囚われの姉弟
折原さゆみ
第1話 告白
「私、楓子(ふうこ)が好き」
まさか、自分が告白される立場になるとは思わなかった。楓子(ふうこ)は目の前に立つ、同性の相手をぼんやりと見つめる。どうして人生初の告白を受けたのに、こんなにうれしくないのだろうか。
「いや、私、女だよ」
ありきたりな言葉を返すことしかできないが、間違った回答はしていない。今のご時勢、同性のカップルも認められてはきているが、楓子にとっては二次元か、どこか現実味のない、自分とは遠い世界の話だと思っていた。
「楓子が女であるなんてことなんて、わかってるよ。だからこそ、私は好きになったんだよ!」
4年間、一緒に大学生活を送っていて、親友の性別を間違えるわけはない。そんなことは知っていたが、つい、聞かずにはいられなかった。「だからこそ」とはいったいどういうことか。楓子が女だから好きになったということか。
「私はね、女の人しか好きになったことがないの。男の人ってどうも昔から苦手で」
「だからといって、私を好きになる理由はないでしょ。しかも、告白のタイミングがどうして、大学の卒業旅行中なの?」
今、楓子たち二人は大学の卒業旅行と称して、海外のとある場所に来ていた。二泊三日の旅の終盤、明日の朝には飛行機で帰ろうというタイミングでの告白である。ホテルのベッドでシャワーを済ませ、明日の帰国へ向けての荷物の整理をしていた時に突然、告白された。
「だって、どう考えても私の告白が成就する見込みはないでしょ。だったら、大学最後の思い出として、自分の気持ちだけでも楓子に伝えておきたかったの」
悲しそうに話す親友になんと言葉を掛けていいのかわからない。確かに、楓子が今まで好きになった相手はすべて男性であり、女性を恋愛的な目で見たことはない。きっとこれからも女性を好きになることはないだろう。
「ほら、私の言ったとおりでしょ。付き合えるとかそんな期待はしていなかったの。ただ、最後に自分の気持ちを伝えたかっただけだから、気にしないで」
そんなことを言われて気にしないでいられるほど、楓子は無神経ではなかった。それでも、ここで安易に告白を受けるべきではないとわかっていた。親友のことを恋愛的な目で見たことがなく、これからも見ることが出来ないのに付き合うなんて、それこそ相手に失礼な気がした。
「ごめん。私は……」
「それ以上は言わないで」
しばらく二人の間に気まずい空気が流れる。その間にも時間はどんどん過ぎていく。ちらりとホテルのベッドわきに埋め込まれたデジタル時計を見ると、すでに夜の0時を回っていた。
「もう、寝よう」
「そうだね」
明日の朝は空港までいかなければならないため、早起きする必要がある。二人はぎこちない笑みを浮かべ、それぞれのベッドに横になる。
(まさか、親友が私のことをそういう目で見ていたなんて)
近くにいても、分からないことはあるものだ。天井に目を向けながら、楓子は親友との大学生活を思い出すが、親友としての距離感以上に近付かれたことはない。
楓子はこれ以上考えても無駄だと思い、目を閉じて思考を停止する。すぐに旅行の疲れが眠気を押し寄せ、あっという間に寝てしまった。
告白をしたからと言って、親友は態度をあからさまに変えることはなかった。次の日の朝、楓子より早く起きた親友は荷物を片付け終え、洗面台で先に化粧をしていた。
「おはよう。今日はあんまりいい天気ではなさそうだから、傘をすぐ出せるようにしたほうがいいかもしれない」
「う、うん」
楓子が洗面台に入ると、それに気づいた親友が声をかけてくる。あまりにもいつも通りの親友の様子に楓子は戸惑い、ただ頷くしかできない。親友は気持ちの切り替えが出来ているかもしれないが、楓子はまだ昨日の告白を気にしていた。
ふとホテルの窓の外をのぞくと、親友の言葉のとおり、どんよりとした曇り空だった。楓子の心も同じようにどんよりとして晴れる様子はなかった。
「じゃあね、次は卒業式かな」
「そ、そうだね。袴の着付けとか化粧とか髪のセットもあるから、朝の時間に遅れないようにしなくちゃ」
あっという間の二泊三日の卒業旅行だった。最終日のホテルでの告白のインパクトが強すぎて、楓子はその前までの旅行の記憶があやうく消えかけるところだった。しかし、スマホでたくさんの写真を撮ったので、思い返すのは簡単だろう。
海外から日本の空港に戻り、電車で互いの最寄り駅までスーツケースをもって移動する。大学は一緒だが、楓子は実家から電車で通っていて、親友は大学近くでひとり暮らしをしていた。途中まで電車で一緒に帰ることになった。
「あの時は大変だったよねえ。課題が大変すぎて留年するかと思ったよ」
「文化祭、もっと楽しんどけばよかったなあ」
「4月から社会人として働くかと思うと、うれしいような不安が大きいような……」
「そうそう、あの時の課題は私も結構苦戦したよ。でも何とか二人とも留年せずに済んでよかったね」
「文化祭なんて、参加するの面倒くさいって言っていたのは美耶(みや)でしょ」
「私も美耶と同じだよ。4月から社会人かと思うと、ね」
昨日の今日で楓子は会話に適した話題を見つけられずに困っていたが、親友は特に気にすることなく今までの大学生活や、これからの社会人としての期待などを大げさなくらいに明るく話していた。
相手が気を遣っているのが分かったため、あえて楓子も同じテンションで話題に乗っかることにした。そうして、駅での別れが来た時には疲れてしまったが、それでも最後の別れは我ながらキチンとできたと安堵していた。
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