもしれない。私のことも、ただの友達として見てくれるといいな。紅葉に関しても、あれは若気の至りだって笑い合えたなら)


 また告白前みたいに親友として付き合える。


「決まりだね。二人で美耶先輩の結婚式に参加しよう!二人なら美耶先輩がなにか仕掛けてきても対処できる気が……」


 紅葉は姉と意見があって喜んでいたが、最後の言葉がしりすぼみになる。弟の変化に戸惑うが、楓子にもその気持ちはよくわかった。だからこそ、明るい口調で話しかける。


「ただ親友の結婚式に参加するだけなのに、何をされるっていうの?」

「何事もなく、結婚相手を拝んで祝福するだけで終われば、それでいいんだ」


「美耶のことだから、紅葉の言うこともあながち間違いではないかもしれない。でもさ、私はそれを引き換えにしても、私は美耶の結婚相手が知りたい。それに」


 美耶と直接会って、今までのことや現在の生活のこととか聞きたい。お互いの現状を語り合いたい。


「そ、そうだよね。大丈夫、大丈夫だよ。俺たち二人なら、先輩も何かできないよ、な」


 楓子も内心では、結婚式当日の親友の行動に対して不安を抱いていたが、それを口にすることはなかった。


「じゃあ、とりあえず姉ちゃんもオレも結婚式に参加ということで、先輩に返信しておくよ」

「私も」


 そこで電話が終了した。通話を終えて真っ暗な画面になったスマホをベッドわきに放り投げて楓子は目を閉じる。


(美耶、あなたは私のことが好きだったはずでしょう?そんなに簡単に諦められるの?)


 胸の奥がもやついて、美耶は枕を抱きしめてごろごろと転がった。


 楓子と弟の紅葉は三年ぶりに美耶に会うことになった。結婚式に招待されるという形で、祝いの場での邂逅となる。


 この時、楓子たち姉弟は自分たち以外の大学で親しかった人や美耶と関わりのあった人などに連絡を取ることはしなかった。もし連絡を取っていたら、今後の未来が変わったかもしれないことを二人が気づくことはなかった。

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