第179話スピカの秘密

 ——◆◇◆◇——

「いいぞ……なかなかやるではないか。これは成功と考えて問題ないな」


 スピカの後方、通路の脇で待機していた男が何やら呟いている。どうやら何かしらの企みをもってここにきたようだが、今のところはこの男の計画通りという事なのだろう。

 もっとも、その計画はここで終いだ。潰させてもらうぞ。


「なにが成功なのかわからぬが、貴様が此度の変事の首魁と考えて良いのか?」


 声をかけられたのがそれほど意外だったのか、男は驚いたように目を見開き、こちらを見つめてきた。


「……ほう。私には意識が向かないように魔法がかけられているのだがな」

「その程度の精神干渉であれば、弾くようになっているのでな」

「それはそれは……なかなか厄介なことだ……んん?」


 だがそこで、男は何やら訝しげな様子を見せた後、俺の顔を見つめながら考え込むように首を傾げた。


「ああ。なんだ、恩人殿ではないか」

「恩人だと? 俺は貴様らのような者に恩を与えたようなことなどないはずだがな」


 そもそも、恩どころか面識すらないはずなのだが、もしやどこかで会ったことがあるのだろうか?


「ククッ。なに、恩を感じているのは我々ではないさ。お前達のことを恩人だといっているのは、〝アレ〟だ」


 男がそう言いながら指を差した先には、スピカとスピカに襲われている警備、それからスティアだけしかいない。ならば、この男がいう〝アレ〟とはもしや……


「……もしや、アレとはスピカのことではないだろうな?」

「まさしく。お前達がスピカと名付けたその実験体こそが、お前達のことを恩人だと感じているのだ。もっとも、我々自体もお前達には恩を感じているがな」


 わけがわからない。スピカが俺たちに恩を感じている。これはまあいいとしよう。スピカのことを実験体と呼んだことも気に入らないが、まあいい。だが、この者らが恩を感じる理由がわからない。


「わからぬと言う顔をしているな。まあそうだろう。だが、恩を感じているのは事実だ。何せ、お前達のおかげで一度は逃げ出した実験体が戻って来たのだからな」

「っ! まて、それはどう言う意味だ」


 男の言葉を受けてそう問いかけたが、内心では一つの答えが出ていた。だが、そうであって欲しくない。そう思ったからこそ、ほとんど反射と言ってもいいような問いを投げかけたのだが……


「クククッ。そんな無駄なことを聞かずとも、分かっているのだろう? ああそうだ。お前達が〝アレ〟と出会い、保護したからこそ、お前達に迷惑をかけることはできぬと我々の元へと戻ってきたのだ。自分が逃げ続ければ、関わったお前達に迷惑がかかると考えてな」


 ……ああ、やはりそうか。くそっ。


 あの時スピカは俺たちのそばから消えていった。その前までは消えるそぶりを見せなかったにも関わらず、いきなりだ。その原因として考えられるのは、スピカが消える直前に起こった戦闘だけだった。その戦闘を経て、俺たちと共にいれば危害を加えてしまうことになるから離れていったのではないかと、予想自体はしていたが、それは事実だったということだろう。

 そして、危害を加えられないために、逃げるのではなく、自分から逃げたはずの組織の元へと戻った。そうすれば、俺たちが安全だと思ったから。


「……そも、貴様らはなんのつもりでスピカを利用している。実験とは、なにをしたというのだ」


 あの時の結果がこのようなことになるなど口惜しいこと極まるが、だからと言って今更悔いたところでどうなることでもない。俺たちのせいでスピカが再び捕まり、不幸になったというのであれば、今日助け出してその後の人生を幸福にしてやればいい。

 そのためにも、今は冷静にこの男へ対処しなければ。


「そのようなことを、敵であるお前に話すと思っているのか?」

「話すさ。自身の成果を、誰かに自慢したいと思うのが人間というものだ。特にお前のように地位があり、結果を出し、わざわざこうして表に出てくるような者が、大人しく結果だけを確認して帰るなどという〝勿体無い〟ことをするはずがない。話すのは正しくないことだと理解しつつも、話して自慢したいと思っているのではないか? 今ならば俺が貴様の話に付き合ってやろう」


 本当にただ結果を確認したいだけなのであれば、スピカとともに会場に姿を見せる、などということをするはずがない。スピカの隣にいるのは別の手下にでも任せて、自身は会場のどこかから観察をしているだけで良かったのだ。

 にも関わらずこうして姿を見せたのは、ただ単純に、こいつ自身が目立ちたいからだ。

 そんなやつが、せっかく自分の努力を、その結果を自慢する機会が巡ってきたというのに、自慢しないわけがない。


「……ククッ。確かにな。良いだろう。実験の結果が出るまでにまだしばらく時間はかかりそうだ。その間の暇つぶしに付き合ってもらうとしよう」


 俺の予想していた通り、男は楽しげに笑いながら頷き、話し始めた。


「個人が聖剣を作るのは、ある種の奇跡のようなものだ。何千何万と魔創具を作る者がいて、その中でほんの一握りの英雄や天才だけが聖剣へと至ることができる。だが、それでは不公平ではないか。個人の資質に左右されるのはまだ理解できる。納得もしよう。だが、過去の英雄の成果をその子孫が利用し続けるのは認められない。過去の英雄が、自分達の先祖が優れていたからといって、その英雄達が残した聖剣を利用して地位を維持し、権力を手に入れるなど、間違っている」


 言いたいことは、なんとなくだが理解できる。確かに、この世界の戦争ではどれだけ強力な個を用意することができるのか、が重要になってくる。

 それが個人であれば時の流れとともに変化していくことになるが、聖剣は違う。時が流れようとも朽ちることも衰えることもなく存在し続ける。

 そのため、一度集めた聖剣は——武力は失くなることがなく、ただ積み重なっていく。そうなれば、後から成り上がろうとしたところで、それは不可能に等しい。

 おそらくこの男は、そんな環境を壊したいと考えているのではないだろうか。


「そんな聖剣などというものがあるから、今の弱者が虐げられて当然と思われている世界ができてしまっている。そんなものは間違っているとは思わないかね?」


 だが、こうは言いたくないが、弱者が虐げられるのは当然である。聖剣や魔創具に関係なく、どのような世界、どのような生物であろうとも、種族内や他種族であるに関わらず、弱者を虐げるのが生物というものだ。それが間違いではないことは、『魔法のない世界』を生きた俺が知っている。結局のところ、どのような世界であっても、平等な世界などないのだ。


「だが、個人の才能を否定するつもりはないし、すでに広まってしまっている聖剣があるのは仕方ない。それに、一度全ての政権を処理したところで、これからも聖剣は生まれ続けるだろう。そうなれば、再び同じような状況に戻ってしまう。であれば、聖剣を誰もが持っている状況が普通の世界となれば良い。そうすれば、聖剣の有無で立場が決まることも、権力を手にいれ、横暴に振る舞うこともなくなる。そのための装置がアレだ!」


 そう言いながら男は大袈裟なほどに両手を広げ、自慢するかのようにスピカを見ながら笑った。


「強大な力を持っている聖剣だが、魔創具であることに変わりはない。魔創具は本来制作者だけが自身の体へと取り込むことができるものだが、少し手を加えてやれば他人でも取り込むことができるようになる。そうなれば普通の魔創具となんら変わらぬものへと堕ちる」


 その考えは間違いではないのだろう。だが、この男の言葉を最後まで聞くまでもなく、この男がスピカに何をしたのかが想像できてしまったために、俺は自分でもわかるほどに顔を顰めてしまった。


「人体に取り込むことができ、単なる魔創具となってしまえばあとは簡単だ。その聖剣を構成している素材を用意し、儀式を行なって素材を体内に取り込むことで〝もう一つの聖剣〟を作ることができるようになるのだ!」

「つまりは、聖剣の複製か」


 そして、その複製するための培養器として選ばれたのが、スピカというわけなのだろう。


「その通り! まあもっとも、手を加えたとしても所詮は他人が作った魔創具だ。それを体内に取り込むと言うことは、他人の肉体を移植することに等しく、当然のことながら拒絶反応もある。それを無理やり抑え込んで調整し、何体も犠牲にした上での成果が〝アレ〟というわけだ。事故があって勝手に出て行った時は焦ったが、戻ってきて安堵したものだ。その過程でアレを探しに出ていた部隊が消えたようだが、まあ問題あるまい。その程度の被害でアレが自らの意思で戻ってきたのだ。むしろ安いものだと言える。その点に関しては改めて感謝しよう」


 ……ああ、もう十分だ。しばらく前から随分と耐えてきたが、これ以上耐える必要はないだろう。聞きたいことは全て聞くことができたのだから。あとは、これを処理するだけだ。


「……防いだか」


 だが、そう思いながら放ったフォークは、いつの間にか男の正面に出現し、浮遊している剣に弾かれてしまった。どうやら、この男も魔創具を……いや、おそらくだが、聖剣をもっているようだ。


「危険があるかもしれないと分かりきっている場所で、こうも長々と話しているのに策がないわけがなかろう? 聖剣の複製。アレのように幾つもを、というわけにはいかないが、一つくらいは用意しているのだよ」


 この男自体は大した脅威は感じない。身のこなしも纏う雰囲気も、武人というよりは研究者のそれだ。

 だが、もっている武器が問題だ。劣化しているのかもしれないが、仮にも聖剣としてこの男が持ってくるほどのものだ。その能力は決して侮っていいものではないだろう。


「さて、攻撃を仕掛けてきたということは、もう話は終わりということかな?」

「そうなるな。気持ちよく語ってくれたところ悪いが、死んでもらうぞ」

「なに、悪いなどと思うな。こちらとしても、存分に語ることができて楽しかったものだ」


 そうして話が終わった直後、俺は男を殺すべく動き出した。

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